雨のち晴れ
N0ア
終話
雨のち晴れ。予報士が、そう言った。なんともぼやけた表現だ。いつか来る晴れ。そんな当たり前のことを言った所で、何になるというのだ。遅かれ早かれ、いつか晴れると知ったところで、今雨が降っていることに変わりはない。梅雨時は憂鬱だ。家から出たくない。しかしながら、生きるために仕事をしなければならない。嫌々ながらも、心許ない傘をさして外へ踏み出た。雨は腕に少し反動が来るほど、強く降っていた。ザァーザァーと、傘につく雨粒は増え続け、垂る粒は肩に落ちる。大きめの傘を買うべきだったのであろう。だが、そんな気力も時間も見つけられなかった。コンビニで買った、小さめ目のビニール傘。まるで自分の様に思えてきた。小心者で余裕がなく、どこにでもいる、替えの利くもの。そんな自分に、何の価値があるのだろう。
地面に溜まっていく雨が、積み重ねられる資料の紙に見えた。溜息をする。いつからこうなったのだろうと、過去のことを思い出す。傘もささずに、元気よく雨の中をを走りに回っていた子供のころ。空を見上げ、夢に溢れた毎日であった。大学に受かった時以来だろうか、現実を突きつけられ、自分の夢が片っ端から否定されたのは。それ以来、下ばかり向いて、前すら見られていない。特にやりたいこともなく就職し、言われるがままの仕事をする。それを繰り返す毎日。死にたい。そんなことが頭を横切った。だが、そんなことを実行に起こせるほどの決断力は自分にない。今日もまた、昨日や一昨日と同じだ。空は動き続けているのに、自分はずっと同じ場所で止まっている。
時計は午前4時と表示していた。ノルマもやっと終わり、帰り支度をする。窓を見ると、雨はまだ降っていた。溜息を残して、無人のオフィスの明かりを消した。会社が近いという理由で、追加の仕事を押し付けられる。断る度胸もなく、その仕事をこなす必要があった。また明日も、こんな日になるのだろう。そう思いながら、ドアに鍵をかける。傘をさし、家へと向かう。人通りが少ない十字路、信号の青は点灯していた。少し速足で信号を通ろうとするが、自分が横断するときには黄色になっていた。疲れのあまり、聞こえていなかったのか、別の光が目の前まで来ていた。それは自分にあたった後、通り去った。
傘が見えた。雨粒と赤が混ざり合い、形の崩れた花を象どっている。そんな事象を、美しいと思った。子供の頃以来であった、何かを美しいと思うのは。色無き世界に、一色ではあれど色がついた。そんな奇跡が今起こった。だがその花は、ゆっくり、ゆっくりと雨に流されていく。全てが流れ落ちた時には、自分は意識を失った。そして感じた。雨のち晴れ、その言葉が嘘でなかったと。傘はもう必要ないのだ、空はこんなに晴れているのだから。
雨のち晴れ N0ア @NoaF
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