片思いはしたくない

 通勤の人々の重なる味気の無い足音が響き渡る。

「朝だね」

「うん」

「学校いくでしょ?」

「うん……まだ早い」

「たしかに……じゃあさ 帆乃花の学校の駅まで行こう。そっから僕は自分の学校行くから」

「いーよ。送らなくて。朝だし」

「行くよ。暇だし」

 僕が見た帆乃花は、なんだか白く疲れた顔をしてた。

「ほらな ちゃんと帰らないと女の子はお肌に悪い」

「え?そんな酷い?!」

 帆乃花はトイレに駆け込んだ。


 学校までスーツや整髪料の匂いに紛れて揺られ送る。

 帆乃花は県立高校にいた。僕はいわゆるおぼっちゃま私学の男子校にいる。


「まだ早い。」

「じゃあさ 部活の朝練とか見学したら?」

「絶対しない。」

「部活してないの?ああもう終わりか三年は」

「帰宅部だよ。習い事とか塾とか詰まってて」

「そっか。僕は全部やめちゃった。忍耐力ない質だから。」


 僕もついこの間までは夜まで塾行くような生活をしていた。反抗期だと言われる病を患い家に帰らなかったりバイク乗り回したり、地元の不良とつるむうちに、全部親は辞めさせた。


 結局、自己紹介にもならないような会話を交わし時間を潰し僕も自分の学校へ向かった。


 ◇


 帰りの電車で会うことはなかった。

 帆乃花の学校は山側の路線。僕は海側の路線。線が変わる乗換の駅でも最寄り駅でも、無駄にゆっくり歩いてキョロキョロ見渡す自分が馬鹿らしくなった。

 それと、連絡先を聞いていないことを少し後悔した。


 ◇


 休みを跨いだ平日の朝、いつもの駅、階段降りてすぐの車両。帆乃花が居た。帆乃花の隣には同じ制服を着たいつもの女子高生。相変わらず楽しくなさそうな会話をしてる。


 僕は見てみぬふりをし、つり革を片手にただ窓を眺めた。でも電車はすぐにトンネルに入る。

 よって、電車の窓は全て鏡と化す。トンネル内で窓に映る帆乃花を無意識に確認していた。

 やっぱり朝の顔をしている。


 トンネルを抜けた、あと一駅で乗換の駅。

 眩しい光の中にばあっと電車が飛び出た時

「ひろ、おはよー」

 僕のすぐ隣に帆乃花が立っていた。揺れの激しい快速電車の中踏ん張るように。長い髪を耳にかけて前髪を何度も手で触り流れ具合を気にしてる。


「おはよう。いいの?僕に話しかけて、友達びっくりしてない?」

「いいの。家どこ?バスじゃないよね?」

 帆乃花は鞄から携帯を取り出した。

「メアド、何?」

「ヒーロー ドコモ」

「はい?分かんないから。これっ」

 帆乃花が差し出したのはピンクのうさぎのキャラクターの封筒だった。なにこれ……。

「連絡してね」


 帆乃花はすいませんっすいませんっと言いながらまた、友達の方へ戻った。あからさまに友達は囃し立てる様に盛り上がる。学校も違うし僕には痛くも痒くもない。


『dear ひろ

 この間はありがとう。メール何でもいいから送ってね。

 honoka-sakakiXXXOOO.ne.jp 榊 帆乃花』


 なんだ佐々木とサカキ似てるな。

 何でもいいからと言われ、僕のメールは

『佐々木 博文です。またいつでも暇つぶしなら付き合うよ』

と夕方返した。何度もメアドが間違ってないか確認し顔文字を入れてはやっぱり消し、文字だけにした。


 僕は別に女慣れしている訳じゃない、していないわけでもない。それなりに女は知っているつもりだ。


 ◇


 翌日の夜、原付で中学からの脱線組とたまっていた。

 携帯が鳴る。

 帆乃花だった。メールでただ住所を送ってきた。最寄り駅からバスで10分程の住宅街。


「ちょっと行くわ、またな」

「どこ行くんだよ?」

 気付けば原付にまたがってその住宅街へ向かった。カーブを何度も超えて山道だからって無駄に高いバス運賃の道だ。


 ふかさないように、住所を見ながら辿り着いた一軒家。ぼーっと家を眺めた。2階のベランダから白いパーカー着た人が手を振っている。


 それから玄関の門を開けて出てきた帆乃花に、僕は原付にまたがったまま押して進んだ。


「バイク乗るんだ……住所入れたら来るんだ!」

「ピザの宅配です」

「ピザどこ?」

「笑ってよ……」


 僕らは住宅街にあるテニスコートに移動する。親がいるすぐ下で原付にまたがった男と話すのはきっと気が乗らないだろうと気を利かしてみた。


「ここで中学ん時しし座流星群見たなぁ」

「へー」

「その時さ、ね?聞いてる?ひろってさ、何者なの?」

「何者って?若者?馬鹿者?」

「頭いい高校ちゃんと行ってさ、バイク乗って。でも髪は黒いけどピアス左耳にしたりさ、で雰囲気ちょっと……」

「ちょっと?」

「ちょっと悪そう?悪そうな人達と居るし……」

「知ってるんだ?」


 この住宅街に来てきっと帆乃花と同じ中学で僕を知ってる奴が居るとは思った。隣の校区だから、そんなこともあるだろう。


「なんで呼んだの?暇つぶし?」

「呼んでないよ。住所教えとこうと思って」

「あ そう。」


 ◇


 なんだかんだ言って、それから時間がある夜は決まって帆乃花と暇つぶしの夜遊びをした。ただ横に並んでどうでもいい話をした。

 僕は今まで女の子と親しくなると、もしかしたら付き合う関係になるのかななんて上から目線で見てきた。だが帆乃花だけは例外。僕は本当に暇つぶし要員ではないかなんて頭にちらつく。

 片思いは嫌いだ、苦しそうで、もがきそうで、なんだろう。若いうちは買ってでもする苦労とかの類は買いたくないんだ。

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