来週の金曜日はレイドバトル

朝霧

来週の金曜日はクリスマス

「来週の金曜の夕方、開けとけ」

 唐突に高校の頃からの知人からそう言われて、私は来週の予定を思い出す。

 講義は午前中だけ、だけど夕方には既に用事が入っている。

「ごめんもう用事入ってる」

「あ?」

 文字に書き起こしたら濁点がついていそうな感じの声色で彼はそう凄んできた。

 けど無理なものは無理なのである。

「じゃあ、どよ」

「ごめん土曜も無理、というかそのあたりは基本的に予定入ってる。来週の火曜日までだったら調整効くんだけど……」

 多分課題を手伝えとか荷物持ちをしろとかそういう用事だろうと思われるのでそう聞いてみたけど、彼は非常にぶすくれた顔で「ならいい」と言うだけだった。


 そんなやりとりがあったことを、開けておけと言われた当日に思い出す。

 思い出したところで用があるのは変わらないので、どうしようもないけれど。

 だからいつも通りに講義を受けて、お昼を学食で食べて家に帰った。

 高校時代から一人暮らししているアパートに帰って、スマホでゲームアプリを開き本日正午更新のストーリーを進める。

 今日のレイドボコる相手はこいつかあと思いつつ、対策を軽く練る。

 多分剣だから、弓のあの子であの編成か、もしくはあの子であの編成か。

 ただ昨日のような耐性持ちでくる可能性が高いので、それを見て判断したほうがいいだろう。

 しかし昨日はやばかった、夕方電車で少し回って家について夕食を食べたりなんやかんやしているうちに売り切れていたのだから。

 もう少し試したい編成があったのに試せなかった。

 なので今日こそ全ての雑用を終えた万全の態勢で叩いてやる。

 昨日は講義の関係で無理だったけど、今日は何にもないので問題はナッシング。

 どうせ遅くとも二十二時くらいには完売してそうだけど、眠かったので夕方まで昼寝をすることにした。


 十六時三十分にアラームで目を覚まして、入浴してついでに風呂掃除も終わらせる。

 夕食は普段なら作るけど今日はなるべく手間をかけたくなかったのでカップ麺を食べる。

 食べ終わった後少し時間が余ったので、別のゲームを少しだけやった。

 レイドまであと十分のところで区切りのいいところまで進んだのでゲームを中断する。

 少しぼーっとしてSNSでも見ておくか、と思い立ったタイミングでチャイムが鳴った。

 宅配が来る予定はないので無視した。

 どうせなんかの勧誘だろう。

 チャイムが鳴った、連続で何回も何回も。

 流石に怖くなったのでスマホ片手に玄関にのそのそと向かう、覗き穴から外を覗き込むと、半ギレしてそうな彼の顔が見えた。

 何故、いる。

 しかし困った、風呂に入ってしまったので化粧はしていないし服装もパジャマ代わりのジャージだ。

 人前に出られる格好ではない。

 そしてレイドまであと五分を切っている。

 あとが怖いけど、スルーで。

 用事があるとは言ってあるので、少ししたら諦めて帰るだろう。

 そう思いながらそーっとドアから離れようとして、目があった。

 ギョロリと覗き穴から彼が睨んでくる、向こうからは見えていないことはわかっていたのに私は思わず「ひっ」と小さく叫んで後ずさる。

 チャイムがピタリと止んだ、ヤベェ居留守バレた。

 ドン、とドアから大きな音が、多分蹴られた。

 続けて有無を言わせない声色で「あけろ」と。

 意を決して鍵を開ける、こちらから開けようとしたドアが勢いよく開いた。

 が、ドアチェーンをかけたままだったので途中で音を立てて止まる。

「おい」

 開きかけのドアの隙間から睨まれる、とても怖い。

「今、人前に出られる格好じゃないんだけど」

「知るか。あけろ」

「今日用事あるって言ったよね」

「……用事があるくせになんで人前に出られない格好して……誰かいるのか?」

 何故か絶対零度の声で問い詰められる、怖い怖い怖い。

「誰もいないけど……」

「嘘つけ」

「なんで嘘だと」

「なら用事ってなんだよ」

 そう言われて押し黙る、素直に本当のことを言ってもゲーム如きでオレの誘いを蹴ったのかと怒られそうな気がする。

 けど何やら妙な誤解をされているような気がするし、そろそろ始まってしまうのでさっさとお帰り願いたい。

 なので素直に白状することにした。

「レイドバトル」

「は?」

「だからゲームのイベント。もう直ぐレイドが始まるんだよ」

「…………………は、ぁ?」

 呆けた顔をする彼に「だから今日はもう帰ってね」と言いながらドアを閉めようとするけど、普通に押さえ込まれた。

「おい待て。用事ってゲームのイベント?」

「うん」

「クリスマスなのに?」

「うん? あー、そういや世間一般的に今日イブだったっけ? 自分には一切関係ないイベントだったから忘れてたわ」

 実家にサンタは来なかったし、ケーキを食べたこともない。

 クリスマスだからと共に騒ぐような友人もいなかったので、私の中ではクリスマスの存在感はかなり薄い。

 昔は自分ちに来ないサンタを大いに恨んでいたから大嫌いな日のうちの一つだったけど、もうどうでも良くなったし。

「忘れてた、って」

「我が家にはサンタもクリスマスも来なかったから。別に祝日になるわけでもないし……」

「……そう。それじゃ明日は?」

「明日もレイド」

 なんなら明後日もレイドだし、そのあともイベントは続くのである。

「クリスマス当日なのに?」

「うん……ってうわ時間過ぎてる……ごめん。今日明日明後日はとりあえず確実に無理で……なんか用事があるのなら……うーん、年明けの五日くらいからだったら多分予定開くから、今日のところはご勘弁を……」

 ゲーム以外にも雑用があることを踏まえて、今月の残りと年始は無理だと伝えつつ、頭を下げる。

 何も言われないので恐る恐る顔を上げる。

「……今日の用事は、ゲームだけなんだな?」

「うん」

「本当に誰もいない?」

「うん」

 なんでそんな人がいるのかと聞かれるのだろうか、一人暮らしの上に私が家に人を呼ぶような人間じゃないことはわかっているだろうに。

「飯は?」

「さっき食べた」

「ふーん。……ならあがらせろ」

「なんで????」

「やましいことはないんだろう?」

「うん」

「じゃあ、邪魔する」

「いやいやいや? なんで??」

「ゲームするだけなら別にオレがいてもいいだろう」

「いてもいいけどいる意味なくない? お構いできないしなんもないよ??」

「それでいい」

 私はよくないんだけどな、と思ったけど結局向こうの有無を言わせぬ雰囲気に押し切られて部屋にあげることになってしまった。


「なんか食べたいのならその辺のカップ麺か冷凍のスパゲティ食べていいよ。じゃあ、私ゲームやってるから」

 それだけ言って、向こうの返答は待たずに私はゲームを始めた。

「うっわ、赤と青の耐性持ちかあ……しかも二回ずつ……それなら……」

 と、考えていた編成のうちその二を採用することに。

 普段はあんまり連れ回してないけど、好きな子だから結構育てていた子をメインアタッカーに据えた編成だ。

「げっ……弱体耐性もあるのか……あーあ、サポの第二スキルが死んだ……スタンも効かないし……」

 これはキツいか? と思いつつも挑戦してみる。

 結果、うまくいけば二ターンでまわれることが判明した。

 多分一ターンで行ける編成もあるんだろうけど、私の手持ちだと多分これが最短だろう。

 なので特に見返すことはせずに続行する。

 淡々と、粛々と。

 時折後ろから「何その物騒なキャラ」だの「そいつさっきそんなだったけ?」だの「丑の刻参り?」だの口を挟まれたので、それには一応答えておく。

 それで開始から三時間経ったかどうかという時、ちょうどスタミナを回復させたそのタイミングで討伐完了のお知らせが出た。

「あっ……」

「なに?」

「売り切れた……うっそだあ……もう完売しちゃったかあ……」

「うりきれ……?」

「討伐完了したってこと。本日のレイドバトルは終了しました、まる」

 運営的には深夜に終わる予定だったらしいけど、ずいぶん早くに終わってしまった。

 ストーリーが解放されたのでそれを見にいくか、と思っていたらスマホをひょいっと取られた。

「あの」

「終わったんだろ」

「いや、ストーリー解放され」

「終わったんだよな?」

 有無を言わせない顔でそう言われた、終わったといえば確かに終わりはしたのだけど。

「……レイドバトルは、確かに終わりはしたけど」

「ならもういいよな?」

 ニコリ、と彼は笑う。

 目は一切笑っていなかった、何故かとてつもない迫力を感じる。

 その昔、彼の笑った顔が見てみたいと四苦八苦していた時期があったけど、こういう笑顔が見たくてあの頃の私は頑張っていたわけではない。

 おっかねえ、と思いながら私はうっかりこう問いかけた。

「なんか怒ってる?」

「怒っていない、とでも?」

 すとん、と彼の顔から表情が抜け落ちた。

 聞かなきゃよかったと思ったけど、後悔してももう遅い。

「……構えない、って予め言っといたよね?」

「本当に構わないバカだとは思ってなかったよ……いや、お前は昔からそういう奴だったな」

 喉を片手で掴まれた、ゆるゆるとだが力を込めてくる。

 だって仕方ないじゃないか、レイドなんだもの。

 そもそも予定があると予め言っておいたというのに勝手に押しかけてきたのはそっちなのに。

「白沢君は昔っから自分勝手だよね」

「お前にだけは、絶対に言われたくない」

 きゅ、と喉を締められた、苦しい。

 顔をしかめると彼は加虐的で心の底から愉しそうな笑顔を浮かべた。

 そういう顔が見たかったわけじゃないんだけどな、いや本当に。

 思わず逃げようと身をよじったら、掴まれっぱなしの喉を思いっきり引っ張られた。

 ぐえ、と酷い声が自分の喉から上がる。

 何をする、と抗議の声をこちらがあげる前に喉から彼の手が離れる。

 その代わりに顔を彼の胸元に押しつけられる、彼の両腕が自分の背に回って、思い切り締め付けてきた。

 ころすきか。

 思わず呟きかけた声は飲み込んでおいた。

 ぎゅうぎゅうと力一杯に抱きしめられる、痛いし苦しい。

 本当、自分勝手な男だ、こっちのことなんてお構いなしで好き勝手してくれる。

 ……まあ、昔よりも多少は幸せそうに見えるから別にいいけど。

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来週の金曜日はレイドバトル 朝霧 @asagiri

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