僕と殿下とキミの恋

はる夏

キミと殿下と過去の話

 キミと殿下を逢わせたことを、僕はずっと悔やんでる。


 公爵家の三男である僕、レオナルド・ランバードと、我が国の第一王子殿下、第二王子殿下は、従兄弟同士で幼馴染みだ。

 同い年なこともあり、僕は殿下方のご学友として、小さい頃から王宮に通ってた。

 側妃様のお子という微妙な立場ではあったけど、第一王子のハリオット・ジーン・クラリオス殿下は文武ともに優秀で、優しくて嫌味なところが全くなくて、将来が楽しみだって言われてた。

 正妃様のお子である第二王子のエドワード殿下も、優秀で活発で王族らしい方ではあったけど、僕はどちらかというと穏やかで柔和な、ハリオット殿下の方が好きだった。


 王宮で僕と一緒に授業を受けた後、第二王子殿下は大抵ぴゅうっと遊びに出かけてしまっていたけど、ハリオット殿下はいつもにこやかに、教師が退出するまで見送っていた。

 とても同い年の子供とは思えない落ち着き。殿下はいつも大人びていて、素敵だなぁと尊敬してた。

 恐れ多くて決して口には出せなかったけど、僕はずっと殿下に憧れてて――。正直に言ってしまうと、僕の初恋は彼だった。


 殿下が隣国の王女様と婚約した時も、僕は喜んでお祝いを言えた。

 国同士の関係性を強化するための縁談だったけど、それは殿下の立場を強くするに違いなかったし。元から、僕自身が口を挟める問題じゃない。

 いつか王として立つ殿下の側で、宰相として支えたい。彼の1番の側近でありたい。

 僕はそう心に決めて、それ以来ずっとそういう態度を続けてた。


 7歳で出会ってから13年、側にいた。

 厳重に封印した恋心が、時々刺激されることはあったものの、何とか誰にも知られずにいられたと思う。

 初恋は叶わないともいうし、臣下の三男坊である僕と、王家の長男であらせられる殿下とは立場が違う。女性と婚姻し、時代に血を繋げる義務が王族にはあるだろう。

 恋しく思う心を憧れへと昇華させ、やがて殿下のことを、従兄弟であり友人だと思えるようになっていた。


 それとほぼ同じくして、僕は新たな恋をした。

 小さなパーティで出会った子爵家の子息で、年下だけど頭がよくて可愛くて、守ってあげたくなるような子だった。アスター・ミルスカイ、そう、キミのことだ。


 王宮に上がれる程の身分じゃないキミは、王子殿下のご学友である僕をすごく尊敬して、憧れの混じったキラキラの目で見つめてくれてたね。

 読書が好きで運動が苦手で、ピアノがとても上手なキミ。

「変声期前は、天使の声だなんて言われてたんですけどね」

 照れ臭そうに、残念そうに、そう言いつつも聞かせてくれた歌声は、確かに子供らしい純粋さには欠けてたかも知れない。けれど、僕には十分魅力的だった。

 大人になりかけた少年の、透明な色気。

 ああ、この天使は僕に出会うために、地上に舞い降りて来たんじゃないか。僕に見合うように、成長したんじゃないか。そんなことも考えた。


 キミが僕の気持ちを受け入れてくれたときは、天にも昇るような心地だった。

 下級貴族である子爵家のキミと、王弟を父に持つ王家の親戚である僕とでは、残念ながら身分が違う。

 キミに伝えるつもりはなかったけど、キミを伴侶に迎えるためには、かなりの根回しが必要だった。僕が将来宰相になった時、兄の子を養子に迎えて跡継ぎにするという取り決めも、その1つだ。

 そうして晴れて婚約が調って、僕は本当にホッとした。嬉しかったし、幸せだった。この幸せが一生続くのだと疑ってはいなかった。

 結婚式は、衣装は、指輪は……と、あれこれ考えるのは楽しかったね。

 2人で腕を組んで王宮に参上し、国王陛下にも婚約の報告をした。事前の根回しをしてたから、陛下からの反対もなくて謁見は順調に終わった。


 今から思えば、そこで帰っていればよかったね。


 陛下への謁見の後、ハリオット殿下の私室を訪れて――僕は、キミを殿下に紹介した。

 キミに自慢したかった。僕の大事な憧れの人を。文武に優れて人格もよく、王としての器を備えた、従兄弟で幼馴染の殿下を。

 殿下にも自慢したかった。僕の大事な婚約者を。読書が好きで頭がよくて、可愛くて照れ屋で音楽が好きな、最愛の人を。

 どちらも自慢の大事な人。

 キミも、殿下も。僕が愛した素晴らしい人だ。

 だから自慢したかった。見せびらかせたかった。最高の友を。婚約者を。こんな素敵な人が僕の側にいるんだよ、って、紹介して自慢したかった。


 それ程の人を前にして、キミたちが惹かれ合わない訳がなかった。


 僕は色々舞い上がってたから、キミの様子がおかしかったことに気付かなかった。

 王宮を辞した後、キミは心ここにあらずって感じでぼうっとしてたけど、初めて王族に会ったのだから、そうなるのも当然だと思ってた。

 もし、その時に気付いて話をしてたら、何か変わったのだろうか?

 もし、その後仕事に忙殺されず、もっとキミの側にいられたら。ちゃんと目を向けていたら。僕らの未来は変わったのだろうか?


 婚約者ができたのなら一人前だな、と、任される仕事が増えたのは皮肉な偶然だったと思う。

 閣議に呼ばれて書記を務めるようにもなったし、宰相補佐として地方への出張も増えた。

「アスター君が寂しがってるんじゃないの?」

 と、母から注意されたこともあったけど、キミはキミであちこちのパーティに呼ばれて引く手数多あまただと聞いてたし、寂しがる暇もないんじゃないかと思ってた。

 僕だって寂しいけど、仕事なんだから仕方ない、と。

 結婚してすぐ忙しくされるより、今のうちに頑張って色々終わらせて、新婚の間はのんびり過ごせる方がいいだろう……そう現宰相にも言われたし、自分でも納得してた。

 キミと結婚する未来がどんどん近付いて来る様子に、ハッキリと浮かれてた。

 舞い上がって、そう、足元が見えてなかったんだね。


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