それは突然に

 そのまま三学期が始まり、入試だなんだと世間的には忙しい時期のピークがやって来る。僕には不安と寂しさのピークがやってきた。


 朝の通学には帆乃花の姿があった。その隣には護衛の如く張り付く白石奈々子が居る。


 快速電車に乗りトンネルの中、窓に反射する帆乃花を見る。こちらを確認する素振りはなく、僕は彼女達が降りてから電車を降りる。ホームから階段を登り、改札を抜け、階段を登り、乗換る為に陸橋を渡りまた階段を降りる。

 この短くも長い乗換のため歩く間、僕は帆乃花の後ろで追いつかないように微妙な間隔を保ちながら歩く。

 ふと、帆乃花が右を向く。何を見るわけでもなく、横目で背後にいる僕の気配を確認しているのかなと期待してみる。


 そんな日々に僕は、帆乃花の護衛女子が風邪でも引いてはくれないかと不謹慎な願いを抱いた。



 ある日、いつもと同じように帆乃花の後ろを歩いていた僕に振り返った彼女は何も言わずピンクのうさぎの封筒を差し出した。


 息が止まるかと思った。


 一瞬とはいえ、久しぶりに向き合って目が合う重さがずっしり来た。


 ◇


 手紙に記されたあーちゃん家近くの公園に学校帰り向かった。手紙に携帯は処分され持っていないと書かれていた。

 小一時間、鉄棒で懸垂してみたり、ブランコに乗ったり誰もいない公園で時間を潰す。もしかしたら来れないのかな、なんて頭をよぎった時、息切れしながら走ってきたのは帆乃花だった。


「帆乃花」

「ひろ」


 ゆっくりと膝に手をついて肩で息する彼女に近づく。名前を呼び合って、そして……抱きしめていいのかな、抱きしめたら駄目なのかなと戸惑う。

 そんな僕の胸に帆乃花は飛び込んでいた。


「帆乃花……ごめん 僕が無茶したから……」

 彼女は額を僕の胸に擦り付ける。

 その肩は彼女が泣いているのを知らせるように震えていた。

「あ~あ 泣かしちゃった。」


「ぐ ふ」

「ん?」


 帆乃花は泣き笑いみたいな奇妙な声を出し顔をあげた。

 寒さも手伝ってうさぎのように赤い目と赤い鼻をした彼女は深く息を落としてから口を開いた。


「あのね……私東京の学校行くと思う……」

「…………そっか」


 これだけのやり取りで僕らはこの先離れ離れになるのを理解した。


 別れるのか?別れないのか?またこうやって春になるまで少しでも会いたい……とか。普通のカップルならはっきりするべき部分のはずだ。

 だけど僕ははっきりさせる事に……怯えた。


「帆乃花はずっと大事な人だから……泣かないで」

「ごめんね……ひろ。ごめんね」


 僕は鼻水をすする彼女にそっとキスをした。その唇は冬の風にさらされて、ひんやりとしていた。


 最後のキスなんだと思うと、目頭が熱くなる。

 僕が大人なら、今すぐ帆乃花を連れて何処かへ行ってしまいたい。

 僕が帆乃花が輝く未来を作れるならこのまま、連れて行ってしまいたい。


 だけど僕には何も無かった。

 僕の愛情や欲望が帆乃花の邪魔になるのなら…………さようなら 僕の大事な人。

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