291-聖魔法大武道場剣術試合第二試合と若き者達

 緊迫した地上闘技場。息を呑む観客達。声を出す者は無い。


 その静寂の中で、ライオネアは思う。


『芝の様子が、自分達の闘いの時とは違う』と。


 そう、試合の為に踏み荒らされた地上闘技場の芝の乱れが、第一試合とは明らかに違っていた。


 ねじれの様な跡を残す副団長アタカマの多数の足跡、そして金の防具に守られているが中は獅子の脚となっているであろう父たる騎士団団長金紅が踏みしめて倒れた無数の芝の山。


 先程の試合後は慣れない獅子への半獣化の後だった為にライオネアもそこまで記憶していた訳ではないが、芝の乱れはここまでではなかった筈。


 聖魔法大導師と大司教という聖教会本部の双璧の聖魔術の賜物だけがこの差の理由とは考え難かった。


『……気付いたか。それは防具の魔石達のお陰だ。そして、今闘っている先達二人は其方達よりも魔力を放出している為に、あの様に乱れた芝となっているのだ』 

 すると、ゴールド家の家宝、国宝級の長剣が答えをくれた。


 そうか、とライオネアは嘆息する。


 第一試合で二人を守ってくれていた魔石殿達。


 今は時を刻む魔道具となって茶色殿と共に第二試合を見守っておられる存在が、自分とスズオミの溢れる魔力が暴発せぬ様にして下さっていたのだ。

 魔石殿達でも吸収が出来ない程に強い魔力が今、底部の魔法貝達に助けられながら芝とその下の地に吸い込まれている、という事か。


『そうだ。良く理解したな。あの二人は溢れ出した魔力をまた吸収し、己の体内に戻す事も可能。だが、其方たち若き二人はまだその術は知らぬ。……恥じるな。良き闘いであったぞ』

 その通りだ。


 あの試合の最中に感じた獣化によるたかぶり、勝利への渇望。

 あのまま身を委ねてしまっていたら、母が渡してくれた細剣と聖女候補セレン嬢の護符が無かったら……と背筋が寒くなる。


『安心しなさい。精進していけばあの二人に近付けよう。若い二人共に、な』


『ありがとうございます!』

 いつの間にか使いこなしていた念話でスズオミが応えた。


『その為には良く見よ。良いな?』

『『はい!』』

 よしよし。

 若き二人の返答に満足し、長剣も地上闘技場を見る。


 団長副団長に動きが無い事は当然理解していた。


 だが、長剣は若い二人に希有な闘いのみならず、その魔力の流れも見てもらいたかったのだ。 


 これで、懸念は無くなった。


「残り時間はまだ充分にある。両者とも、魔力を存分に溜める様に」


 長剣と若者達の遣り取りを知っているのか、指示を出す聖魔法大導師も、両名から言葉が返されないのは当然、とばかりに口角を動かす。


 若い二人の近くに居る実況解説者、大司教の名調子も鳴りを潜めた。


 ただの一振り。それで、通常の動きならば地上闘技場全てに響く程の轟音を打ち鳴らすアタカマの斧槍。


 然しながら、ただ今のその一振り、上段の構えは実に静かだった。


 選ばれた、その一閃。

 恐らく、心中では十以上の振りが金紅へと振られ、そして凧型盾によって払われたのであろう。


 幾つもの見事な振りを脳内に与えてきたアタカマに対して、その一振りを待っていた、とばかりに凧型盾を人の手の側に持ち、構えは異なるものの同じく腰をしっかりと落として対峙する金紅。


 そして。


「「行くぞおっっ!」」


 二人が、動いた。









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