僕の好きな歌と僕の嫌いな目

 休日の夜カラオケに来た。

「やったね!密室だよ」

 と僕は柄にもなくテンションを上げてみる。

「カラオケは歌を歌うところだよ〜」

「でもさ二人で来たら会話ならないよね。感想言う前にイントロ流れるし」

「感想いる?」

「さあ」


 帆乃花ほのかは選曲に迷うこと約十分。僕はとりあえず突っ込んでおく。

「歌う気あるの?」

「あるよっあり過ぎて迷うの……ひろに聴いてほしい曲さがしてるから待って」

 聴かせるほどの歌唱力があるんだと驚いたが、そういうならしばし待とう。どうせ僕が歌える曲なんて知れていた。


 帆乃花の歌が始まった。高校生にしては、いや結構驚くほどに声に重みがあって僕は隙を突かれたように吸い込まれた。

 別に戦っているわけじゃない。恋人が歌うカラオケにしては上手すぎたんだ。


「なんでそんな上手いの?ビックリ」

 と普通の感想が出る。

「あっ出た、ひろの感想タイム!ひひーっ私ね訳のわからない習い事三昧だったの。バレエ、日舞、ボイトレ、塾」

「へえ……何目指してるの?」


「色々挑戦したよ子供の時から……今も子供だけど。全部中途半端。全部ちょっと惜しいかな〜くらいで怪我してやめたり、最終審査で落ちたり。一位と二位の差は大きいってやつを痛感した。私、何やっても大成しないんだ。恥ずかしいから友達にはこういう事して来たって言わないけど」


「何事も挑戦するのは凄いよ……僕には出来ない」

 だからか、帆乃花にはちょっと違うオーラがある。それはきっと僕は一生かけても纏う事は無さそうな色だった。


「でも、いつも途中で逃げたようなもんだよ。ほら成功するにはやり続けろって言うでしょ?やり続ける前に投げ出した。プレッシャーと縛られるのが嫌で……所詮その程度の志ってこと。」

「僕は嬉しいな。自分の大事な人が一芸あって」

「なに?!芸人みたいじゃない……私」

「違うの?」

「はいっ次、ひろの番。あっ帰国子女だからって全部英語禁止ね」

「はいはい」


 僕は小学校ずっとアメリカにいた。

 うちの両親は研究員。父は皮膚科医で、だからやっぱり英才教育は避けられなかった。まあ今となっては落ちこぼれ長男だけど。

 帆乃花の芸と同じで、僕も好んで話題にしなかった。

 帆乃花ならそんな話題もネタにしてくれるから何でも気付けば話してしまう自分がいた。


「EDEN?」

「うん。楽園って意味……知らない?」

「知らない」

 僕の好きな歌、やっぱり帆乃花は知らなかった。


 僕の番が終わると、帆乃花の感想タイムが始まった。

「ひろはさ、大失恋した事ある?」

 大失恋するには、大恋愛が前提にあるはずだが帆乃花の質問は別れの方だけだった。


「ない」

「なんだか切なくて苦しくて寂しい歌だね。別れた恋人想い続けてる孤独な人みたいな」

 詩か本を読み終えた感想を聞いたようだった。


「大失恋したくないな……」

 僕は、帆乃花に膝が触れるくらい近くに座り、キスをした。抱き寄せるように、もっと帆乃花を自分に取り込みたくて強くした……。


 その時だった、勝手にカラオケボックスに入ってきた人が場の空気を壊す大きな声を上げる。


「佐々木じゃん!」

「……何ですか」

 高校の先輩で、そのまま付属の大学に進んだ中尾さんとその隣は卓也さんだった。


「冷たいな……彼女?」

「はい」

「まじで?彼女さんコイツ何してたか知ってんの?最低だぞ。な?卓也」

「行くぞ」


 二人はすぐに出て行った。

「帆乃花、あの人達知ってる?」


 帆乃花は首を二回横に降った。僕が何してたか……。

 それは、適当に言い寄ってきた女相手にしたり……、そこに卓也さんの彼女か元彼女がたまたま居たことはあった。

 それから学校の近くで知らない奴に絡まれて喧嘩もしたりした。警察に連行されるも大した大問題でもなかった。


 僕は、卓也さんの帆乃花を見た目が……嫌いだ。


「関係ないから。ひろが何してたとか誰と何してたかとか……私は気にしないから ね。」

「……うん 僕は」

「しー!静かに」

「何?!」

「ぎゅっ」

 と言って帆乃花は催促するように跳ねる。

 僕は彼女をぎゅっと抱きしめた……僕が抱きしめられたような錯覚を覚えた。

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