アンイージー・ガールズ・ウィッシュ / High-School Girls' Universe 2nd

北溜

01 Mizuki

 保健室のベッドに仰向けになって、天井に向けてスマホを翳した。

 予備校サイトのマイページを開く。

 D判定。

 更新ボタンをタップする。

 やっぱり、D判定。

 何度アクセスしても、その結果が変わることはない。

 夏休みが勝敗を分ける、と予備校の先生は言ってたけど、11月に入ってこの判定ってことはつまり、私は負けの方に振り分けられたことになるんだろう。

 溜め息と一緒に電源を切り、そのまま胸にスマホを押し当てた。

 どうなっちゃうんだろうな、私。

 この学校は一応進学校寄りだから、三年生になった時、周りは殆ど大学進学を希望して、私もそれに同調した。何の疑いもなかった。当たり前の事だと思ってた。とはいえそれに、特に深い理由もなかった。

 でも、なのか、だから、なのか。

 受験する学部を選ぶときに痛感した。

 私は、何学部を選べばいいんだろう。

 仮に選んだとして私はその先、何がしたい?

 答えなんてなかった。

 仲のいいクラスメイトのレイナに聞いても、返ってきた答えは、“そんな”の後で決めればいいじゃん、だった。

 なんだかもやもやする。

 目を背けてはいけない何かから、目を背けてるような、なんだろう、これ。背徳感?

 ホントに“そんな”で、いいんだろうか。

 “そんな”感じが、当たり前のこと、なんだろうか。

 わからない。

 でも、“そんな”に嵌まらない人たちも、たぶん、いる。

 例えばあの、一年生の女の子たち。

 半年前、学校行事として開催された映画の上映会をジャックして、ゲリラライブが強行されるという事件があった。

 入学早々二回も暴力沙汰を起こして、一度は退学処分を受けながらも、実はその騒動もイジメが原因だったようで、そのライブで学校側の隠蔽を白日に晒して取り消させた、という事件。その中心にいた、彼女たち。

 彼女たちがその時演奏した曲は、私の好きな感じのものではなかったけれど、それでも、目に見えない何かから私たちを解放させてくれるような、パッションみたいなものを感じた。

 あの躍動。

 それを生む彼女たち。

 きっとそんな彼女たちの中に、今私の胸中にあるような淀みは、多分ないんだろう。

 そして、もう一人。

 淀みも揺らぎも戸惑いも感じさせない人が、私の傍にいる。

 その人からしてみれば、もしかしたら私が思うよりもずっと遠くに、その人はいるのかもしれない。けど、少なくとも私にとっては、心の中の妄想のドアを開ければすぐそこにいる人。

 その人を想像する度に私の胸は、とくんと甲高い鼓動を響かす。

 何で?

 いっぱい理由はある。

 小学校のころからずっと一緒だったこと。

 ありきたりだけど、顔の造形が私好みなこと。

 もうひとつ、一番重要なのは、私から見てその人には、迷いがないこと。両親が逃げ出していなくなっちゃったのに、高齢のおばあちゃんとの二人暮らしを余儀なくされたのに、そのスタンスがブレないこと。その強さが、私にとってはとても眩しい。

 「ナカオカぁ、そろそろ就業のホームルームじゃない?」

 不意に、少し気の抜けたその声が耳に飛び込んできて、びくりとして、我に返る。

 同時にベッド脇のカーテンが開かれる。

 保健の絵里先生だった。

 「一日の最後くらい教室でビッと締めてきな」

 言いながら絵里先生は、私の身体を覆っていたブランケットを剥ぎ取る。

 「えー、今日はもう今さら戻りたくないー。何か戻りづらいし」

 私は甘ったれた声をあげる。

 こんなしゃべり方、今では親にだってしないけど、絵里先生には、不思議とできる。

 おっぱいが大きくてちょっとエロい雰囲気があって、厚ぼったい唇と少しつり上がった目の絶妙なバランスがフェロモンを感じさせる美形で、さらにアラサーくらいの独身女性ってのも手伝って、男子に大人気なのは判る。けど、実際のところ絵里先生は、私たち女子からしても人気者だ。ホントならこんな、大人の女性の象徴みたいな人、女子高生からすればやっかみの対象でしかないはずなのに。

 絵里先生は、ベッドを出ない私の脇に腰を掛けて、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 「ホントはあれでしょ。戻りたくないんじゃなくて、また彼がカバンをここに持ってきてくれるの、期待してんでしょ」

 勘の鋭い人。そして、一応は先生という立場なのに、にちゃんと付き合ってくれる人。多分そのへんが、女子からも人気のある理由なんだろう。

 「先生それ、勘違い。アイツとはただの腐れ縁だから」

 と表面上は、一応否定しておく。

 絵里先生は無言で、厚ぼったい唇の片側を更につり上げながら、私の頬を軽くつついて、また私にブランケットをかけ直してくれた。

 深くつっこんできすぎないバランス感覚と、さりげなくチラつかせる優しさも多分、絵里先生が好かれる理由だ。

 踵を返してベッドから離れていこうとするそんな絵里先生の背中を見て、思うより先に声が出た。

 「絵里先生」

 ちょっと、確かめて見たかった。

 先生は、無言で振り返る。

 「先生はさ、保健の先生になりたくてなったの?」

 私の問いに、少し怪訝に眉根を寄せて、絵里先生は首を傾げる。多分、私の質問の真意を探ろうとしている。

 「そうだよ」

 ちょっと慎重な感じで、でも口許に薄く笑みは浮かべたままで、絵里先生が返す。

 「それって、いつ頃決めた事なの?」

 「高2の、春の終わりで夏の始め、みたいな時期だね」

 「へぇ、そんな頃にはもう決めちゃってたんだ」

 私は平坦にそう返したけど、内心は驚いていた。先生はそんな時期にはもう先の事を決めてたんだと、今の自分と比較して、焦りを感じた。やっぱり、聞かなきゃよかった。

 私の鬱な雰囲気を察したのか、絵里先生は戻ってきてまた、私が横たわるベッドの脇に腰かけた。

 「私の大学時代からのトモダチはさ、大学卒業しても就職せずにずっとフリーターやってて、ようやく去年だよ、やりたいこと見つけたの。で、今はずいぶん楽しそうにしてる。だからさ、こういうのに、早いも遅いもないから」

 言ってぽん、と私の頭を軽く叩く。

 なんだか私は救われた感じがして、胸がぎゅっとなる。

 「絵里先生ー、ナカオカいますー?」

 丁度その時、保健室のドアが開いて、聞き馴染みのある声がした。

 私の胸はまた別の意味で、ぎゅっとなる。

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