幕間-3  聖魔法大導師の独白

 私の名前は浅緋うすひ

 嘗ては鬼族の召喚獣でしたが、今は変化の術で赤髪の人型を取って生活しております。


 コヨミ王国初代国王陛下の召喚獣としてお側にお控えした事は私の誇りでございます。


 コヨミ様は、寿命によってこの国を去られる折に私との召喚契約を破棄されました。


 私はコヨミ様との繋がりを残して頂きたかったのですが、コヨミ様の御霊は精霊王様によって、半分はこの世界に、残りは亡骸と共に異世界にお戻りになられましたので、万が一にも私が異世界に引かれぬようにとのご配慮かと存じます。


 本当に、数多の生きるものに等しく優しく、そして時には厳しいお方であられました。


 残された私は、コヨミ様と共に国を興されたお一人、さとき竜殿(王立学院学院長殿)の元で学び、その後に聖教会の聖魔法師になりました。


 それから、人においては長い年月を経て、今では聖魔法大導師という聖教会(聖教会本部大司教殿と同位に並びます)のみならず、聖魔法界での最高位に就いております。

 

 人族よりは長命故、修行の時間が多くあったに過ぎないのですが、名前を名乗る事も少なくなりました。

 

 聖魔法師としての地位が高くなると、制約でもあるのかと相手が勝手に察してくれることが多く、私は聖魔法大導師様、とばかり呼ばれるのです。


 鬼の姿を凛々しいと、目を丸くして称えて下さったあのお姿。

 浅緋さん、と名を呼んで下さったあのお声を思い出してしまうのは、私も多少は年を重ねたからでしょうか。


 そんなことを、たまに遊びにいらして下さるコヨミ王国の至宝のお二方の一方、知の精霊珠殿(稀にそのふりをされた和のお方)にお話したところ、


「今ね、しろさんがコヨミさんの末裔さんに異世界転生しませんか? ってお話に行ってるから、聖魔法大導師さんも、もうすぐ会えるかも。知と和はね、その子のこと、黒曜石ちゃんて呼んでるの」


 白さんとは、精霊王様の直参であられる偉大な高位精霊獣殿です。


 魔力を持たない異世界から参られたコヨミ様が整えて下さった『気』が悪しきものに染まる兆候がない今の時代にこそ敢えて次の転生人候補を探しておくのもよかろう、と多忙な御身でコヨミ様の転生の際に助力頂いた異世界の高位精霊殿や異世界で今を生きる獣殿達のお力を借りながら奮闘しておられます。全く、頭の下がる思いです。


 転生人候補の探索方法として、異世界の『乙女げーむ』というものを用いて我が国と似た、然しながら少しずつ異なる人物や物語を異世界の人々に体験して頂くという方法が取られたのですが、それにしてもまさか、コヨミ様の末裔殿がその候補になられたとは。


「そうですか、それは実現しましたら嬉しいことです」


「ね、会えたらいいね」


  本当に。

 できましたらコヨミ様のように、私達の世界を好いて下さるお方であられますように。そう思わずにはいられませんでした。


 それからほどなくして、綱渡りの様な状況でコヨミ様の末裔殿が転生を果たされ、赤い魔石のコヨミ様の血を継がれたニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ第三王子殿下との魂の交換による転生が完遂致しました。


 そのお名前はマトイ-コヨミ様。暦まとい様と仰いました。


 婚約者を断罪すると見せかけて平民差別を行う者達を炙り出すという第三王子殿下の大役を、何も知らぬ状況で遂げられたそうです。


 異世界に渡られた第三王子殿下、その助けをされた殿下と親しい騎士団副団長令息、スズオミ・フォン・コッパー侯爵令息、仔細を知らされずに聖女候補に対する平民差別、婚約破棄からの断罪という冤罪に処せられかけても平静を保ち、その場を納められた法務大臣令嬢でもあられるナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢。


 私は映像水晶でその様子を拝見しましたが、皆がみな、誇り高きコヨミ王国の高位階級に相応しい行動でございました。


 そして、その中に一人、平民の聖女候補、セレン-コバルトが協力者としておりました。


 彼女は努力家で、『乙女げーむ』の主人公の様に婚約者のいる高位貴族階級男子生徒に思いを寄せる事などはせず聖教会での講義にも王立学院での授業にも真摯に取り組む者です。

 生来の聖魔力も、努力で得た学力も、もしかしたら、聖女候補の多い我が国でも未だ見られない存在、聖女となる可能性をも秘めている者でした。


 そう、かれらは皆、『乙女げーむ』の登場人物として、異世界の遊具の中で活躍していた者達なのです。


 そして、これからは、こちらの世界での話でございます。


 そもそもセレン-コバルトは、地方の八の街で聖教会の手伝いをしながら学舎に通い、夢は医師と薬師の両親の様に人々を助ける仕事に就く事、可能ならば医院を建てたいという尊い希望を持つ少女でした。


 八の街の司祭も、できれば自らの傍で学ばせてあげたいと思っていた様ですが、こればかりはそうもいかなかったのです。

 八の街からは少し遠い七の街の聖教会。ここでも彼女の聖魔力は傑出しており、すぐに我々聖教会本部に伝達水晶で連絡が参りました。


 映像で見せられた八の街で行われた魔力鑑定の結果、変な感じ、と彼女が語った違和感。両者ともに、聖女候補とされた者達の中でも初めての結果でした。


 鑑定の水晶の前で虚偽を申せば、即座にそれは示されます。彼女は真実以外申してはおりませんでした。変、ということを感じられた事。それが全てなのです。


 早急に私、聖教会本部大司教殿、王立学院学院長であられる賢き竜殿が水晶会合を持ち、王配殿下に進言し、知の精霊珠殿を通じて和の精霊珠殿と女王陛下に許可を頂戴致しました。王立学院への平民の編入許可です。


 コヨミ様のご意向で、他国よりは平民差別に始まる差別行為が非常に少ない我が国ですが、やはり王立学院への平民の入学は多くはありません。

 平民はよほどの成績優秀者か、裕福な家庭の者がほとんどです。編入というよりは専門部に外部の優秀者が特例で入学することはままございます。


 高等部への平民の女子学生の編入学。どれを取りましても全てが異例の事です。


 学舎での成績を鑑みるに、普通クラスでは最上の一組は間違いない、と判断されました。あとは七の街での学習しだいです。


 ただここで、女王陛下からのご提案が示されました。


 性格は温厚で、頭脳も容姿もなかなかではあるものの、いかんせん生来の魔力が少なすぎる第三王子殿下。

 以前相談を受けました際に、私は仮説として、生来魔力を持たれない異世界から参られたコヨミ様のご影響もあるかと申し上げました。


 この第三王子殿下に、類い稀なるよき性質と知性と努力を尊ぶ心ばえと美貌を備えた筆頭公爵令嬢(そして法務大臣令嬢)を仮の婚約者として据えることで向上心を持ってもらいたいというお考えです。


 ただし、他国の王族の血族でもある筆頭公爵家のご令嬢と王位継承者ではない第三王子との婚約は、我が国では王家の傲慢と捉えられかねないとの懸念から、第三王子の側近候補達も共に有能かつ美麗な上位の貴族階級の令嬢達を婚約者として持ってもらうという事に相成りました。


 確かに、この年代には何かを予感させるように傑出した存在とそこから少し問題点を持つ存在が対の様に揃っております。


 それぞれの家長とその妻君(家長が女性であることも多い我が国では夫君という事もございます)には事情を知らせ、あくまでも破棄権はご令嬢家側にあるというものとしたところ、不承不承ながら全てのご令嬢側から承諾を得ました。


 そして、この策に加わりましたのがセレン-コバルトです。


 王家としては優秀なご令嬢達を婚約者として置く事で、少しでも彼らの向上心に期待するという真意でしたが、体面上は極めて優秀な筆頭公爵令嬢の長姉殿が望まれて友好国随一の大国との婚約が整った事に端を発する、有能な女性人材の流出阻止としておく事となりました。


 この婚約の真の意味に彼らが気づかなければ高等部卒業時に令嬢の家からまたは王命により婚約破棄、そうでなくとも令嬢の家から申し出があれば発展的解消とする、と。

 その策に聖女候補を加えたいというご提案です。


 これには、白様も賛同されました。そして、『乙女げーむ』の主人公も彼女になりました。


 セレン-コバルトの実家にこの計画の全てを伝える訳には参りませんので、聖魔力が膨大故、聖教会本部が預からせて頂きたい、と彼女の両親には伝えました。

 ご両親は諸手を挙げて、とはなりませんでした。

 しかしながら、医師である母殿は一応賛意を示して下さいました。ただ、元は邪竜を討伐したことで王宮から一等勲章(平民への最高の勲章です)を授与された程の冒険者である父殿が、「愛娘に危険なことが生じた時は武力に打って出るかも知れませんが」と申されます。


 娘を思う親心と思えば、仕方のないことかも知れませぬが、どういたしましょうか、と狼狽する現地に赴いた教会本部事務官からの伝達水晶に、私どもはやむなしと伝えました。


 この件は誓約書類へと記載し、ご両親に署名を頂き、聖教会本部に届きました際に私も署名を致しました。

 この書類は私が預かっております。


 彼女が求めた実家の診療所の備品購入という用途での聖魔石の作成も許可致しました。命じて一つだけ、事務官にその魔石を聖教会本部に持ち帰らせました。


 私が調べましたところ、かなりの力を秘めた聖魔石です。やはり、彼女は聖教会本部で保護するべき人物でした。


 魔石は、彼女の想像以上に診療所の助けになることでしょう。


 八の街から七の街、そして二の都市に移りましたセレン-コバルトは、編入当初こそ『乙女げーむ』の様に第三王子以下の男子生徒と親しくするなどがありましたが、召喚大会での白様と第三王子とナーハルテ筆頭公爵令嬢とのやりとり、剣術大会での騎士団団長令嬢と騎士団副団長令嬢との奮戦などを経て、当人のみならず、皆が成長をする助けとなりました。


 王立学院学院長殿からの直筆の書簡を届けに来てくれた彼女は、礼もなかなかどうして、堂に入っています。様々なことを学べているようです。


 書簡の中身は、第三王子殿下の転生に伴う断罪劇場の詳細とセレン-コバルトのパーティーへの出席許可要請。彼女のパートナーは婚約者が存在するコッパー侯爵令息ですが、婚約者ライオネア公爵令嬢は男性役として出席するそうです。


 正装のライオネア公爵令嬢と踊りたいという数多の女子学生の願いは聖教会本部にも届いております。

 委細承知致しました、と返事をすぐにしたため、秘書官を通して彼女に返します。書簡からも、邪な気配はありません。


 もし万が一にも彼女が『乙女げーむ』の主人公の様な感情を持っていましたら、私には直ぐに伝わる秘術が書簡の用紙の繊維に含まれておりました。さすがは賢き竜殿です。


 それからのダンスパーティーにつきましては、皆様もご存じのとおり。


 平民差別を行っておりました者達は沙汰があるまで家人共々謹慎となっておりました。家人の教育方針、思想等、様々な事を調べ、検討しなければならないのです。


 その間に、嘆かわしくも平民のセレン-コバルトに怨嗟の情を持つ者達が現れたのです。


 遺憾ながら、聖女候補の男子の家の本家ではありましたが、それをいち早く聖教会本部に伝えてくれましたのはその男子でした。その行為は賞賛に価します。


 その頃、断罪劇場の貢献への褒美として、第三王子殿下マトイ様のご発案で彼女の帰省が決まりました。

 どこからかそれを聞いた断罪対象の子爵家、バリウム家本家の者が冒険者崩れを多数雇い、彼女の実家に送りこんだのです。地方の八の街は辺境に近い為、冒険者崩れを雇うことは容易く、二の都市から帰省する彼女よりも早く奴らは実家の診療所になだれ込みました。


 そして、邪竜斬りの異名を持つ元金階級冒険者である父殿に蹴散らされたのです。

 街の民、診療所の患者達にも被害はありません。これは唯一の救いでした。


 その後、愛娘セレン-コバルトと再会した父殿は、当然の事ながら、娘を危険に晒した聖教会本部に返すわけにはいかない、と激昂されています。


 最初の時期であれば、彼女も故郷に残りたいと申したでしょう。

 然しながら、彼女は今はもう聖教会本部と王立学院で自ら学ぼうという意志を持ってくれております。

 明るい気質の彼女には他の聖女候補達も励まされている程です。


 そこで、ご実家の説得の為に選ばれましたのは、第三王子殿下とそのご婚約者です。


 第三王子殿下は私から説明を受け、ご納得なさり、ナーハルテ筆頭公爵令嬢の到着を待っておられます。


 秘書官も存在を知らない、精霊珠殿、白様、学院長殿等といった本当に特別なお客様のみをご招待する私の私室のソファーの座り心地を堪能されている様がとても懐かしい、あのお方の様です。


 ふわふわとした柔らかな心地良さに惑わされまいとするところがなんとも言えませぬ。お役目に緊張しておられるのでしょうか。


 コヨミ様の転生を手伝われた白様の直弟子、茶色殿も緊迫の面持ちです。


 なあに、心配はご無用です。


 もしもの時は私が鬼の召喚獣となりまして、お二人と茶色殿をお守り致しましょう。


 仮に戦闘となりましたらば、何百年ぶりでしょうか。


 いやあ、腕が鳴りますなあ。







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