143-王立学院魔道具品評会結果発表日の私(5)

「……百斎さ、大司教様?」


「貴方に呼んで頂けるなら、百斎さんでも百斎でも百ちゃんでも。どんな呼称でも受け入れますよ。まあ、でも一応、大司教様、が良いのですかねえ」


 溢れ出る聖魔力のオーラと、いつの間にか変化していた聖教会の最高級品の絹の衣装。


 どこからどう見ても、聖教会本部の双璧のお一人、大司教様だ。


 精霊珠殿、学院長先生、大司教様。

 余程の事がなければ揃わない方々が一堂に会している。

 観客は静まり返り、中には感動の涙を流している人も。


「ご挨拶が遅れましたが、息子がお世話になりまして。これからは親子共々、宜しくお願いします。大書店に共に伺えるのを楽しみにしておりますよ」


 ええと、そんな場合ではない気がするのだけれど、何だろう、安心感がすごい。


「ジンク君。手間を取らせて悪いんだけど、息子の軍服から分体の形成をお願い。君の周りに防御壁を張るから」


「分かりました。暫くの間、集中させて頂きたい」

 眼鏡の魔道具ギベオンさんを実体化させたジンクさん、自身の所有物以外への術式の応用?


 出来るよね、って確信している百斎さんも凄い!


「……魔法隊の隊長さんの分体かあ。さすがだね。でも、心配しなくても、もう何もしないから君達の予定通りに第三王子殿下の凄さを皆に示したら良いよ。僕は帰るけどね。聖女になってもらえそうなくらいに聖魔力が強いお二人にも会えたし、今はこれで十分だよ」


「はあ? 何言ってんのよ! あたしは誇り高き聖女候補! これからもずっと候補なの! あと、ナーハルテ様は全属性が使える第三王子殿下のお嫁さん候補! もう実質お嫁さん! 分かった? 聖女様になってくれそうとか勝手に納得すんな、このフード野郎!」

 うーん、セレンさん、素が出てます。


 お嫁さん、は良く言ってくれました、ですが。


『あ、大丈夫。僕の魔力で、観客には聖女候補っぽい口調に聞こえるように変換させたから安心して。因みに副局長達を問い詰めてる事にしているから。色々魔法を使っても大丈夫』


 本当ですか、ありがとうございます精霊珠殿。


「そういう事です! 邪竜斬り仕込の喧嘩口調、見せてやりますよ! あいつが泣くくらいにけちょんけちょんにしてやる!」

 いや、あの。けちょんけちょん、て。


 そいつに壇上に呼ばれたのはセレンさんだけじゃなくて、近くにナーハルテ様もいるからね! 

 さすがにその口調、大丈夫なのかな?


『大丈夫よ、第三王子殿下。ね、ナーハルテ。』

 朱々さん、本当?


『はい、ではなくて、平気、よ?』

 え、何ですか、そのお忍びっぽい感じは。可憐ですね!


『ぶっちゃけ、第三王子殿下は庶民派でしょう? 隠密行動とかでいつ銀階級冒険者同士の若夫婦になっても対応出来る様に特訓してるのよ。内緒だったんだけど、仕方ないわよね。どう、ナーハルテは健気でかわいいでしょう?』

 ……朱々さん、今何と?


 え、あ、いや。はい。ありがとうございます?


 私的には若夫婦、を掘り下げたい。けれど今はその場合じゃない。


 そうだ、カルサイト君!


「大丈夫です。紅ちゃんにいてもらってます! っていう訳で安心していきますよ!」

「はい、援護します!」

『あたくしも!』


 セレンさん、ナーハルテ様は聖魔法の多重掛け。

 ナーハルテ様は補助魔法とは言え、もう聖魔法を使いこなしている。

 その上で、大司教様が圧を加える。

 聖魔法は攻撃と言うよりは、双方の被害が出ない様に相手の自由を奪う感じだったよね、確か。


 それから、ナイカさんには筆頭公爵家の凄腕さんが付いてくれている筈。


『寿右衛門さん、私は?』

『既に黒白殿が主殿のお力を高めてくれています。この寿右衛門が控えますのでご随意に!』


『僕は会場内の民を守るよ!』

「ありがとうございます、精霊珠殿。私はあいつに攻撃を!」


 精霊珠殿が姿を見せたら、観客の皆さんも安心してくれるだろう。


 学院長先生の咆哮が聞こえた。

 凄まじい竜巻がフード野郎に襲いかかる。

 学院長先生の両腕には鱗。油断したら体を持っていかれそうな振動。

 これは確かに、気合いがないと気絶ものだ。


 あ、そうだ。

「とりあえず、寝てて!」

 騒がれると面倒くさいから、副局長達には少し眠っていてもらおう。

 よし、上手く行った。

 もう殆ど意識はあやふやみたいだったけれど、念の為。


 民の皆には私達が副局長達を糾弾しているように見えているらしいからこれでいけるだろう。


「いいですよ、第三王子殿下。こちらは任せて!」

 百斎さん、壇上で跳躍しそうな勢い。


「……いや、だから君達と戦う気はないんだって」

 求者は多勢に無勢。


「いや、こっちにはあるんだよ、喰らえ!」

 あ、あの技。


「お父さん直伝、雷パンチ!」

 雷撃を拳に宿して、直接相手に拳は当てない、雷パンチ。雷撃波だ。

 体術自慢のハンダさんの数少ない魔法攻撃技。口調もそうだけど、いつの間に伝授されてたの?


「朱々、出て!」

『ええ!』

 ナーハルテ様が朱々さんの炎の威力を底上げして、ぶつける。


「そのフードに巻かれなさい!」

 フードそのものに百斎さんが負荷を掛けて、雑巾の様に搾る。鮮やか。


 ……だけど。


『来ます!』

「へえ、良く分かったね。あと、求者とは呼んでくれないのかな? 残念」


 良かった、逃げられた。ありがとう、黒白。


 ぎりぎりの所で、私のすぐそばに瞬間移動していたフード野郎を避けられた。

 百斎さんが完全にフードを搾っているのに。


 実体がない、とか?


「まあ、今はそんな感じ。でも、こいつらを傷付けるくらいは簡単なんだよね」


 フード野郎は私が眠らせた副局長達の傍で、余裕を見せている。


 私を人質にしようとしてたんじゃないのか。


「君を傷付けるなんて滅相もない。ただ、ごめんね、このまますんなりとは帰してくれないみたいだから。皆の一番の弱点、、君を使わせてもらうよ。この膿達が傷付くのも、嫌なんでしょ? 皆に、僕を逃がして、って命令してよ」


 今、フード野郎は君は、と言った。あと、私の正体も知っている、のか?


 ……考えるのは今じゃない。

 それよりも、奴の言う事には一理ある。


 セレンさんもナーハルテ様も、副局長達は守りつつ、躊躇なくフード野郎に立ち向かう筈。守りながら戦える自信がないのは、この中では私だけだ。


『我が主にその様な物言いは許さぬ!』

 寿右衛門さん、怒ってくれてありがとう。でも、これは本当の事。


『うん、茶色いきみがそう言うのも分かっているよ。ねえ、鳥さん』


 ……え。

 鳥さん、って。黒白の記憶の?


 何これ。こいつ、フード、求者。


 寿右衛門さんの事を良く知ってる感じなんだけど。

『頭巾……?』


 寿右衛門さんも否定しない。頭巾、ってフードのこと?

 いや、たまたまなのかな。状況が状況だし。


 なら、私が!

「……フード野郎、いや、求者。その通りだ。私はその人達をそのまま傷付けずにきちんと罪を償わせたい。ただ、訊きたいのだけれど、もし、皆が私の指示を聞かないで、その人達を無視して皆で君に一斉に立ち向かったとしたら、どうなの?」


「へえ、やっぱり、末裔だねえ。うん、そう、ご明察。必要なら君以外の皆はそうするだろう。そして、全員で来られたら正直かなり厳しいね。そもそも、君にはばれてるよね。僕は、君達の事傷付けたくない。だから」


『今は帰してほしい、だね。良かろう。皆、知の精霊珠の僕に免じて、ここはこのものを逃がす事に反対しないでほしい』


 皆が一斉に視線を集中させる。精霊珠殿だ。


『皆が最も気にしているであろう民達は無事だ。それならば、今はこのものを逃がして、本来の予定通りに事を進める方が良い。黒白、どう思う?』

 精霊珠殿は静かに、黒白に訊かれた。


『精霊珠殿の仰る通りです。この、フード、求者は今はこれ以上、何もいたしません』


「精霊珠殿、そして指輪よ、ありがとう、かな? お礼にあっちのフードは置いていくよ。色々調べてみて。……じゃあ、またね!」


 そう言って去って行く求者。


 表情は、分からない。


 ただ、少しだけ、ほんの少しだけ見えた、懐かしさを喜ぶような、微かな何かが……。


「……仕方ない、です。でも、悔しい」


 その何か、を思う前に。


 セレンさんのその言葉で、私は我に返った。


 そうだよね、セレンさん。

 私も同じ気持ちだよ。


 







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