幕間-24 聖女候補の母の昔日(3)
「よくいらして下さったわね。コヨミ王国医療大臣カクレイ・フォン・フルリアンです。ランさんには里でとても良くして頂いたのよ。財務大臣リラシナ・フォン・タングステン、妻は会議で同席出来ないのを残念がっていたわ。代わりに魔力を預かったから、耳飾りに補充させてね」
あっという間だった。
本当に王国の医療大臣閣下の執務室に転移させて頂いて、そこでランさんの凄さを閣下からたくさん伺った。
ランさんもエルフ族であられる大臣閣下ご婦々のお里出身で、「女性同士の婚姻を前例がないからと先延ばしにしていた里を出て同性愛者の結婚を異性愛者と同等の権利として認める新しい国に移住したら?」とまだ王国ではなかった我が国への移住の背中を押してくれた人がランさんなのだと言う。
「私達婦々の1番の恩人は初代国王陛下だけれど、ランさんは2番目の恩人であられるわ。ああ、ランさんの予知の力はエルフ族の中でも随一でいらっしゃるの。この世界でも希なる予知の方、知るものぞ知る偉大な存在なのよ。さてと、玄孫ちゃん、ネオジムさんのこれからだけれど。耳飾りを外して、これを解いてみてちょうだい」
示されたのは執務室の奥、重厚感のある机と椅子。
問題用紙と答案用紙? と筆記用具が置かれている。かなり上質な紙に印刷された物だ。
ランさんを見ると、ニコニコとしている。
これは、是非おやりなさい、という所か。
まあ、とりあえず解答してみようか。そう思った。
高学部を卒業したのは100年以上前なのだから、ひどい結果でも許されるだろう。
そう考えて座り心地の良い椅子に腰掛け、耳飾りを外した。
『王立学院専門部医学専攻入学試験問題』という表紙の表記を読み、これは無理だろうと思った。
だが。
問題を読み進めていくうちに、どんどん知識が頭の中に入ってきて、しぜんと解答を進めていく事が出来ていた。何故?
「……はい、良いでしょう。これなら今年度の上位三傑に入ります。次年度からの入学は決定。それまでは私の弟子という形で勉強してね」
何が起きたのか、と戸惑う私にランさんが説明してくれた。
私が高学部を卒業後、吸収する筈だった知識が集まってくれているらしい。更にこれからカクレイさんに師事する事で100年以上分の知識を吸収できるだろうと。
実際、私はその後、コヨミ王国王立学院専門部医学専攻に入学し、何と本当に医学と魔法医学の両方の学位を取得してしまった。
ただ、魔法医学の方はハーフエルフに似たあの姿、要するに真の姿の時でないと実力が発揮出来ない為、カクレイさんの勧めで「普通の有能医師さんのふり」をする事にした。
専門部修了後は高等専門部に進み、医療局に入ったらと言うカクレイさんの有難い申し出ではなく、「医師不足の地方で医師になりたい」と言う希望をランさんは最初から、カクレイさんご婦々も最後には認めて下さった。
修了後に王都を出発する際には耳飾りに再度ランさん、カクレイさん、財務大臣リラシナさんの魔力が満たされ、これのお陰で私が人であると信じている存在からは絶対に真の姿が看破されない事になった。
耳飾りには一応私の魔力も入っていて、所有者として認めてもらえてはいるらしい。
「ただ、竜族さんとかは鋭いから微妙かも」
見送りの際にランさんに言われたけれど、竜族の方と会う機会などそうそうないと思って、軽い気持ちで出発をした。
したのだけれど。
まさか、医師として勤めていた地方に巨大隕石が落下、それを邪竜斬りの国内最年少金階級取得冒険者が相棒となられた竜殿と共に一刀両断、それを治療した私に冒険者が恋をして、さすがに年齢差から遠慮して断る為に無理難題を押し付けたらまさかの実現。
その後に結婚、生まれた愛する娘は聖女候補、しかも相当以上の聖魔力保持者。
話を盛り過ぎ、と言われそうだしその指摘は尤もなのだけれど、これは現実の事だ。
因みに、私から邪竜斬り殿への無理難題は薬師試験に合格する事。
冒険者本人も頭脳派とは対極と自覚していたから、これならと思ったのだけれど、天性の勘で何とかしてしまい、しかも冒険者を引退してしまった。
「邪竜斬りのカーボン改め、薬師のハンダ-コバルトになれるのが嬉しい、愛してる」と真顔で言う彼を拒絶する事はできなかった。
いや、私も彼に好意は持っていたのだが、多分、年齢差は彼の想像の10倍以上なのに!
ハンダの相棒、元邪竜のカバンシさんは薄々私の真の姿に気付いているらしいが、
「年齢が上過ぎるから結婚は難しい、ときちんとネオジム殿は話されたではないか。何が問題なのだ?」と真顔で仰る。
人型のカバンシさんは元邪竜斬りと色違い、だけれど知性が段違いな方。
さすがの私もカバンシさんよりは年下だった。
それから紆余曲折があり、聖女候補の愛娘の聖魔力量から王立学院への編入が決まり、「娘に何かあったら暴れるぞ」というハンダの言葉の通り編入後に色々な事が起こるのだが、それは何故か、少し前までは婚約者であられる筆頭公爵令嬢様の影に隠れていらしたまぬけ王子と噂されていた第三王子殿下の華々しいご活躍で万事解決している。
そう、セレンの里帰りを勧めて下さったのも、平民差別を行っていた学院生とその家々のセレンへの逆恨みから実家の診療所がならず者に強襲された為、里帰り後もセレンを学院には返さないとしていたハンダを
更には八の街の驚異だったマイコニドと大トカゲを圧倒。後者は何と第三王子殿下のお陰で正気に戻り、同様に本意ではなく悪に染まっていた獣達と共に八の街の守護的存在になってくれている。
土地の浄化をなされた聖魔法大導師様の補助役も務められたという。枚挙に暇がないとはこの事だ。
私も第三王子殿下に直にお目にかかったが、穏やかな性格も並々ならぬ魔力も、まぬけなお姿は演技であられたという説が裏付けられた。
まばゆい存在であられる筆頭公爵令嬢様とは実にお似合いで、ハンダとカバンシさんと中央冒険者ギルドのギルドマスター殿が揃って第三王子殿下を支持した事もむべなるかな、という感じだ。
そう言えば、最近久し振りに紅梅殿がランさんからの言葉を伝えに来て下さった。
『カクレイさんから依頼が来たら必ず受けてね。あと、そろそろ貴女も家族に
まだ会う時期ではないから、とランさんの指示でペガサス郵便の封書をカクレイさんに預けて近況を報告していた私だが、会えなかった100年以上にこの20年間程の方がランさんを待つ時を長く感じている。
とにかく、話したい事が多いのだ。
医師としての活動、結婚、出産、また医師としての活動。家族の事。
話したい事は日に日に増えている。
編入前後とは全く異なり、聖女候補としての自覚と自信に溢れた娘と、冒険者として復帰した夫と相棒殿。
夫には叙爵の動きさえある。これは邪竜斬りの功として叙勲を受けた際に猶予して頂いていたものを娘の為に検討し始めたのだ。
まあ、こちらはなるべく受けたくはないというのが本音の様なのだが。
家族皆が愛する私達の診療所があるこの八の街は第三王子殿下や夫達のお陰で救われた大トカゲ君達や騎士団分室の方々、辺境警備隊の皆さんの力で夫がいなくても安全と言えるまでになったし、この診療所を任せられる若い医師達もいる。
もしもの時はカクレイさんに頼めば信頼できる監督者を派遣して下さるだろう。
私
やはり、潮時なのだろうか。
そう考えていたら、速達郵便でーす、と配達員さんの声がした。
それが誰からの物であるかは、見ずとも分かった。
……あの方からだ。
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