第一章〜②〜

 夏休みを二週間後に控えたその日の夜——————。

 夕食が終わったあと、十七歳の誕生日を迎えたオレは、両親からのプレゼントとして福沢諭吉の描かれた紙幣一枚と、二年前に亡くなった祖父さんが形見として授けてくれたという、小さな木箱を受け取った。


「夏生が、十七歳になったら、これを渡してやってくれ——————」


 祖父じいさんは、生前、父親にそんな遺言を託していたという。

 自室に戻って木箱を開けてみると、その中には、長さ十センチに満たない木製の円筒が入っている。縦笛の上半身(あとで調べると頭部管と言うらしい)の様な見た目のそれには、大きさの揃っていない四つの穴と、いかにも「ここに口をあてて、息を吹き掛けましょう」と言わんばかりの切り込みが、一つ入っていた。

 ここまで確認して、この木製細工は、笛に似た楽器なのだろうかと想像したのだが——————。

 四つ穴の反対側の側面には、小型のスライドスイッチのようなモノと、『50』と表示された数字が見えるカウンターの様な小窓が付いている。

 他には、首から下げるためのものなのだろうか、ストラップの様なヒモ状のものが小さな穴に通されていた。

 木箱の中身は、これだけ。

 この楽器モドキの使い方を説明してくれる手順書やマニュアルのような類のものは、一切なかった。


「なんだこれは?」


 思わず素直な感想を口にしてしまう。

 試しに、四つ穴には指を触れず、笛でいうところの吹き口の部分に唇をあてて、「フ〜」と吹いてみると、


 プピ〜


 という高い音が鳴り響いた。しかし、絶対音感など持ち合わせていない自分には、その音が的確な音階を奏でたモノなのか、判断できない。

 ただ、あまりにも、間の抜けた音のように感じたので、吹き方にコツでもあるのかと、手持ちのスマホで、


『木製の笛 吹き方』


などの検索ワードで調べてみた。すると、ちょうど、自分の手元にあるモノと似た形状の楽器の吹き方を動画付きで紹介しているサイトを発見したので、早速アクセスしてみる。

 テキストによる解説では、音程を安定させるには、


「大きなシャボン玉を作るイメージで、ゆったり、たっぷりと息を吹き入れます。」


と、書かれている。その通りに息を吹いてみると、


 ピ~~~


と、さっきよりは安定した音程が奏でられた。

 同じサイトの運指表を確認すると、いま、自分が鳴らした音は、高音の『レ』に相当する音階だった様だ(あくまでサイトで紹介している楽器と手元の楽器モドキが同じ構造であればの話しだが……)。

 少しコツをつかめたようなので、今度は、動画を視聴しながら、指の運びと音階を確認しようと考えた。

 キッチリと音を出すため、ストラップをかけて、楽器らしきモノを首に下げる。スマホの動画を再生させると同時に、手元の楽器モドキの裏側に付いている切り替えスイッチの様な形状の部分が気になったので、何気なく、そのスイッチ(らしきモノ)を右手の親指で弾いてみた。


パチン——————!!


 予想していた以上に、甲高い音がして、一瞬、身体に電撃のような感触が走った気がした。

 しびれに似た感覚を感じたので、両手の手のひらや両腕など、確認できる身体の部位に目をやったり、動かしてみたりしたが、異常はないようだ。


「気のせいか——————」


 ひとり言のようにつぶやいて、再び木製細工に意識を向ける。

 さっきの一吹き(?)で、コツの様なモノをつかんだので、もう一度、コイツを鳴らしてみよう——————と、思ったのだ。それに、動画と同時に鳴らしてみれば、より正確な音階がわかるかも知れない!

 そう考えて、今度は、より長く音を響かせようと、深呼吸をして、動画で講習をする人物と息を合わせる。


 その瞬間、


キン!


という耳鳴りのようなノイズを感じた。



=========Time Out=========


 満を持して、手持ちの楽器で音を奏でた瞬間、動画サイトの動きが止まった。

 自分なりに木製細工の音色の出し方の要領がわかってきたところでの電子機器の不具合に、少しガッカリする。


(せっかく、コツをつかめたのに……やれやれ……)


 チッ、と思わず舌打ちをし、Wi―Fiのパケット詰まりを疑いながら、タイミングを合わせられなかった動画に目を向けると、ネットワークの読み込み中を知らせるクルクルと回る表示はなく、画面は静止したままだった。

 スマホの画面は固まったままで、時刻の表示もされないので、


(そう言えば、ジイちゃんの木箱を開けてから、どれくらい経ったんだ?)


と、ふと自室の壁に掛けてあるアナログ時計に目を向けてみると、コチラも秒針が止まったままだ。


(秒針が止まって見える現象か……テレビの雑学系バラエティ番組で解説してた気がするけど、何て言ったっけ?)


 そんなことを考えながら、壁かけ時計を凝視するも、午後七時四十五分二十五秒付近を指した秒針は一向に動き出す気配がない。仕方なく、


(こうなったら、何秒止まったままなのか、数えてみるか!)


と、興味半分に、自分自身でカウントを始めた。

一・二・三・四・五………………、…………三十六・三十七・三十八・三十九・四十———。


=========Time Out End=========


 ♪ピ~~~~~~~


 自分の中で、四十のカウントをした瞬間——————。


 突然、スマホで視聴していた動画が動き出し、画面の中の演奏者がオレが鳴らすよりも美しい音色で楽器を奏でたので、思わず身体がビクッと反応する。そして、ほとんど同時に、一瞬前まで凝視していた時計の秒針が動き出した。

 再び、スマホの動画に目を向けると、どうやら、現在演奏中の音階は、高音の『ド』で、さっき、フライング気味に奏でた自分の音色も、どうやら同じ音階だったようだ。


 しかし——————。


 そんな事よりも、もっと気になることがある!

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