本当の馬鹿
私の荷物を取り、先に歩き出そうとするひろは振り向いて
「ね?どこに行く?ずっとそうしてるつもり?」と軽く弾むように話しかける。
私は首を横に振り歩き出す。
そして私達はいつかみたいに電車に乗り込んだ。
「僕は死んでない。」
「……うん」
「死んだと噂を流された……たしかにちょっと死にかけた」
「…………?」
首を傾げる私にひろは悪戯に笑った。
「はははっ。なんで結婚しちゃったの?……まあ答えなくていいよ。少なくとも、消えたくなるくらい辛くなったなら逃げるのは手伝う。」
どうして生きていたか……きっと奈々と卓也が嘘をついたのかも知れない。それを私は馬鹿みたいに真に受けたとしたら本当のバカ……。
どうして私達がこんなに長い間経ってから今、当たり前のように電車で肩を並べているのか、もしかして夢なのではないかと、隣に座る彼を見つめることしか出来ないでいた。
「降りるよ」
数駅過ぎたところで降りる。ひろの軽快なペースにすっかり呑み込まれた私はそのままただ後を追うように歩きマンションに入る。
「ひろの家?」
「うん。残念ながら僕は独身でした。大丈夫。何もしないよ……人妻には何もしない」
人妻……とても悲しい響きだった。ただの男子高校生と女子高校生が、独身と人妻になってしまった。
「ちょっとなんか話してよ……帆乃花、昔の元気はどうした?」
「……ひろは、無理してる?」
「え?」
「ありがとう……元気づけてくれて」
「…………」
玄関に入り、荷物をおろしたひろがさっきまでの声とは違った小さく儚い声で話す。
「知ってるよ……あの後
大学の駅で乱闘騒ぎに巻き込まれた。その時にホームから線路に落ちたんだ。けっこうぎりぎりだった、でも電車が来る前にホームに戻ったし、その噂がどう回ったか……なぜこの僕が電車に飛び込み自殺したなんて言われたのか……。弟にその噂が回って来たって言ってた。でも案の定そんな噂誰も気にしなかった。誰もこだわらなかった。」
その噂を信じて、道を間違えたのは私だった。
「ひろ……私」
そのままひろは私に抱きついた。
ぎゅっと抱きしめた。
「会いたかった……。何も言わないで……帆乃花。……好きとか嫌いとか……言わないで。…………僕は、君に片思いするから」
「…………」
◇
「僕が一人が好きなの知ってた?」
「うん」
「僕がSNSしない確率は極めて高い……でしょ?」
「うん」
「あっ帆乃花!大丈夫?入院してたって」
「大丈夫。階段から落ちただけ。」
「階段から……もしかして卓也さんに?」
「うううん、事故的に……言い合っててたまたま足を踏み外して」
その時スマホが鳴った。
「出れば?いいよ。僕あっちにいるから」
「うん」
ひろは隣の部屋へ移動する。
『もしもし』
『帆乃花……お前、一方的に酷いな』
『酷いのはあなたでしょ……』
『なんだよそれ』
『奈々との電話聞いた』
『……え』
『ひろのこと、嘘だったんだ……。確かめなかった私が馬鹿だった』
『お前が結局俺と結婚する事選んだんだろ?人のせいにすんなよ。俺は、お前がずっとあいつに振り回されてるみたいにあいつの話ばっかして限界だったんだよ』
『もう話したくない……』
『……はあ』
『…………』
『奈々ちゃんもお前があいつと関わらないほうがいいって、皆、俺といる方が良いって……俺は、まじでお前と居たかったんだよ』
『そう。だとしても、私と居たかったような人の態度じゃなかった。すぐ罵声浴びせて、すぐに叩くし、離婚届書かないなら家裁まで行くから』
『ちょ……帆乃花』
『私の人生から……消えて』
『もしもし?消えてとか言うなよ』
電話を切って振り向けばすぐ後ろにひろが頭を掻きながら立っていた。
「あ、ひろ」
「ごめん、聞いちゃった ははっ 決着つくまで実家に帰る?でもさ、僕には時間が無いんだ」
「時間?」
「うん……仕事でさ。海外行ったり来たりで今家族もアメリカだし」
「そうなんだ……あのね、あーちゃんは?」
「……あーちゃんは亡くなった。僕が大学二年の頃」
「…………」
「行く?墓参り」
「うん」
「ちょっと待ってね」
ひろは、キッチンへ行って急いだように水を飲んだ。
私は、大切な時間を……大切な人達と過ごすことを自ら失ったんだ。本当の馬鹿だ……。
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