幕間-22 聖女候補の母の昔日(1) 

「ネオジムさんはどうしてずうっとお姉さんのままなの?」


 友人の孫にそう訊かれ、咄嗟に気の利いた返事ができなかった。

 友人がごめん、と言ってお菓子で孫の気をそらしてくれた。

 しかし、訊いた子供は全く悪くない。

 どちらかと言えば悪いのは私だ。


 私の名前はネオジム-コバルト、多分120歳位。


 60歳台で両親を看取ってからは、年齢を真面目に数えるのをやめた。

 多分、20歳台の後半位まではきちんと年齢を重ねていた気がする。

 王立学院とは行かないが、きちんと高学部に行かせてもらえた事には100年以上が経った今でも感謝している。

 90歳台前半という年齢で、先に天に戻るけれど天命だから泣かないでねと言ってくれた両親は確かに人族だったと思う。

 墓を建て、優しい近所の人達に後を頼み引っ越した先は、両親から教えられた村。


『エルフ族と交流がある村で、多少若い位なら気にも留められない所なので、自分達の亡き後はそこに行きなさいね』と生前に言われた所だった。


「いつか……が貴女を迎えに見えるからね」

 最後に微笑みながらそう言ってくれた母は、

「一年前に亡くなった父さんに先に会いに行くけれど、貴女はゆっくりゆっくり来てね」と笑っていた。


 誰が私を迎えに来てくれるのだろうか。


 そう思いながら過ごしていたこの村の居心地は悪くない。むしろいつまでも若いままなのに正体が分からない人間に対しては、優し過ぎる村だ。


 ただ、あの子が言うとおり、私はいつまでお姉さんの姿で、お世話になった人達、友人達、自分よりも後に生まれた人達にさようならを言わなければいけないのだろうか。


「もしもご先祖様がエルフ族なのだとしたら、何で耳が長いとか、特徴が無いのかな」


 人と違うと言えば、物心ついた時から両耳にある耳飾りと、人や獣の体調不良を感じる事が出来るくらい。

 耳飾りは何故か外れない。だが、常に綺麗な状態を保ち続けている。


 一度聖教会で見て頂いたら、清浄を保つ魔力を強く有する物であるから外れない事を心配する必要はないと保証された。

 派手な物ではなく、安心感を与えてくれる存在。

 家族が去った後にもこうやって誰かを待っていられるのはこの耳飾りのお陰なのかも知れないと思う事もある。


 人や獣の体調不良については、医師さんに褒められた事もある。医学と魔法医学の両方の学位を取得できるかも知れないと言って頂いた事もあった。

 けれども、その頃はまだ自分が普通に成長していくものと信じていたので、医学や魔法医学が学べる遠方の学舎を目指そうという気持ちは起こらなかった。


『今はどうかしら? 遅くなってごめんなさい。やっと貴女に会いに来られたわ』

 頭の中への直接の語り掛け。


 これは念話、というもの?


「初めまして、ではないのだけれど、赤ちゃんの時に貴女にその耳飾りを授けただけだから、ほぼ初めましてね。私の名前はランタノイド-コバルトと言います。貴女の曾祖母の母、つまり高祖母よ。ご覧の通りのエルフ族。よろしくね」


 ああ、私はこの人を、この魔力を知っている。

 彼女の言葉が真実であるならば、100年以上の久し振り、しかも赤ん坊の頃の事なのに、全ての言葉が頭と体に馴染む、そんな感じだった。


 紫水晶の様な色彩の髪と目、長い耳にゆったりとしたワンピース。

 高祖母どころか母にさえ見えない若々しく美しい外見。


 この人は、確かに私が待ち望んだ人なのだろう。


 一人ならば決して狭くはないこの家にいきなり転移してきたその人を見た瞬間、そう思えたのだった。

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