幕間-19 図書室の伯爵令息達
「やっぱり、寝ていたのかイットリウム」
やはりと言うべきか、友人である伯爵令息にして医療副大臣令息イットリウム・フォン・サルメントーサは医学書の書棚の一角を独占したまま床で眠りこけていた。
ご丁寧に、制服の上着を丸めて枕代わりにして。
司書教諭の先生や図書館職員の方達に頼まれて彼を回収に来たのは僕こと財務副大臣令息カントリス・フォン・マンガンだ。一応僕も伯爵令息である。
身分を
一応、彼なりには遠慮(?)して場を選んでいるつもりなのだ。
僕は偶然、隣の経済図書室に居たのを、請われてここにやって来たという訳である。
「イットリウム、起きろ。寄付をなされた先祖の皆様方、父君達に申し訳ないだろう」
揺り起こすと長髪もさらりと揺れた。
長く美しい絹糸の様な髪と白い肌、そしてフィンチ型(鼻を挟む型の眼鏡)の眼鏡が特徴的な、黙っていれば白皙の美青年である友人がここにはいる。
あくまでも、黙っていれば、だが。
「……カントリス、お早う? こんにちは?今日は俺、婚約者嬢との勉強会は無かった筈だけど。あと、君が女の子連れじゃないのは珍しいなあ」
これだ。
確かに僕は女性が大好きだ。だが、図書室を女性との社交の場にするほど愚かではないつもりだ。
図書室は勉強をする所だろう?
こいつは本当に空気を読まない。
何とかしろと注意したら生きていく為に必要不可欠な存在である空気を吸わずに読む意味は何処にあるの、と真顔で返された。
こいつはそういう奴なのだ。
分かり易い例を挙げるが、王族としては有り得ない普通クラス入学が決定した第三王子殿下に対して、
「殿下の将来の側近として、という普通クラスで楽に過ごせる大義名分が出来ました、ありがとうございます!」
とあろうことかご本人に向けて言い放ち、逆に気に入られたある意味では剛の者だ。
だが、その王子殿下も年度末前のパーティーでは平民差別を行っていた連中を断罪され、それを皮切りに様々なご活躍をしたと思えば魔力が少ないという弱点まで克服された上に初代国王陛下と同じ非属性に目覚められ、全ての属性魔法を扱える存在となられた。
聖霊珠殿と聖教会本部の大司教様に後押しをされ、魔道具品評会の結果発表の壇上で行われた演説は、魔力が少なかった頃のご自身を否定せず、むしろ忘れずに歩むという素晴らしいものだった。
新聞は号外まで刷られていた。
その号外に書かれていた、隠されたお力による深遠なる演技? という学院での嘗てのお姿。
確かに、首肯せざるを得ない。
そんな訳で現在、第三王子殿下の側近候補なのかも知れない僕達は真面目に学院生活を送らねばかなり問題があるだろう状況に追い込まれている。
他の友人達はと言えば、殿下に最も近い友である騎士団副団長の息子であるスズオミ・フォン・コッパー侯爵令息は元々上クラスには十分な魔力持ちの好青年で、選抜クラスへの編入合格を目指して努力をしている。
第三王子殿下のお陰で婚約者とめでたく結ばれたカルサイト・フォン・ウレックス魔道具開発局副局長令息(彼も侯爵令息だ。)は伝統ある品評会の最優秀者となり、その栄誉で上クラス編入合格が決定した。
第三王子殿下は既に選抜クラスへの編入合格が決定していて、その理由たるご活躍に関しては言わずもがな。
要するに、嘗ては『まぬけ王子と聖女候補と仲間達』だった僕達二人は友人達に水をあけられまくっている。
聖女候補セレン-コバルトも、希有な聖魔力の持ち主として認定され、様々な功績から選抜クラスへの編入合格を認められている。
後天の聖魔力が判明し、全属性取得者となられた殿下の婚約者、麗しの(外見のみならず内面もという素晴らしいお方だ)筆頭公爵令嬢様と共に聖女候補(筆頭公爵令嬢様については聖女候補に並ぶ存在とされる)の中では最も高い聖魔力保持者の両人として聖教会本部でも努力を重ねているらしい。
さすがに僕達も、将来の夢が会計課の職員と一般の医学校に入学、資格を取得して自由に研究を、というのではマズいのではないだろうかと思い始めてはいる。
対策と言えるかどうか、元々座学は非常に優秀であられた第三王子殿下が頭角を現されたのと同じ頃、婚約者達にお願いして勉強会等を開いてもらっており、僕もイットリウムも上クラスならば、というお墨付きをもらっている。
僕達はそれぞれ数学や計算等と医学と魔法医学が何よりも好きで、婚約者姉妹はお互いが何よりも大切という間柄。
だから関係は意外と上手くいっていると思う。
聖女候補と噂をされたりもしたが、僕は女性に優しくしたかっただけ、イットリウムは聖女候補の魔力に興味があっただけだ。
まあ、イットリウムの下心はツッコまれても仕方あるまいが。
「イットリウム、いい加減にきちんとしろ。スズオミの健闘、王子殿下のご活躍ときて、カルサイトまで優秀な成績を収めたんだ、僕達もさすがにぼうっとしてはいられないだろう?」
「まあ、ねえ。しっかりしないといけないよね。俺も、新しい夢が出来たから」
「お前の夢? 外部で医師の両方の学位を取得して気楽な研究者、じゃなくて?」
「うん。学院の専門部に入って両学位を取得して、王宮の侍医になるの」
「……本気か?」
まあ、こいつの実力なら専門部で両方の学位を取得、というのは不可能ではないかも知れないが、侍医になりたいとは。
さすがに、困難極まりない願望だ。
「本気本気。だから、とりあえず上クラスには入らないとね。君も俺に付き合ってよ。財務大臣閣下の専属秘書とか財務局の財務管理官とかはどう? それくらいなら、複雑な計算とか普通では触れられない術式とか色々な可能性があるじゃない?」
大きくて出たな、こいつ。
いや、確かに魅力的な提案だが。
しかし、何がこいつのやる気に火を付けたんだ?
「第三王子殿下の事を色々知りたくてね。あの方、変わりすぎでしょう。面白すぎ。とにかく、俺達はあと一年ちょいで婚約者さん達と仲良く……はなくても結婚してもいいよ、くらいにはならないとね。二人で頑張ろう! とりあえず上クラス編入試験合格だね!」
……あの方、とは第三王子殿下の事、だよな。
かなり仲の良い友人、だけでは足りないのだろうか。まあ、殿下には申し訳ないが、こいつがやる気を出すなんて二度とはない事かもしれないから、共に奮闘させてもらおうか。
認めるのは悔しいが、僕はけっこうこいつの事が嫌いではないらしい……からね。
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