83-居酒屋関山個室の亜空間と私達

「ようこそ、邪竜斬り様、雇い主殿。念の為にと店主から要請を受けまして参りました、騎士団分室の者です」


 うわ、千斎さん、かなり魔力控えめにしてる。

 亜空間もかなりの術式で普通の個室を増やしたのがばれないように工夫していて、すごいな。芸術的ってやつ?


 要するに、個室の中に亜空間の個室をもう一つ作っているという事。


「ご苦労。それでは、要件からお話しようか。こちらの方は運命の貴方様と婚約者様をお二人共にお引き受けなさりたいそうだ」


 はあ? 何て言ったこの偽物!

『やべえ、うっかりした』

『あたくしもうっかりしましたわ』


「奇遇だな、俺もだ」

「私もです。皆様と気が合いますな」

「まあ、これは仕方ない。茶色殿には後からと言うことで」

「皆様、うっかりし終わられましたら、すぐにお退きくださいね」


 ピカッ、ボボッ、グシャ。ザバビシャッ。グシッ。

 そして。

「氷よ、現れたまえ」

 静かな詠唱。良いお声。素敵。


 一瞬で、偽物邪竜斬りが凍りついた。あ、鼻と口は無事です。息はしてます。


 多分、雷撃、火炎、腹部に一撃、水魔法の荒波ざばー。顎に蹴り。そして氷柱。

 うわ、鮮やかだなあ。


 パチパチパチ。思わず拍手。


 きちんと皆さん、両手を無傷にしてくれてる。さすが!

 それから、指輪! 少し擬態が解けてるよ。

 左右の中指の節の所に黒と白の色が見えている。


「え、な、何? ボディガードの諸君も、勿論一緒に、って……ふべえ!」


 背中に、ドスーン、と大トカゲの一撃。


 良かったね。多分偽邪竜斬りよりはかなりの軽傷だよ。


「それじゃ、と。黒白、あいつの指輪、外せる?」

 パタパタ。出来るんだね。


 あ、今度はリュックちゃんが密封袋を提供してくれるの? ありがとう。

 ナーハルテ様のお背中から自分でチャックを開いて、よいしょ。


「はい、千斎さん。もし騎士団と魔道具開発局でこの袋に似た物を開発できたら、特許と販売の利権は国が持って下さい」

「ありがとうございます、と言いたい事ですが私の一存ではどうも。とりあえず、大切に扱わせて頂きますよ」


 両手の指に同化していた2つの指輪を黒白が外してくれた後、袋を開いて待機の千斎さん。

 こいつの指にはできるだけ触れたくありませんね、という感情がありあり。分かるけどね。


 指輪の浄化を先に、とかは情報が減るから駄目なんだろうな。


「さて。茶色殿、その大トカゲ殿はやはり被害者ですか? この激突されて気絶している男はとりあえず放っておいて、この偽物を蹴るなり焼くなりさせてあげるなら今ですよ」

 あ、煮るなり、じゃないんだね。


『ええ、やはりと申しますか、卑劣な方法で邪竜役をさせられておりました』


「そうですか。大トカゲ様は寒さには弱い種族でしょうか。それならば縄か鎖による拘束に変更いたします」  

 見た目程は低温ではないのですよ、とナーハルテ様が氷を一欠片出してくれた。

 本当だ。凍結! って感じだけど、冷え冷えじゃない。


 多分、心理的に追い込む為に温度調整をきちんとされたんだ。私の婚約者様、素敵。と思っていたら、一瞬で氷が溶けた。

 本当に繊細な術式調整。


 そうそう、物質の構築魔法だと、錬金術の応用になるんじゃなかったっけ。ナーハルテ様、素敵に無敵。最高。

 いつもだけれどもね!


「違いますわ。リュックちゃまが素材を出して下さるので、それを少し変化させるだけです。物質の構築魔法は、来年度からきちんと学びたいと考えております」

 感想を控え目にお伝えしたら、このお答え。

 それでもすごくないかな? 

 よし、私も次年度までに概論を学んでおこう。ナーハルテ様と一緒に学べる科目を増やしたい。


『ありがとうございます、この温度ならば支障はございません』

 やっぱり高い声。


 それなら寿右衛門さんの監督の下、ご自由にどうぞ。


『ありがとうございます。それでは』

 ドゴン、バコン、ドゲシッ。ぐえ。


 何だかすごい音がしてるけど、寿右衛門さんが付いているから大丈夫でしょう。


「尋問は騎士団の本部で行います。護送にインディゴと魔馬車は勿体ないですから、私が送らないといけないでしょうね」

 嫌だなあ、という雰囲気ありあり。


 もうこの大将閣下、そういうの、隠す気無いよね。


「もう少しぶん殴ってやりたいところだが、指輪のせいで気が大きくなってあんな事を言った可能性もあるしな。あと、この偽物野郎に言わされた可能性もある」 


 あ、そうか。

 イオウがいつからこの邪竜斬りと一緒にいたのかは確認しないと分からないから、もしかしたら、最初のナンパも指輪のせいかも知れない。

 そんな気配はなかったし、黒白も何も示していなかったけど、確かにこれ以上は控えた方がいいかも。


 まあ、テルルさんみたいに本当は意外といい人、って事はなさそうだけど。

 ここは、千斎さんと他の皆様にお任せします。


『千斎殿、確認が終わって、やっぱりこいつが失礼なだけだったって分かったら、ボコらせてくれますか?』


 緑簾さん、素直に聞きますね。

 そういう姿勢、悪くないと思います。


「まあ、王子殿下と知らなかったとは言え、失礼極まりない行いでしたからね。ギルド所属冒険者として、礼儀作法的にも問題があります。ギルドマスター殿からも処罰は一任しますと快諾を頂いておりますから、期待していて下さい」


 ……期待、って。  


『はい、そこまで。気は済まないかと思いますが、この偽物には後から色々聞かないといけませんから。貴方にもね』

『はい、ありがとうございました。勿論、包み隠さずお話いたします』


「リュックちゃま、拘束可能な物をお願いします」

 ナーハルテ様の背中から、リュックちゃんが頑丈そうなロープを出してくれた。


 多分、元は旅行用の洗濯ロープだ。ホテルとかで部屋に吊せるやつ。元はあんなに本格的なロープじゃなかった、絶対。


「あの偽りの者を拘束なさい」

 了解! みたいにロープが偽物の体を縛り上げる。

 くるくるぎゅっ。荷物の結びかただね。持ちやすそう。


「店主の許可は頂いていますから、この二人はこのままこの亜空間に置いておきましょう。皆さんが出発なさる時に私がまとめて運びます。それよりも、そちらの被害大トカゲさんに落ち着いてお話を伺いたいですね」


 そうですね。

 他の個室をお借りして、そうしましょうか。


 お茶とかはただでさえ営業時間外なカンザンさん達に迷惑にならないように、自前の物を使いましょう。


 ね、私達の背中で揺れているリュックさん、リュックちゃん。






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