39-寿右衛門先生と学院長先生と私

『では、王国の歴史の学習から始めるとしましょうか』


 はい、よろしくお願いします、寿右衛門先生。備え付けの机と椅子、筆記用具。ノートまである。紙の質が……良い。


「ノート! すごくないですかこれ!」

 思わず叫んだら、それでは、身近な物の成り立ちを、と寿右衛門先生が説明してくれた。


 王立学院の教科書等に使われる職人さん手漉きの紙は高級品だけど、交流のある異世界の高位精霊さんからの情報と機械の製作が大好きなコヨミ王国の職人さんや友好国のドワーフ職人さん達のお陰で一般にも質の良い紙が流通しているそうだ。

 印刷も同じ。

 職人さんが活字を手組みする活版印刷はとても高価だけれど、機械が印刷、製本してくれる物は一般にも流通していて、この国は諸国に比べても新聞・雑誌の種類が多いって。


 あ、さすがに王立学院の教科書も印刷は高級な機械が行っているとの事。

 ちなみに、機械の設計図その他はコヨミ王国の特許(制度があるのだ。素晴らしい!)だが、友好国の特許使用料は他の国と比べたら技術の割には格安なんだって。 


 コヨミ王国は他国よりは偏見が少なくて住みやすい国だからドワーフさんや獣人さんやハーフエルフさん達も人数は多くないものの、移住して王国民として暮らしている人達もいる(エルフさんも!)らしい。


 まだ数日しか過ごしていないけれどスマホやネットが使えない、位しか不満(という程でもない)がないのは、不便があまりないからなんだと気付いた。


 だからあの婚約破棄と断罪の劇場で、平民差別を大罪と言ってたんだね第三王子。


 ……差別はいけない、実に正しい。でも現実にはそれが存在していた。


 そう言えば、本当に断罪されたあの学院生達、どうなるんだろう。その処遇も検討されてるんだよね確か。

 貴族階級なら、実家の思考や教育方針等も調べて、場合によっては退学だけでなく嫡子なら廃嫡。かなり慎重に取り扱わないといけない案件だった。


 多大な協力をしてくれた聖女候補セレン-コバルトさんは貢献に報いて久しぶりの里帰り中。


 故郷の八の街ではなくて学院に入る前に勉強していた七の街の聖教会の施設で生活しながら貸与された限定転移陣でご自宅にもたまに帰宅、という完全な帰省とはいえないものだけれど、すごく喜んでくれていた。


 実はこの案を出したのは私。二年次終了直前ダンスパーティーの時、

「楽しいことがたくさんあったよって、葉書だけじゃなくて、お父さんとお母さんに直接会って伝えられたらなあ……」ってぼそっと呟いてたのを聞き逃さなかった。


 キミミチとは全然違って、真面目ないい子だから願いを叶えてあげたかったんだよね。


 ダンスパーティーの後、学院長先生の執務室に私とコッパー侯爵令息とセレンさん(本人にもできればこう呼んでほしいと言われた)が呼ばれて、学院長先生にお礼を言われてびっくりしたっけ。


「コヨミの血族である異世界からの転生人殿に名乗れずに申し訳ない。まだ若輩故、名前を持たぬのだ。気軽に学院長か学院長先生と呼んでくれ」


 なんでも、この世界の竜族の人達は千歳を超えないと一人前とは認められず、名前もまだもらえないらしい。学院長先生は何百年(!)かは確実に年齢を重ねておられるので鱗の色を名乗るのは良いらしいけれど、学院長先生という呼び名をご本人がお気に召されているそうだ。


 コヨミ王国建国の英雄のうちのお一人さん、親しみ易い方でした。


 ただ、どうしましょう、超絶美形です。キミミチでは多少叫び声(まぬけな方の第三王子が頂いた竜の咆哮)を聞くことができるだけのシルエットさんだったから、覚悟ができていませんでした。

 あ、一応超豪華設定資料集には人間形態は理知的な美形って説明されていたなあ。


 今回の転生のお礼と、事前告知なしの断罪劇場をなんとか続けてくれたお礼をしたいのだが言われたのだけれど。

『モノクルが似合う細マッチョの長身知性派イケメン(勿論超イケボ! あとは美しい薄荷はっか色の髪と目!)のお言葉に即答できる程美形慣れした人間ではないのですが』と答えてしまいそうになり、とりあえず、とセレンさんの件を伝えたら、学院長先生とコッパー侯爵令息になんと欲のない申し出、と何故か感心され、セレンさんにはめちゃくちゃ喜ばれたのだ。


「コヨ……じゃなくてニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ第三王子殿下、私、全力で貴方様のお役にたちますから! このご恩、いつか必ずお返しします!」


 七の街に旅立つ時に見送りに行ったら、セレンさんからは力強い言葉をもらった。


 本名(?)を呼ぶのを踏みとどまってくれて良かったんだけど、もう一人、授業を抜けてきたスズオミ君(できたらこう呼んで下さいだって)が何だか空気扱いだった。


「お見送りをありがとうございます! 家族と地元の皆に無事な姿を見せてきます! でも、スズオミ様は早く授業に戻って下さいね!」

 こんな感じ。笑顔で、さっぱりとした挨拶。空気、は言いすぎかな?


 もしかしたら、普通クラスで授業をちゃんと受けてね、っていう意味だったのかも知れないな。


 一応、スズオミ君も無事にセレンさんを見送れたから、まあよかったのかも。


「殿下への強い敬意。聖女候補として評価されるべきです」

 いい笑顔だったなあ、スズオミ君。


 学院長先生にはまだまだお礼が足りないと言われたから諸々の話し合いの早期決着と私達三人の選抜クラス受験許可をお願いしたらますます人格者扱いされた。


 それで結局、お礼は保留扱い。


 あと、他の攻略対象者君達は上クラス受験予定なので婚約者たるイケメン令嬢様達に教えて頂いて、更に努力したらほぼ大丈夫らしい。

 婚約関係がうまくいっているなら何より。


 その流れで、ところで、スズオミ君はライオネア様とどうなの? と訊いたら、


「ライオネア殿と真剣勝負をしても死なないくらい強くなったら婚約解消のお願いを申し入れると父が申しております……」と、遠い目をされた。


 正直、不安になったのは内緒。頑張れ、スズオミ君。


 まあ、短い期間にそんなあれこれがありました。


『数学や物理は全く心配しておりませんが、あとでまとめて教科書を一応はご覧になって下さいね。上クラス合格は間違ないですが、選抜クラスですとかなりの学習を要します。とりあえず、今日はこれをお読み頂いて、疑問点があればお訊き下さい』


 これは……私のキミミチ超豪華設定資料集、がなんか更に豪華な皮表紙本に進化してる!


「え、寿右衛門先生、これはどこから?」

『我が師匠、毛々もも殿からでございます。取り急ぎ、最も必要な物を、とのことです』


 ええと、毛々殿って、本名じゃないよね。でも、こっちの精霊界って名前にすごく意味とか力があるって転生してる道中で白い高位精霊獣さんに聞いたけど。聞いていいのかな。


『大丈夫です。これは真名まなではなく仮名かりなでございます。そして、ふわふわ、フワフワとお呼び頂いても宜しいとの言付けにございます。主殿は我が師匠も認められたお方。安心してお呼び下さい。ご心配なら、しろ様と呼ばれても宜しいとも』

 認められた。そうなんだ。

 ふわふわ、フワフワ、かわいい! 毛々様、白様もいい響きだね。


 でも、認めてもらえた一番の理由は、やっぱり、昔むかしのご先祖様が本当にすごい人だったからだよね。

 そんな人の末裔が異世界から転生してきました、なんて公にしたら色々問題があるだろう、っていうのは元異世界日本出身の庶民の私にも想像がつく。

 ナーハルテ様にお会いできないとか不満は漏らさず、静かに真面目に勉強にいそしみますとも。


 さすがに現世の大学を大学准教授秘書として働きながら卒業して学士になって、また大学でそのまま働いて、という生活をしていたから割と勉強とは近いところにいたけれど、選抜クラスに三年次からというのは厳しいのかなと思っていた。


 何しろ、選抜クラスって、該当者がいない時はクラス自体が存在しない年もある(超豪華設定資料集調べ)程レベルが高い存在だから。

 改めて考えるとイケメン令嬢様方達はやっぱりすごい。


 ……そう考えたら、かなりとは言え学習すればナーハルテ様は勿論、イケメン令嬢の皆様に近い所で1年間学生生活! って素晴らしい体験だよね!


 よし、実現させるぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る