6-召喚大会と第三王子殿下と聖女候補様とわたくし

 ……ただ今より、今年度の精霊獣召喚大会を執り行います。


 召喚魔法の先生が厳かに宣言をされました。会場には学院長先生と召喚魔法の先生と参加者のみ。繊細な心ばえの精霊獣もおられるので、可能な限り少人数で行われます。

 学院の皆様方には後日、映像水晶でご覧頂きます。我が学院の映像水晶は精霊界から転送された物に学院長先生が加工を施された為、精霊獣も安心して下さいます。


 選手宣誓をさせて頂きましたのは、前年度優勝者、わたくしことナーハルテ・フォン・プラティウムです。

 今現在、わたくし達がおります所は、高い壁で囲まれ防御魔法を張り巡らせた王立学院の専用召喚場です。多少離れた壁外には聖女候補様達救護担当の学院生も待機してくれています。


 精霊獣に対して我々の召喚に応じて下さりありがとうございます、の感謝の気持ちを込めたおもてなしの準備も整っています。

 かれらが好まれる果物、薬草、魔石、甘いお菓子や魔獣のお肉等。

 精霊王様と精霊獣に敬意を払う、その一点を遵守する事で、開催以来、安全に精霊獣の召喚を行う事ができております。


 誠にありがたい事に、年に一度のこの大会を楽しみにして下さる精霊獣もいる程で、わたくしも、昨年度の優勝の際に召喚に応じてくれた精霊鳥を伝令鳥にさせて頂くという栄誉を頂戴しました。


 伝令鳥とは自身が伝えたい事、知りたい事等を記録する為に魔力を用いて生成する存在です。高度な術式を必要とします。

 通信の魔道具に用途は似ておりますが、学院内では専用保管庫に入れて、授業後に使用する事になっておりますので、伝令鳥の術式を展開できる学院生にのみ、許可が出されています。

 無論、悪意のある生成は、知の精霊珠殿の学院内結界によって阻まれます。


 勿論、常に生身の精霊鳥が来て下さるという訳には参りませんが、伝令鳥を生成しようとすると、気まぐれに現れる孔雀に似た美しい鳥の精霊獣は、真名まなではなく仮名かりなを教えて下さいました。朱々しゅしゅというその鳥は、わたくしの癒やしの一つとなっております。


『今回は貴女の召喚魔法に白い大きな方が応じても良いぞと言われていたわよ』


 この間、こちらに来てくれた時に、朱々に言われましたっけ。白い大きな方、とはどんな精霊獣であられるのでしょうか。もしかしたら、凛々しい肉食の精霊獣殿かも知れませんね。


 長くなりまして申し訳ございません。召喚大会に移りましょう。


 ある程度精霊国内で予測された召喚である事、更に王宮直属の召喚師であられる召喚魔法の先生に合格点を頂けた学院生のみが出場できる事、これらの点からも、よほどの事がなければ平穏無事、和気あいあいに終わる筈……でした。


 開始後しばらくは、雷の精霊獣、炎の精霊獣、水の精霊獣と、皆様順調に召喚をしておりました。


 ところが……。

「あのたわけ王子! 誰だあいつを調子に乗せたのは!」


 転移魔法で、知の精霊珠殿がわたくしの傍らに見参げんざんされました。その声音は、竜の咆哮。学院長先生です。

 ご本人は、会場内で奮闘しておられる様でした。


 会場をぐるりと囲む形で防御魔法が掛かっている筈の一角に、大きな風と煙が舞っています。あれは……いけません、召喚事故です!竜巻を張り巡らせているのは、鬼属性の召喚獣の様でした。


「すまない……すみませんでした。セレンに聖魔法で補助してもらったからいけるかと……」


 知の精霊珠殿から第三王子殿下のお声が聞こえます。わたくしは、頭痛を覚えました。


 殿下が普通クラスただお一人の出場者になられたとの報を聞いた時には、殿下も研鑽を積まれているのだ、聖女候補様との関わりは良い方向に働いたのですねと安堵いたしましたのに。


 セレンとは、聖女候補様のお名前です。救護担当の責任者の先生は防御魔法の達人であられますから、聖女候補様達救護担当の学院生達は安全でしょう。


 セレン-コバルト様。明るくて、かわいらしい方と聞いております。たまにわたくしの伝令鳥や朱々、ライオネア公爵令嬢達から話を聞いております。


 婚約者がいる異性に対し、親しく学院生活を送られている姿勢は問題ですが、第三王子殿下達の方が本来はご遠慮なさるべきでした。

 平民である聖女候補様の側から近付かないでほしい等とは言いがたかった事でしょう。


 そのような状況での今回の第三王子殿下の召喚大会ご出場は、聖女候補様のご尽力もあり、他の婚約者様方、騎士団副団長閣下のご令息達も召喚の特訓に協力されていたという事から、学院長先生を初めとする先生方、そして婚約者であるわたくし達も彼らを頼もしく感じていたのですが……。


 いけません、今はそんな場合ではございません。


 取り急ぎ、召喚大会の為に蓄えておきました魔力で朱々を召喚いたします。

 手のひらを合わせて、魔力を高めて……お願いです。いらして下さい!


『このあたくしが来てあげたわよ、ナーハルテ。任せなさい。出場者はあたくしが外に運んで差し上げましょう。その代わり、落ち着いたら貴女の魔力をたくさん頂くわよ?』


 美しい朱色が虹色の粉を第三王子殿下とわたくしを除く参加者全員に羽ばたきで振りかけ、転移させてくれました。 


 魔力を譲渡させて頂く。勿論です。召喚側の勝手な願いをわたくしの魔力のみで叶えて下さった事に感謝いたします。


 これで、懸案は第三王子殿下の御身と鬼属の召喚獣殿に無事に精霊界にお帰り頂く事のみとなりました。召喚獣の方達は、学院長先生が結界によって既に隔離して下さっています。

 召喚大会に参加していた学院生達には、恐らく、朱々が何らかの術を掛けてくれている事でしょう。


 第三王子殿下が想像されたであろう、聖女候補様に聖補助魔法を掛けて頂いた事で、実力より上の精霊獣を召喚する事が可能となったのでは、というお考えは、恐れながら浅薄なものです。


 魔力を込めたお守りを携帯する事等は認められておりますので、聖女候補様の聖補助魔法による支援行為にはとりあえず問題はございません。


 しかしながら、ご自分のお力から大きく離れた存在をも召喚できる……その様な無茶が通る程、聖魔法は万能ではありません。そもそも、魔法自体が万能ではないのです。


 根本的に、召喚魔法とはお願いして来て頂くもの、意思に反して強制的に呼び出された精霊獣殿がお怒りなのは当然です。


 召喚魔法の先生は、精霊獣殿の説得にあたっておられます。

 それと並行して、学院長先生が竜の鱗を出されて半竜化されつつ、何とか第三王子殿下と精霊獣殿との距離を離して下さっていました。


 殿下の御身は……今のところご無事の様です。良かった。

 しかしながら、無礼を働いた召喚者に罰を与えたいとお思いの召喚獣殿がお怒りです。


 こうなりますと、召喚獣殿に無事にお帰り頂くには、この場を収めて頂ける偉大なる召喚獣殿をお呼びするしかございません。


 そうですわ、朱々のお話の白い大きな方に応じて頂く事はできますかしら。


 仮名すら分からないお方ですし、朱々をもう一度召喚するにはわたくしの魔力が足りません。そもそも、朱々以上に高位であられる方を今のわたくしが召喚できるとは思えません。


 それでも。お呼びするしかございません。


 覚悟を決めましたら、知の精霊珠殿からまばゆい光が発せられました。


 ……これは、お力をお借し頂ける、という事でしょうか?


 手のひらを合わせる間も惜しく、心から叫びました。


『偉大なる大きな白き御方よ、あらわたまえ!』

 ……手応えがございました。初めて朱々を呼ぶ事ができた時の様な感覚です。


 ポフポフポフ。ポフーン。

 何とも表現しがたい音と共にいらして下さったのは、正に……方。


 ふわふわとした毛。丸々としたお体。とてもとても可愛らしいご様子の、純白の大きな大きな鳥の精霊獣殿です。そのお姿は極めて愛らしいですが、周囲は清廉な空気に満ちておられます。


『ナーハルテ・フォン・プラティウム、其方の事は朱色のものから聞いておる。我に願う許しを与えよう』


 得がたいお言葉。静かながらも威厳のあるお声です。


「お願いいたします。貴方様のご同輩に安らかにお帰り頂けますよう、お力をお貸し下さい」

 声が掠れてしまいましたが、わたくしは何とかお答えする事ができました。


『心得た』


 ポフ。飛ぶというよりは跳ねるという感じの音をさせておられますが、白い大きな方は瞬時に怒れる精霊獣殿の元に移動されました。


『鬼属のものよ、怒りは尤もだ。しかしながらこの国は精霊王がお認めになった国。我に免じてその怒り、収めてはくれぬか』


「ナーハルテ・フォン・プラティウム。良くやってくれた。礼を言う。後はあの白きお方と我々に任せなさい」


 次の瞬間、純白の雄大なお方の説得のお声と、知の精霊珠殿から聞こえる学院長先生のお言葉を耳にしながら、わたくしは意識を失ってしまいました……。




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