静寂のアマリリス
エビ
第1話 静寂のアマリリス
今日はデートだ。
相手は同じバスケ部の1つ上の先輩。高身長でバスケも上手、さらには顔も良く、私の高校では女の子の憧れの的だ。一方の私は、クラスでは若干目立つほうだが、とても可愛いかと言われればそうではないらしいし、一般的な顔かと言われればそれよりは上のランクだそうだ。これは同じクラスの男子が付けていた可愛い子ランキングというくだらないものにそう書いてあった。ちなみに評価はC~SSまであって、私はA-だった。マイナスの理由はエロさが足りないからだそうだ。つまらない理由だ、気にする必要はない。
そんな私が先輩と仲良くなれたきっかけはSNS上のやり取りだった。事務連絡の一環で交換し、そこから話を盛り上げて
「今度の土日は部活が休みなので、晴れたら水族館に遊びに行こう」
という約束までこぎつけた。水族館になったのは、最近、近くに新しい水族館がオープンしたというニュースを話題にしたからだ。
学校では緊張してしまうので、普段は積極的に話しかけることはない。けれどSNS上だと顔が見えない分話しやすく、いつも以上に口が回った。その中でのやり取りとデートの約束をこじつけたことを友人に自慢すると「羨ましい」、「ずるい!」、「どうやって!?」といった反応を得ることができた。
その時のことを思い出しながら先輩とのトーク画面を見返していると、先輩から「今日楽しみだね、集合は駅で良い?」というメッセージが来た。しくじった、すぐに既読をつけてしまった。私が浮かれていることがバレたかもしれない。と少し悩んだ後、7分後に「そうですね!駅で大丈夫です!」と返信した。
そんなことに時間を使っていると用意の時間が無くなってしまうので、早速メイクなど諸々の準備を入念に行った。私が髪をセットし終えると
「今日、お母さん同窓会で夜少し遅くなるから、晩御飯好きなの食べなね」
と出掛けの母が2000円を渡してきた。
「…。え~足りない」
そんな風にわがままを言うともう2000円渡してくれた。急いでいる時の母が面倒ごとを嫌うのを私は知っていた。
「その代わり、お皿洗いとお花枯らさないように水やりしておいてね!じゃあ行ってくるから~」
と言いながら彼女は足早に家を出ていった。もともと私にさせるつもりだったのだろう、追加をねだっておいてよかった。そう思いながら4000円を財布の中に入れて部屋に戻った。
出発の15分前に支度を終えた私は玄関で最終チェックをしていた。悩み抜いた末に購入した、少し背中の空いた裾の広い赤色のワンピースが姿見に映っている。普段着には無い色だ。
「多分、大丈夫、、、」
そう呟いた時に、ふと母が同窓会で遅くなることを思い出した。私は自分の部屋に戻り、ぬいぐるみや写真立て、ベッドの上を片付けた。「一応ね。」
結局、家を出たのは出発予定時刻丁度になってしまったため母の言いつけは守らなかった。
待ち合わせの駅に着くと、淡い緑のTシャツを着た先輩がすでに立っていた。小走りで駆け寄ってから待ち合わせ時の常套句を使うと「俺も今来たとこ、じゃあ行こうか」とだけ返ってきた。
少し歩いて水族館に到着すると、多くの家族連れからなる大行列があった。誘導のために警備員やスタッフが配置され、その手には最後尾3時間待ちのプラカードが握られている。一応並んでみたもののどうやら入場規制が掛けられているらしく、30分たっても一向に前に進まない。オープン後すぐの休日ならこうなることくらい予想できたはずだったが、話題作りに必死だったあの時の私にその考えは微塵もなかったのだ。このデートは失敗だ、今日のことを知っている人にはなんと言い訳をしようか。そんな風に焦っている私を見かねたのか、先輩が数駅先にある動物園に行こうと提案してきたので「そうですね」と冷静を装うように返事をした。
道中に会話はあっただろうか、私は覚えていない 。気づいた時には動物園に到着していた。ライオンの口をモチーフにした古臭い入場門には受付のおばさんが1人だけ座っており、購入した入場券にパチンと穴をあけてくれた。かなりスムーズに入場を終え、園内に足を踏み入れると古臭いBGMと独特の臭いが感覚を侵した。周りを見渡すと、錆びた策の向こうに立つ数匹のフラミンゴとそれと同じくらいの数のお客さんが見えた。そこからさらに進んで少し大きめの広場につく。飲食物を販売する屋台とプラスチック製のイスとテーブルが、錆びた鉄柱に支えられた大きな屋根の下に並んでいた。時間も13時を回っていたので、園内を散策する前にご飯を食べようということになった。私は380円のイチゴのソフトクリームをお昼ごはんとして購入していると、いかにもレトルトなカレーとコーラをのせたトレー持った先輩が「そんなので足りるのかよ」と笑いながら聞いてきた。実際のところお腹が空いているというわけではなかったので
「大丈夫だと思います」
と返すと、あっけにとられた顔で「そっか」と言いながら席に戻っていった。ごはんを食べている最中に大まかなコースを決めた。決めたと言っても私は特に行きたいところもなかったので、提案されたコースをそのまま鵜呑みにしただけなのだが。ただ、ライオンの檻だけは見ておきたかったので、気になっているという風なことをそれとなく伝えると上手くコースに組み込んで調整してくれた。
食事が終わってからは決められたコースを順調に進み、サル山やゾウといった定番の動物を見て回った。カバがいるはずのエリアから移動しようとした時に「もしかして動物園、好きじゃなかった?」と聞かれた。私はハッとしたが悟られないよう
「いや、楽しいです」
努めて笑顔を作りながら返事をした。さすがに場を盛り上げなければと思い、何とか話題を探そうとしたもののSNS上とリアルタイムでの会話は全く別物だということに気づいた。あんなにも会話を弾ませることができていたのに、このままではつまらない女だと思われてしまう。焦った私は脈絡もない問いかけをし、それに対して回答をもらうというキャッチボールとは非常に言い難い会話を続けながらライオンの檻に到着した。
私はライオンが好きだ。小さいころに教育テレビのサバンナを特集している番組で、ライオンがたてがみを風になびかせながら獲物を捕まえるシーンを見て素敵だと感じたからだ。捕まえた獲物を家族のもとに持って行き、養う姿はどこか誇らしげに見えた記憶がある。
しかし、この動物園のライオンはそうではなかった。だらしなく腹を見せ、大あくびをするその姿は野性的本能を全て刈り取られた家猫とまるで変わらなかった。首の周りにあるたてがみだけが、百獣の王であるという見栄を辛うじて保っており、それがなおさら滑稽さを引き立たせているように見えた。私はその姿を長く見ていられず、すぐにその場を離れるよう促した。
それ以降も園内を歩いたものの、あのライオンを見てしまったせいか話題を作ることも忘れ、気が付くと閉園時間が迫っていた。「そろそろ出ようか」そんな先輩の声掛けに無言で頷き、動物園を後にしようとしていた。この後のことを考えながらフラミンゴのエリアでを歩いていると、突然、現実が私の肩に手を添えてきたような感覚に襲われた。あの古臭い入退場口の門はハリボテだったのだ。
駅の入り口には小さな時計があり、針は午後17時5分を指していた。その周辺にはスーパーや総菜屋などで少しばかり賑わっている。夕飯の買い物をする主婦をぼんやりと見ながら歩いていると近くにあったお肉屋さんが揚げたコロッケの良い匂いが漂ってきた。「良い匂い、お腹空いちゃうな」と私は独り言にしては大きい声をこぼすと「そうだね」という声が返ってきた。「じゃあこの後晩御飯行きませんか、なんて」と用意していた言葉が音になる前に、「じゃあ早く帰ろっか」と響いてきた。不意を突かれた私は先輩の方を見たが、彼の目には駅に向かう道だけが映っていた。そういえば今日、私はこの人の顔を1度でもちゃんと見ただろうか、そしてこの人も今はもう私を見ていない。それにも関わらず私の中に悲しいという感情は無く、ただ虚しさだけが広がっていた。だから口に残っていた言葉を溶かして、
「そう、ですね」
とだけ返事をした。
私は券売機で購入できる最も高い在来線キップを購入し、電車に乗り込んだ。先輩よりも私の方が降りる駅は近いため、電車の中で簡単な挨拶を済ませてから目的の駅でさよならをした。改札を出る際に返却された3150円の切符は丸めてゴミ箱に捨てた。
帰り道で、今日はスマホを一切触っていなかったことを思い出した。SNSを確認してみると9分前に「どうだった!?絶対話聞かせて!」と友人からのメッセージがあった。少しの間その文章を見つめてから、「まあ普通かな笑」と素早く指先を動かして返信をした後、スマホをカバンの底にしまった。
それから程なくして家に到着した。インターホンを押そうとしたところで今日は誰もいないことを思い出し、鍵を開けてから中に入った。
「ただいま」
誰もいない空間に向かって発した言葉がむなしく響く。
靴を脱いで家に上がると、夕暮れが差し込む薄暗いリビングに名前も知らない花がその真っ赤で大きな花びらを広げながら佇んでいた。
「うそつき。」
そう溢した後、私はきれいに整えられた自室に戻り、ワンピースを脱いだ。
静寂のアマリリス エビ @ebi_shose
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