q.日直当番という苦行に挑む

 朱里さんから聞かされた昔話では、今の私達の学校と同様に、20世紀~21世紀頃の日本でも、日直当番というのは生徒の仕事であったらしい。但し、日直の詳細を聞く限りでは、今の当番とは微妙に異なるようだった。


朝の挨拶や授業の開始終了に合わせ、当時の日直は率先して声を掛ける係、即ち言い換えれば号令係だったそうだ。今の時代の日直に、そういう役割はない。クロス禍の中、生徒全員が登校する必要もなく、マスクを常に着用することもあり、声を張り上げるという行為を問題視とし、30世紀に入るまでには学校の規律が改正されたと、歴史で学んだことがある。


朝の会での「おはようございます」もなければ、授業の度に「起立、礼、着席」の号令もなく、帰りの会でも「さようなら」もない。一通りの基本の挨拶はしても、席に着席したままの状態で、「おはようございます」や「さようなら」と、皆揃って挨拶するだけだ。


授業時も立ち上がらずに、座ったままだ。何も挨拶しない訳ではなく、授業の開始時は「お願いします」で、終了時は「ありがとうございました」と挨拶し、軽く頭を下げることになっている。


マスクを通しての会話は、マスクを着用しない時よりも、はっきり聞こえず籠った声となる為、普段より大きめの声を出すこととなる。そういう理由から、喉を傷める生徒が急増したそうで、今はどの学校も無理して声を出すことを、良しとしていない。その為、明確な発音でなくとも良い、とされていた。


 「…ふ~ん。『起立、礼、着席』なんて、初めて知ったよ。授業の開始と終了の度に、態々立ち上がってお辞儀していたのか…。コロナが進んでクロスへ、こうも長い時代に渡っていなければ、今も続けていたのかな…」

 「…そういう可能性も、あるわね。私のような昔の人間から見れば、自分達が生きた証みたいな風習が、無くなるのは寂しい…。『み~さん』も今の私と同じく、こうした気分になったのかな…」

 「…み~さん?…誰のこと?…朱里さんの友達だったの?」


日直当番の話をした時、同性と思われるの名が、朱里さんの口から初めて飛び出した。一体誰のことなんだろうと思いつつ、同性だと気付く。愛称で呼ぶほど親しげで、懐かしそうに遠い目をした彼女を見て、過去の時代の彼女の友人ではないかと、予測した私だったけれど……


 「…いいえ、友人じゃないわ。『神代 美空みく』さん、私の守護霊で神代家ご先祖様よ。生前の私は彼女のことを、『み~さん』と呼んでいたの。反対に彼女は私のことを、『朱里ちゃん』と呼んでいて…」

 「…えっ?!……朱里さんの守護霊?…神代家のご先祖様……」


彼女の返答に、仰天した。生前の彼女も私同様、神代家の血を引き優秀な審神者であったと、本人からもおばば様からも聞いたけど、彼女の守護霊もまた同様、神代家の血を引く審神者のご先祖さまだったとは。そういえば神代家の家系図に、その名前も記されていたような。


 「み~さんは10数世紀後半頃、生存していたそうよ。私以上に古臭いお堅い部分もあったけど、心根は正直で優しい人だったわね…」


も懐かしげに目を細め、遠くに視線を向ける彼女に、ちょっぴりヤキモチを焼きそうだ。優秀な能力を持つ審神者は、何代かに1人生まれるかどうかという、確率だ。朱里さんも私が生まれて来るまで、相当に待ったらしいのよ…。


私も将来は多分、朱里さん達と同じ道を、辿ることとなるだろう。今の私はまだよく分かっていないけど、お化けだとしか思えなかった朱里さんのことも、今は全然怖くはない。彼女の性格を知っていくうちに、何だか他の幽霊のことも怖くない、そういう気がしてくるから不思議である。但し、別のことが怖くなっている私も、居たりするのだが。


…慣れるって、恐ろしい。あれだけ恐かったことが、今では感じているんだもの。今は私にとって、朱里さんはなくてはならない、そういう人なんだよね…。でも…何時いつかは、彼女と別れる日が来るのよね?


 「紗明良、聞いてる?…それでね、み~さんは……」


朱里さんが初めて、自らの守護霊様の話を、自慢げに話してくれる。あまりにも楽しそうに話す彼女の笑顔に、私も嬉しくなる。子供に戻ったかの如く幸せそうな彼女の姿に、私も寂しい気持ちを抱えた。彼女はもう二度と、美空さんと会えない。そういう真実に、私も気付いたから。


私も何時か、彼女とは永遠のお別れをすることになる。そう気付いてしまったのだから……






    ****************************






 号令のない今の時代の日直当番は、昔の時代と大きく内容が変わった、というわけではない。黒板消しと呼ばれたイレーサーは使用されなくなり、日直が消す作業もない。今の黒板は別の素材となり、一瞬で消すことも可能な巨大なタブレット、と言えるようなものに成り代わっていた。大抵は次の授業の担当教師が消すので、日直の仕事も昔と比べれば、多少の様変わりはしているが。


では、今の時代の日直当番は、何をするのかと言えば、クラスの様々な雑用を担っている。クラスメイトの悩みなどに、出来得る限り相談に乗ったり、困っている生徒を助けたり、教師の補助などをしたりと、必ず決まってはいないけど。


唯一決まりごとと言えば、日直が書く日誌である。これは昔から続く、学校の習慣でもあるようだ。あの時の朱里さんも、懐かしいと話していたっけ…。但し、昔の日誌と今の日誌は、全く違う形式になっている。昔は紙のノートに自らの手で書くらしいが、今は紙素材どころかノートですらなく、また手書きでもない。


今の時代の日誌は、どう書くのかと言うならば、タブレットを使用して記録するのである。一言でタブレットと言えども、昔のようなタブレットとは大きく違っている。大きさも形も色も、全く異なるものらしい。


歴史で習った情報から、今のタブレットは昔の物より、半分以下に小型化した物が大半のようだ。四角形だった形も、今は丸い形や星形など様々だ。反対に、テレビぐらいな大きさの物もあり、黒板もその1つと言えるだろう。紙のノートは私達の時代では、全く使用したこともなく、私もよく知らなかった。


とある時代の一時期に、紙製品がごみ問題に大きく影響したそうだ。今の時代の紙製品は希少で貴重な物でもあり、紙に書くという習慣は完全に消えている。だから今はタブレットに記録する、若しくは入力するということになる。


さて、本日の日直当番では、私は主に女子生徒を担当し、高峰君は男子生徒を担当してくれている。教師の手伝いをするとき以外は、教員室に2人で向かうこともなく、あまり彼と関わることはないはずだ。問題とするなれば、最後に一緒に入力する日直日誌、だけなのかな…?


 「紗良にとっては男女で協力する、日直当番は災難だろうね。下校直前に入力する日直日誌だけは、2人で協力し合う必要があるもんね。あの高峰と、一緒に当番するのは大変だろうけど、まあ頑張って。」

「………?……」


何故か好華ちゃん達から、そう言われた私。どういう意味なのか、今一分からないんだけど…。協力する必要があるまでは、私も理解できる。だけど、あの高峰君と一緒だと大変だとか、頑張って…と調部分だけは、何故か妙に引っ掛かる言い方だと思って。


高峰君と一緒に日直をしていると、何となく女子達からの視線が、普段よりも私に向けられるような気もする。羨ましがられているような、妬まれているような微妙な空気を、感じた私。それを大変だと言うならば、そういう気もしてくるし、頑張るという意味も分かる気が……


だけど…そういう意味ではないと、心の淵に何か引っ掛かる。それも、その数分後には理解することになった、私だったけど…。高峰君が授業の合間の休憩時間の度に、私に話し掛けてきたからね。


 「これは、女子の日直当番の分だよ。」

 「これ、次の授業の担当教師から預かってきたんだ。女子に配る分は、神代さんにお願いしていいかな?」

 「次の授業の準備だけど、今日の日直当番の1人である神代さんにも、お願いしてもいい?」


など、エトセトラ……。ちょっとした簡単な準備でさえ、女子の日直当番として手伝ってほしいと、高峰君は態々頼んできた。クラス一優秀な彼ならば、こんな面倒な作業も、終わらせてしまいそうなのに……


 「えっ?…今日の日直当番って、高峰君と…神代さん?…確かこの前の時に尾上みがみさんが、高峰君と同じ当番に当たったと、自慢げに話していたような気が、するんだけど……」

 「…あっ!…私もそれ、聞いた!…あれっ?…それなら何で、今日なの?…尾上さんの勘違い…かな?……尾上さんって、今日来ていないよね?」

 「…もしかして彼女、また嘘をいたのかな…。今日は気まずくて、オンライン授業にしたのかも…」

 「あっ!…そうだよ、きっと。小さな嘘を時々、言ってるし…」


…その所為で、私は目立っていたんだ…。後味が悪すぎだわ……


聞くつもりはなかったが、クラスの女子の話す噂話を、偶然耳にした私。今日の日直当番を、誰かが勝手に交替したんだと確信し、すっかり青褪めた。普段から尾上さんは、色々と大袈裟に話しているのは、私も知っている。それでもこれは、彼女が態と吐いた嘘じゃない。やっぱりこれは、高峰くんの仕業なのかな…?


後味が悪いとは、こういうことを言うのかと、初めて思った私。尾上さんの不名誉を放っておけないと、たった今噂話をした女子生徒達の誤解を解こうと、今にも声を掛けようとしていた時に。丁度、私の耳に届いた声は。


 「…止めておきなさい、紗明良。」


そういう冷静な声が、耳に…というより頭の中に響く。この声は、朱里さんで間違いないようだ。何故、彼女が…?


 「その子、自業自得よ。元々、尾上その子で、彼ではないわよ。」






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 今回は、日直当番の様子です。抑々、日直当番という権利を使って、主人公を篭絡できるのか…?


紗明良達の日直当番がメインです。日直当番の未来図を描くことで、少々脱線していまいましたが…。現代の時代と未来の時代では、日直業務も進化していると期待しつつ、書いてみました。


さて、苗字だけの新人物の名前が、登場しています。本人はオンラインで授業を受けていて、こういう事態になったとは知りません。オンライン用の授業は、教師が予め録画した映像を流し、何時でも見れるようにしています。


……という設定でした。次回にでも、本文で説明を入れようかな…。

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