お願い
あーちゃんのお墓参りに行こうとまた電車に乗る。
「私ね、健忘症の疑いがあるって言われたけどならなかった。忘れなかった。病室で、全部忘れたかったって思ったけど……忘れなくて良かった。あーちゃんの事も、ひろの事も忘れなくて良かった。」
ひろは私の話をただじっと聞いて、穏やかに顔をほころばせ、私の頭を撫でた。そして、あっと躊躇うようにその手を引っ込めた。
とても優しい手……一瞬のその安らぎに久しぶりに忘れていた笑みを浮かべる。
「僕の住んでる場所、楽園にかえよっかな。
「あっ楽園じゃない場所……」
「そう。だいぶ病んでたんだな 僕も」とひろは窓の外に流れる景色を眺めた。その横顔は昔より優しい顔に見える。尖った石が波に打たれて丸くなったように柔らかな目をしてた。
お墓参りを終えた後私達は、霊園の小さな芝生の広場に足を運ぶ。
「あーちゃん、突然私と会わなくなって、なんて失礼な娘って思ったかな」
「あーちゃんはいつも、帆乃花ちゃんはいい子だから無茶させるな。あの子の幸せを考えなさいって言ってたよ。お墓参り来てくれて、あーちゃんの話してくれて……きっと喜んでるよ。ありがとう 帆乃花。
…………亡くなるとさどこに行くんだろう。墓石の下じゃない、かといって空?でもない。」
「あーちゃんの一部は……ひろの心の中かな」
「心の中かあ……うん。それならちょっと納得出来そう」
「納得?」
「寂しくてさ……亡くなった人は全て消えてしまうのかなって……何にも無かったかのように真っ白に消えてしまうのかなって」
「消えないよ。あーちゃんはひろの記憶にずっと残るでしょ。」
ひろはおばあちゃん子だった。きっととても悲しくて寂しかったはず。唯一の理解者を失ったように心細かったのかも知れない。今、風になびく伸びた芝生と同じように髪を揺らす彼の横顔を見ていたら、抱きしめたいと思った。
◇
帰り道、空白の間ひろがどう過ごしたのか気になった。私の事はきっとだいたい知られている。
大学はどうだったか、どんな仕事をしているのか、趣味はできたか、あれ……質問が普通すぎるかな。
ひろが一人が好きなのはわかる。人を寄せ付けないオーラがある。初めてバス停で声をかけられた日ドキッとした。自分から声をかけるタイプに思えなかったから。
随分と前なのにあの日のことは鮮明に覚えている。
電車でいつも見かけるちょっと悪そうな人。神秘的な雰囲気に意識しないようにしても、いつも無意識に観察していた。
かっこいいなあ……それだけだった。
「何?今からどうしようか考えてた?」
「あ うん」
あなたの事ばかり考えていた。あなたとの思い出ばかり、それは今だけじゃなく……これまでもそうだった。
「実家に帰らなきゃ怒られるかな?病み上がりだし、いい大人でもね」
「うん。いつ海外行くの?アメリカ?またすぐ戻る?いつから日本にいたの?」
「あはははっ」
「なに?」
ひろは、急にお茶目に笑い出す。面白いことなんて言ってないのに。つられて私も笑う。
「帆乃花、質問ばっかりだし……昔みたい」
「そうかな?私、ひろのこと何も知らないまま来たから……」
きっとひろは……私はとっくにひろのことは過去にして、終わった一つの恋として前を向いて生きてきたと思ってるだろう。前なんて全然向けていなかった自分が恥ずかしい。
「あのさ、今回は休暇を日本で過ごすために来たんだ。だから帆乃花に会いにわざわざアメリカから来たんじゃない。でも、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「日本に居る間、僕と……一緒にしてほしい事があるんだ」
お願いというひろの目はキラキラしている。子供みたいにうきうきしている。そんな輝きに私が居ていいならなんだってする。一緒にしたい。
「わかった。それ、しよう」
「いいの?内容聞かずに、これだから帆乃花は……」
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