21-剣術大会後と周囲とセレン嬢と僕
「コッパー侯爵令息、お待ち下さいませんか」
まただ。放課後だから授業の準備が、とも言えない。
第三王子殿下はナーハルテ様と僕の婚約者ライオネアと一緒に図書館棟で放課後勉強会だし。
剣術大会準優勝から、こういうのが増えた。
決まって上クラスか中上クラスの人達。そうでなくても最近セレン嬢(二人の時はこう呼べる様になった。)と午前の長めの休憩時間に会う事も減っているのに。
剣術大会後、彼女、セレン嬢は晴れて獅子騎士様応援会に入る事が出来た。
事務局長とお友達になれた、事務局のお手伝いを始めた、無償だから聖教会本部からも聖魔力活用の許可を頂けた、と色々楽しそうだ。
聖女候補としての学院での学習態度への評価も高い。
今日、彼女は聖教会本部に行っている。
「郵便配達もするんですよ! だから明日は学院はお休みします。他の聖女候補の子達に会えるのも楽しみ! あ、でもあのお……何でもありません!」
昨日帰りがけにそう言っていた。
何故、聖教会本部で郵便配達なのだろう。
あとあのおって男、男子か?でも聖女候補だしな。それよりも、これ位の会話なら教室内でしていても良くなったのは喜ばしい。周囲には獅子騎士様応援会の話と思われているらしいが。
僕もいつの間にか名誉会員とやらになっていて、婚約者同士の会合という名の剣の打ち合い(茶会の代わりだ)時にライオネアに伝えたらめちゃくちゃ笑われた。
他の者達も、勉強会等、婚約者との交流が出て来ているらしい。
一般の婚約関係とは異なるだろうが、それは気にしないでもらいたい。
剣術大会を経て、獅子騎士様応援会はライオネアの公認となり、初等部や中等部、ひいては専門部、上級専門部からも入会希望があるそうだ。
僕が名誉会員になってからは、男性の入会希望者が増えた様だ。
一応婚約者がおられるので、と遠慮していた律儀な者達なのだろう。これが狙いなら、事務局長の手腕は相当なものだ。
僕達の友人財務副大臣令息とライオネア達の盟友財務大臣令嬢も婚約者同士協力して事務局の手伝いを始めたらしい。
なんでも、会費と実費の限られた予算内でやり繰りするのが楽しいらしい。予備費はあるらしいのだが、そういうものではない様だ。
「コッパー侯爵令息?」
この女子学院生の名前と爵位は分かる。伯爵令嬢だ。
距離を取ったら詰められた。婚約者がいる異性に対して近くないか。セレン(独りごちだから嬢無しでもいいだろう)も色々言われたし減ったとはいえまだ言われているが、あれは僕達が近寄っていたんだ。
今更だが、素直な反応と打算のない笑顔に釣られたとは言え、聖女候補の学院編入当初の僕らはひどかった。
僕は特に第三王子殿下ニッケル(名前呼びに戻した)を諫めるべきだったし、彼女と普通クラス一組の女子学院生と彼女をもっと馴染ませる手助けをする必要があったのだ。
幸いな事に、僕達の婚約者達は、いずれもセレン嬢の事を婚約者のいる男子学院生に近寄る平民風情と見下す様な存在とは真逆の方達だ。
まあ、婚約者が優秀過ぎて引いていた自分達の情けなさが際立つが。
「すまないが、僕の婚約者ライオネア・フォン・ゴールドに申し訳ないので失礼するよ」
しかも、今は女性から逃げる手段に使わせてもらっている。
ライオネア、に力を込めるとてきめんだ。
「あ、失礼をいたしました」
良かった。この女性もライオネアの応援者だ。
やっと逃げおおせた。
こういう時は、ここに限る。
知る人ぞ知る、という存在の場所で、ある程度の魔力と体力がないと見付けられない認識阻害魔法で囲まれている。
剣術大会の翌日にライオネアが転移の座標を教えてくれた。
「見えなければもっと鍛錬するんだな」という言葉と共に。
こういう所が嫌みではない所がまた悔しい。だが、……有難い、僕も励まねば、という気持ちになれる位には僕も成長できたらしい。
まあ、実際、こうして無事に使わせてもらえているのだが。
昨年度の僕なら馬鹿にされたと憤るか仕方ないと諦めたかのどちらかだろうか。
ここは、特別棟の自主練習場だ。
本来、留学でいらした他国の方々の護衛官等が使用する場所なので、更衣室やシャワーも完備。全体的に清潔感に溢れていて、手狭ではあるが、天然芝が植えられた運動場まである。
勿論、騎士クラスも存在する我が学院には広大な運動場も備えられている。普通ならば使用するのはそちら。
つまり、人目を忍んで汗を流す場としては広すぎる程だ。
更衣室に入り、僕は自前のマジックバッグから練習用の簡易刀と運動用のジャージ(運動服とも呼ばれる。異世界の品、ジャージという物を模した物。素早い動きをする大蜘蛛の糸を混ぜてあるらしく、とても動きやすい)を取り出し、学院の制服から着替えてそれを代わりにマジックバッグに入れた。
本当に、便利な物だ。
これは、剣術大会の映像水晶の複製映像を見た騎士団副団長にして侯爵である僕の父が、
「昨年の優勝者と遜色ない。良く励んだな。何かいる物があれば用意しよう」
と言ってくれた為、「地方の郵便局への常備品の拡充を郵便大臣閣下にお伝え下さい」と返したら、翌々日に無言で手渡された物だ。
騎士団の備品の一つ、背中で背負えるマジックバッグ。
「旧品だが十分使えるし、所持に関する許可は下りている。中に簡易転移陣とペガサス郵便の葉書と切手が入っている。前者は私から。後者は閣下からだ。お礼は私からきちんとしたから必要ない」
マジックバッグには学院からの転移陣使用許可証も入っていた。
……父とライオネアは文通でもしているのだろうか。伝令鳥のやり取りかな?
それでも、この品々は両閣下からの褒美だ。
これもセレンのお陰、お褒めの品々を頂けたからと、お守りのお礼だと葉書を少なめに50枚渡したら、物凄く怪訝な顔をされたが、受け取ってもらえたのは嬉しい。
意外に筆まめらしい彼女に倣い、郵便大臣閣下にお礼状をお出ししたら、速達で達筆のお返事を頂戴した。
『若いのに中々に礼儀作法を知っていて感心した、これからも精進して欲しい』といった内容。これもまたセレンのお陰だ。
結局、僕はセレンに助けてもらってばかりなのだ。
そんな事を考えながら剣を振り始めたが、暫くしたら鍛錬に集中できていた。
鍛錬を終えて支度を済ませていい気分で特別棟の周りを歩いていたら、声を掛けられた。
顔を見なくても魔力の気配で分かるのは、自分でもどうかと思う。
「あ、こんにちは。偶然ですねえ。今郵便配達が終わったんですよ」
「本当に偶然だね。今日は学院には来ないと思っていたよ」
婚約者がいる身で距離が近くないか、自分。
先程の女子学院生に対してと態度が違いすぎる。我ながらあからさまだ。
あと、聖教会の純白の制服が似合っている。いや、いつもの学院の制服も似合っているのだが。
聖教会本部での活動は聖女候補教育の一環なので、聖教会の制服で学院に通う事は認められているそうだ。
「子爵令息? へえ、聖女候補の男子っているんだね」
彼女の仕事、郵便配達は書簡の手渡しの事だった。
相手は聞かない事にする。多分恐れ多いお方だ。
学院長先生の執務室にも近いこの特別棟は、学院内でも格段に防犯防音に優れている為に会話の内容を気にしなくてもいいので、あのお……の事を訊いてみたらこうなった。
「お友達にはあんまり嫌な奴の話はしたくないんですけど。あたしが他の聖女候補ちゃん達より阿呆だから、からかってもいいと思ってて子爵令息な身分が自慢の馬鹿な奴。いつも、名前覚えたか? ってしつこいんです。だからわざと子爵令息って呼んでやってます。はい、おしまい! それより、聖魔法大導師様の聖魔法を間近で拝見したんですよ! すごいの! あ、魔法の話はしても良いって許可を頂いてます」
いや、それは。
可哀想だな、子爵令息。彼は君の気を引きたいんだよ。
お友達、な僕もそいつといい勝負だが。セレンはやはり人気がある様だ。
あれ、そもそも、婚約者とか交際相手の有無を聞いた事がない……な?
「そう言えば、訊いた事がなかったね。君は、その、故郷に将来を約束した人などはいるのかな」
平静を装ってみた。唐突過ぎて引かれるだろうか。
お友達だから大丈夫だろうか。今更ながら確認しないといけないのでは、という婚約者がいる者としてのけじめ、とかならそれらしいだろうか。
だが、これを言ってしまったら僕達は絶対まとめて距離を置かれてしまう! とか、情けない事ばかりが脳裏に浮かぶ。
然しながら、これでもしも、
「はい、いますよ!」とか、笑顔で返されたら、僕は一体どうすれば良いのだろうか。
「何だか突然ですね。でもこういう話、友達だなあって感じで楽しいですね。因みにいませんよ全く。中学部の頃から将来診療所に入りたい、って子とかちょっと年上の人とかいましたけど。田舎だから、みんな安定した仕事がしたいんですよね。でも、うちの診療所、あんまりお金なかったんですよ」
良かった! いない。
そして、《お友達》との会話は楽しい様だ。
いやしかし、多分セレン、診療所に入りたい理由の多くは安定した仕事よりも、君と将来結婚したいからだと思う。
……可哀想な奴は子爵令息と僕以外にもたくさんいたんだな。
「それに、みんなお父さんがやっつけたし」
やっつけた? 交際希望者を? どういう流れなのだろう。
僕が訊くと、セレンはお父さんすごいんですよ、と笑った。
「母さんより賢いか、俺より強い男しか認めんぞ。女性は要相談だ! とにかく、男は俺を倒してからだ! ってしてたから、一人もいないんですよ、お付き合いした人。女の人はいなかったし。ちなみに勉強で戦いたい人は、医師のお母さんと計算勝負。こっちも全滅。お父さん薬師なんだけど、ごついから冒険者にしか見えないんです。貴重な素材運ぶ時、依頼人なのに一緒に警護したりして。冒険者資格は持ってるらしいんですけど。階級?
金階級。
……冒険者育成機関で講師を務められる階級じゃないか。
因みに僕は、男性で健康。そして人間。つまり優しくしては頂けない、と。
計算勝負は騎士候補としては挑戦し辛いからね。
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