26冊目 鬼になった男

 あるところに鬼退治を夢見る男がいた。

 男が鬼の存在を知ったのは、幼い頃に両親から聞かされた鬼にまつわる伝説がきっかけだった。伝説の中では、鬼は傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いをする悪役として描かれ、幼かった男はそんな鬼の姿に恐怖を感じていた。

 しかし、それと同時にそれを一振の刀で倒す剛力の男に憧れ、いつか自分も鬼を退治したいと思うようになっていた。

 男は武家の子ではなく、農民の子であったため、他所から剣術の師匠を呼ぶ事は出来なかった。しかし、持ち前の器用さを活かして木刀を作り上げると、毎日朝昼晩の三度の木刀の素振りやそれを持った状態での走り込みなどを行った。

 両親はそんな息子の姿に少し呆れながらも息子の頑張り自体は応援しており、その声に鼓舞されながら男は毎日修練に励んだ。

 そんなある日、住んでいる村の近くにある浜で走り込みをしていた男は通り掛かった洞窟から誰かの声が聞こえてくるのに気づき、警戒しながら洞窟の中へと進んでいった。

 洞窟の中は薄暗く、灯りがないと進むのは難しかったが、男はゴツゴツとした壁に手をつき、道の先を足で確かめながらゆっくり進んでいくと、その先で誰かがうずくまりながら泣いているのが目に入ってきた。

 男が心配そうにしながらどうしたのかと声をかけると、その人物は体をビクリと震わせてから恐る恐る背後を振り返った。

 すると、そこにいたのは男と同じくらいの年齢の長いブロンドヘアの少女であり、その今まで見た事のない容姿に男は目を丸くしたが、少女の姿を見ている内にその美しさに次第に魅せられていき、男はいつしか少女の虜になっていた。

 その後、男は照れながら少女から身振り手振りで事情を聞くと、少女は住んでいた国から出るために家族と共に船に乗っていたが、運悪く嵐に遭った事で少女は海へと投げ出された。

 そして、気づいた時には近くの浜に打ち上げられており、どこかわからない場所にいた事で心細くなりながらもとりあえず近くにあった洞窟に入ってみたが、心細さから徐々に悲しくなり、一人で泣いていたのだという。

 事情を聞き終えた後、男は手振りで少女に待つように伝えると、家へと急いで戻り、自分の服や食料などを幾つか手に持ち、そのまま洞窟へと戻った。

 そして、濡れている服の代わりに自分の服をひとまず着るように伝え、着替え終わった少女に持ってきた食料を渡すと、少女は不思議そうに男を見つめたが、男の気持ちを理解した様子でにこりと笑ってから渡された食料を食べだし、男は胸の高鳴りに戸惑いながらも少女の姿を見て安心感を覚えていた。

 その翌日から、男は食料や飲み水を持って洞窟を訪れ、少女とふれあうようになっていた。そして、初めはお互いに通じなかった言葉も少しずつ理解出来るようになっていくと同時に、少女も男に惹かれていき、自然と口づけを交わしたり体を重ねるようにもなっていた。

 しかし、そんな二人の幸せな日々は突然終わりを告げた。ある日、男は外から聞こえてくる騒がしい声で目を覚ますと、何事かと思いながら家の外へと出た。すると目に入ってきたのは、手に松明を持った村人達に囲まれながら木の檻に閉じ込められた少女の姿だった。

 男はその光景に驚いた後、家の中に置いていた木刀を手に持ち、少女を助けるために再び外へと出た。しかし、男が木の檻に駆け寄る前に村人達が少女に対して恐れと侮蔑のこもった言葉をぶつけながら持っていた松明を木の檻へと投げ込むと、木の檻は勢いよく燃え始めた。

 そして、少女は自身を飲み込もうとする炎の熱さと木が燃える事で発生した黒煙にもがき苦しみながら助けを求める声を上げ、男は絶望感に打ちのめされながら膝をつき、檻の中で焼かれていく想い人の姿に涙を流した。

 その後、焼け焦げた少女の遺体は炭化して崩れ落ちた檻の残骸の下へと消え、村人達は異邦人である少女の死に安堵していたが、男は村人達に対して憎しみと怒りを感じながらスッと立ち上がった。

 そして、愛用の木刀で一番近くにいた村人の命を奪うと、村人達は男の突然の豹変ぶりに悲鳴を上げながら逃げ出そうとしたが、鬼退治のために鍛えた男の身体能力と頭脳はそれすらも許さず、村人達の悲痛な叫びが村のあちこちから次々と上がった。

 それから約一時間後、最後の村人を葬った男は木刀を持った手をぶらりと垂らすと、血の海に沈みながら臓物や脳味噌などを撒き散らしている村人達の死体に対して異質な物を見るような視線を向けた。

 そして、檻の残骸の下から少女の髑髏しゃれこうべを掘り出すと、愛しそうに口づけを交わし、それを入れた壺を手にしながら村を後にした。

 その後、男は亡くなるまで骨壺を持ちながら各地を転々とし、その最中に出会った者達と手合わせをしたが、その相手は皆が口を揃えて男の事をまるで鬼を身に宿したようだったと評したという。

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