o.私の運命が大きく動くとき
「おはよう、神代さん。」
「………おはようございます、高峰君……」
今朝私が学校に登校したら、既に…彼が登校していた。あれから、私は朝早く登校するのを、なるべく避けていたんだけど、今日は仕方がない。どうしても朝早く、登校しなければならないという理由が、ちゃんとあったのだからね。クラスでは日直という当番が回ってくるのだが、今日は私がその当番なのである。
…だけど私は、彼の存在をすっかり忘れていたのよ。最近は、高峰君から朝の挨拶はされるけど、それ以外で声を掛けられることが、全くなかったから。だからすっかり私は、油断をしていたんだよね……
「今日は神代さんが、日直なんだね?…神代さんは真面目だなあ。こんなに早く登校してまで、日直を全うしようなんて。僕も含めて皆、日直当番の時もいつも通りにしか、登校しないのに。今日は偶々早く来たんだけど、これって運命みたいなものかなあ?」
「…………はい?……運命?」
教室に一歩入った途端に、高峰君から挨拶をされた私。朱里さんは高峰君を見た瞬間に、すう~と姿を消すかの如く、隣の部屋へとフワフワと飛んで行った。私が固まったのをいいことに、私だけを置いて。
…えっ?…ちょっと!…朱里さん?!……私を置いて、貴方1人、何処に行くというのよ!…待ってよ、置いて行かないでよ、朱里さんっ!!
朱里さんが今にも何処かへと、飛び立つ気配を感じた私は、ギギギっと機械音がしそうなほど、ぎこちない所作で横を向く。私1人置いて、何処に行っちゃうのよ…と、心の中では喚いていたけど、声には一切出ていない。
それもそのはずで、私は彼の姿を見て、また固まってしまったから。どうしても男子と過剰な接触をすると、こうして体がコチコチに固まってしまう。挨拶程度ならば、何とか挨拶は返しているけど、こうして1対1みたいな接触には、慣れていないんだよね…。
特に高峰君はこの前の件もあるし、何となくこれが偶然ではないような、そういう気がしてくるから、余計に警戒するんだよ。然もこの前は、朱里さんも居て3人で会話したんだけど、今は朱里さんも居ないし、2人っきりは…ちょっと、ね…。
…高峰君と2人っきりって、ヤバいよ。朱里さん、何で私を置いて行くのよ。それに高峰君もさっきから、意味の分からないことばかり、言って来るし…。日直の話はまだ分かるとしても、運命って…何なのよ?…どういう意味で使っているのか、意味が分かんないよ~~~
「……くくくっ。君の今のその顔は、『何のことか、意味が分からない』という顔だよね?…君は本当に、素直な人で可愛い人だなあ。相変わらず、直ぐに顔に出るんだから…」
「……か、かわ…可愛い?!……揶揄わないで、高峰君。誰にでも…そういう言葉を言っていたら、そのうち勘違いされちゃいますよ?」
……可愛いって…。私にそういう言葉を使う人、生まれて初めて見たわ。高峰君の本当の顔は、こういう人だったのね…という感想なのよ。もっと真面目な人だと思っていたから、軽すぎて呆れてしまった。それに…可愛いを言われ慣れない私は、一瞬嬉しくてニンマリし掛けたかも…。
私は照れ隠しから、言葉が噛み噛みになっちゃったけど、それを何とか誤魔化そうとして、誰にでも可愛いと言うなんて軽率すぎるよ…と、彼に忠告したつもりだった。可愛いなんて、誰にでも言っちゃダメ!
「…くくっ……あはははっ!…そんなこと、誰にでも言っていないよ。勿論のことだけど、相手が神代さんだったから、そう言ったんだよ。ちゃんと相手を見て、使い分けているつもりだ。まさかそう来るとは、思わなかったけど。」
私の話を聞いた途端、高峰君は大爆笑してしまったが、私はそんな彼に不満たらたらである。誰にでも言っていないらしいが、たった今私相手にそう告げた、と…。相手が私だから言ったようだけど、私が恋愛に疎いとでも言いたいのだろう。確かに恋愛には、少しも縁がなかったと言える。
残念ながらこれまでに一度も、私は恋をした経験がない。だからと言えど、恋愛に関しての興味が、全くない訳ではなかったし、今までの人生の中で偶々、誰かと恋をする機会がなかっただけだ。また、恋をしたい相手も見つからなかっただけで。ただそれだけのこと、と言えるかも。但し、運命の相手を別段探すつもりもなく、どうあっても大恋愛をしたいとは、考えていないが…。
…高峰君はちゃんと相手を見てると言うけど、私相手ならば本気にされる心配もないとか、そう言いたいんでしょ?…悪かったわね、恋をしたことがなくて。
心の中では、ちょっとやさぐれていた私。恋の達人のような相手から、本気で相手にされようとは抑々思っていない。それでも、自分に恋をしないから…という理由で、練習台の如く
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「……ふう~。今頃はあの2人、上手く話せているのかな…。紗明良は異性の好意に、大分慣れていないからなあ。…いや、全然慣れていないのよ。折角、一途で真面目な異性に想われているのに、気付きもしないなんて、勿体ないわね……」
私は溜息をそっと吐きつつ、独り言ちた。独り言ちたと言えども、この現実世界で私の声どころか姿を捉える者は、ごく数人の人間だけだろう。実際に紗明良の他に
紗明良と共に学校に通い始めた当初は、紗明良にくっついて教室から移動し、他の教室に行ったり校庭に出たり、時には食堂に行ったり教員室に行ったり、偶には保健室を利用する紗明良を見守って、体育の授業で着替えをする紗明良を追い掛け、更衣室にも付いて行ったりした。
こうして私は、この学校に通う生徒たちの中に、私を捉える人物が他に存在するかどうかを、地道に検証した。その結果、他には誰も居ないと、確信するに至ったのであった。これで私も、一安心できそうよ。
今みたいに私が1人で居る時も、紗明良の心の声は時折聞こえてくる。実際には聞こえるというより、頭に響くという感じであるけれど、聞こえるのは紗明良だけではなく、私の姿が見える者の心の声も…であった。但し、繋がっている所為で常に声が届く、私の守護対象である紗明良とは異なり、他の者の声は私の目の前に居る時だけ聞こえ、常に聞こえてくる状態ではない。
だから、カルラに関しても高峰君に関しても、私が勝手に彼らの本意を汲み取れるのではないし、また今も彼らの声が聞き取れる関係でもなく、彼らが完全に私に対して心を閉ざせば、心の声を読み通るのも会話するのも、できなくなるだろう。
私の姿が見える以上は、彼らもまた私の声が読み取れる。そして、彼らが私に話し掛けたからこそ、会話が成り立つのだから。但しそれは、私の場合と全く同様に、私の目の前に居るからこそである。現状、隣の教室に隠れている私の声を、紗明良以外が聞き取れることは、絶対にない。
「もう、朱里さん!…私の声、聞こえていたんでしょ?…私が授業中、朱里さんは何処で何をしてるの?…声が聞こえない距離には行けないって、前に言っていたんだから、絶対に聞こえているよね?…どうして何も、応えてくれないの?」
「……あのね、紗明良。貴方は授業中以外にも、常に誰かお友達が一緒に居る状況でしょう?…そんな状況の貴方に声を掛けたら、貴方は平静でいられるの?」
「………うっ、それは…そうだけど………」
勿論、例外もある。私が紗明良に対し、故意に呼び掛ける行為を封じれば、例え守護対象の彼女であっても、私の声を聞くことはできない。どうして自分に応えてくれないのかと、彼女からのお小言を散々もらったが、それは紗明良にも問題があると告げれば、何とか注意を逸らせたようだ。
…紗明良は直ぐに顔に出るし、私との心の中でのやり取りに集中し過ぎて、急に声を上げる傾向もあるし、実際に自宅で既に何度かやらかしているのよ。彼女は真面目でお人好しで、嘘の
「本当はね、紗明良だけに問題があるわけじゃない。貴方に説明していない事柄もまだ、幾つかあるのよ。その1つが、故意に心の声を聞かせない能力よ。流石に守護霊とその対象である主が、常に互いの心の中を読み合うというのは、例え相手が守護霊と言えど、2人共に心が休まらない。それを防ぐ為にも互いに、心を読ませないようにする。本当は紗明良も使える、能力のはずなのに…」
私は生存中に容易く習得できたけど、何故か彼女は未だ習得していない。しかしこれだけは、彼女自身が成し得ないといけないし、私はどうもしてあげられないわ。だけど…1つだけ、はっきりしていることがある。
「…ねえ、紗明良。貴方、このままでは…死後の世界でも、いいえ、この先の未来で貴方が守護霊となる時が来ても、貴方は自らが守護する対象者にも、心を読ませることになるわ。現世で生きているうちに、習得できなければ……」
理解していても、これら私の声は彼女に聞かせない。現状の彼女は、私という存在に頼り切っているように、見られたから。私は教えないし、教えられないの。彼女自ら答えを導き出さねば、今の状況で本来の力を使い熟せないだろう、と。
ガラッ…という、教室の扉がそっと開けられた音がして、私は音のした扉の方を振り返ると…。私が居るこの教室の扉が、開けられた音だったようだ。紗明良の居る教室の隣の教室に、誰かが入って来る。そしてまた、カラカラと音を立てないようにして扉を閉めた、その人物は……
「…おはよう、朱里さん。朝の挨拶をし損ねたから、挨拶しに来たんだよ。」
私に話し掛けてきた人物は、他でもなく…私の姿が見える人。態々、ここまでして私に会いに来た
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前回が既に、数日後~1か月以内の話でしたが、今回は…前回のその直後ぐらいであり、僅か数日後の話です。
漸く一歩前進。紗明良の人生が激変する前触れ、という流れでしょうか?…高峰君のお手並み拝見、というところですね。
前半は紗明良と高峰君とのやり取り、後半は朱里さんの一人芝居でしたが、最後の最後で…とある人物の登場です。次回は、どちら側の続きにしようかな……
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