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「もう辞めようよ……」

 事の発端は、いつだって些細なもので、それによって話がややこしくこじれ、最終的には発端からかけ離れたものになってしまう。

 どうしてこんなことになったのだろう。

 そう思うことに、もはや何の意味も無い。

 目の前に立っている彼女は、私達と同じ、北宿毛女子高等学校の制服を来ている。緑色のネクタイから、三年生だということが分かった。

 夏休みにおばあちゃんちに表情を忘れてきてしまったような無表情。何も読みとれない瞳が、私達を映している。

 過奈が、無表情の先輩をにらみつけた。

「後悔するなよ?」

 過奈は、どんな相手だろうと怯むことは無い。

 バスがどんなに混雑していたとしてもお年寄りに席を譲らないような、良くも悪くも自分本位な奴なのだ。いや、良くはないけれども。

 無表情の先輩は人差し指の指紋を私たちに見せつけた。

「一分間」

「何がだよ」

「ハンデをあげる」

「ハンデ?」過奈は床を強く踏みつけた。「いらねーよそんなもん!」

 こうなった理由は、過奈の一言だった。私となにげない会話をしているだけだったのに、過奈が「幼稚なゲーム」だと言ってしまったことが原因だった。それを、この無表情な先輩が、私たちに割り込むようにして「取り消して」と、言い出したのだ。

 そこで、変な人だなぁと思いながらも「あ、すみません……」と言えば話が早かったのだろうけれども、私の友人である過奈が、素直に謝るはずがない。

 基本的に過奈はわがままなやつで、裾上げしてもらったジーンズも、気に入らなければ返品するほどの人間だ。ファミレスでカレーを頼んでかき氷が出てきても文句を言えない私にとっては少しだけうらやましい。

 とにかく過奈は、相手が上級生であろうとも一歩も引かないのだ。

「ハンデをつけてもあなたは私の足下にも及ばない」

「言ってくれたな!」過奈は中指を爪を先輩に見せつけた。「ハンデを言い訳にするんじゃねーぞ!」

「それはない」

「ねえ、やめようよ……」二人の仲裁をしようとして、何度も失敗しているのが、私こと津野ミトン。「そんなことしても……」

「そんなこと、じゃない」

 先輩の瞳がこちらを向いた。あくまで無表情なのが、つかみ所のない怒りとなって、実に怖い。

「そんなことって、別にゲームのことをバカにするつもりで言ったわけじゃありません……その……」

「なら、黙って」

「はい……」

 私は諦めて、二人から距離をとった。

「あんた、こういうのはどうだ?」過奈が、先輩をにらみつける。「勝ったほうが負けたほうの言うことを聞く、それでいいだろ? これなら、あんたが私に二度とこのゲームのことを馬鹿にするなって言えるし、私にもそれなりにメリットがある」

 無表情がコクンとうなずく。

「わかった」

「あ~、ハンデももらえるみたいだし、楽しみだなあ罰ゲーム。ああ、全裸で放送室に乱入した後、北野たけしのものまねでも披露してもらうか」

 私は先輩に怒られているダンカンを想像してしまう。

 過奈は、くだらない罰ゲームを提案すると、財布から百円玉を取り出した。同時に先輩も百円玉を取り出し、二人が筐体にお金を入れた。

「後悔しても、知らないからな」

「しない」

 何年もそこにあるであろう、古びた外観。代わり映えしない、色鮮やかさが逆に古くささを演出している。

 ゲームコーナーにある、色とりどりに発光する筐体の中で、ひときわ目立ったそのレトロ感は、スターバックスに干物がぶら下げてあるような言いしれない違和感があった。

 その筐体は、中心に小さな柵で区切られていて、左右にそれぞれ十二個の穴があいていた。その穴には当然、茶色い奴らが潜んでいるのだ。

 立て看板を模した電光掲示板には、スコアという表示が二つあり、二人のそれぞれの得点が表示されるようになっている。

 それ以上の情報はまったくない。

 シンプルなデザイン。

 シンプルなルール。

「後悔させてやるよ」

 過奈の挑発に、応えるかのように……


 モグラ叩きの筐体が動き出した。

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