第23話 つまみ食いする私とてんぷらを揚げるあなた

 人間はいつも自分の意見を喋っているようで、その実、大概のことは過去に誰かに言われたことを繰り返しているだけなんだよねえ。


 我ながら随分と口を流暢に動かしながら、そんなことをふと想う。


 加島さんに『自分のやりたいことをしないと』とか『自分の想ったことを口にするんだよ』とか言うたびに。


 おやおや、それはまなかさんに私が昔、言われたことじゃなかったっけって苦笑いしそうになる。


 結局、今、私の中にある思想は大体がまなかさんからの、借り物で、貰い物。


 要するに、私は今、あの人が私の中に遺してくれた残り香を、せっせと後輩に振りまいているのだ。それが、ちょっとばかし滑稽で笑えてくる。


 もちろん加島さんはそんなこと知らない。かつての私がどれだけ弱かったか、どれだけ身勝手で他人を拒絶していたのかなんて。何も、知らない。


 彼女が見ているのは、『年上の寛容な自分を受容れてくれる初恋の先輩』なんだから。


 言ってしまえばそれは、存在しない儚い夢のような偶像ってことだけどさ。


 本当の弱い私を彼女は知らない。


 それを手っ取り早く見せた方が、さっさとこの恋は覚めてくれるかもしれないけど。


 まあ、……今はいいかなあ。恥ずかしいし。


 恋に盲目な状態で見せても、「それもあり!」とか言われそうだし。


 いや、恋に堕ちると実際言うんだよねえ、そういうこと。私も言った記憶があるし。


 たしか、まなかさんが燃えるゴミの日を間違えてただけで、かわいいって言ってたからな。我ながらどうかしてる。


 買い物帰り、私がそれとなく彼女の手にあった重そうなビニール袋を持つと、加島さんは酷く嬉しそうに私を見て「ありがとうございます」と微笑んでいた。


 ……ほらね。簡単に誤解する。


 重そうだったし、私の手は空いてたんだから普通に持って当然だよ、こんなの。それなのに、こんなに感謝しちゃってまあ。


 というか、私も何やってんだか。


 これ以上、無駄に好感度稼いでどうするよ。別れの時が辛くなるだけだぞう。


 なんてため息を尽きながら、そうやって感謝されるのは、そこまで気分が悪くない自分もいた。


 我ながら、ほんと刹那主義の阿呆だなあ。




 ※



 「加島ちゃん」


 「はい、みそのさん!」


 「というわけで、今日はごちそうです」


 「そして年越しおそばです!」


 「メニューは年越しそば、まぐろの刺身、ローストビーフのサラダ、そしてそばに載せるてんぷらとします」


 「豪勢です!!」


 「食費半分出してくれてありがとう、おかげで山ほど買いこんじゃったわ」


 「むしろ当然です!」


 「では、取り掛かっていきましょう」


 「はい!!」


 ―――と、なんでか上官と部下みたいなテンションで私達は料理を始めた。そんな大晦日の夕方ごろのこと。


 雪とかは降ってないけど十分すぎるくらいには寒いので、暖房もつけて、二人揃ってあったかくした格好でキッチンに並び立っていた。


 なんか私が取り仕切るみたいな感じで始めたけれど、多分、料理は加島さんの方ができたりする。うん、事実今、私は彼女が丁寧に刺身を切り分ける隣でせっせと野菜を洗っているだけだ。


 先輩として頑張った方がいいのかなあなんて考えたけど、加島さんが張り切っているのでまあ良しとする。


 そのまま、サラダ用のレタスをちぎって、トマトや既に切ってあったキュウリも並べて、最後に既製品のローストビーフを載せて、私のサラダづくりは完了だ。


 「サラダ、すごい量ですね」


 「野菜は一杯食べないとねー」


 まあ、これも誰かの受け売りだけど。


 加島さんは切りそろえたマグロをお皿に載せて、ラップをかけて冷蔵庫へといれようとしていた。お刺身は料理が完成する頃まではお預けだ。


 というのも、もったいないので、ラップがかかる前に一つだけ拝借して、つまんでおいた。醤油もかかってないけど、うむ美味しい。


 「あー、みそのさんがつまみ食いしてる」


 「むむ、ばれたか。加島お代官、これが貢物のローストビーフです」


 「むむ……、仕方ない許しましょう」


 「ローストビーフも美味しそうね」


 「もにゅ……はい。美味しいですね」


 なんてやり取りを交わしながら、てんぷらの準備をする。そばに乗せる定番のえびだけじゃあ、ちょっと寂しいから、さつまいもとかきのこも合わせてあげてしまう。いやあ、自宅でてんぷらなんて作ったことないから新鮮だね。


 「揚げ物自体あんましないよねえ」


 「油の処理が手間かかりますもんね。私も、社会人になってからはあんまりやってないです」


 「料理好きだったんだ?」


 「はい……まあ、私あんまり食べられないんで、あれなんですけど」


 「まあ、二人なら一杯食べれるしいいでしょ」


 「あはは、ですね」


 そんな与太話をしながら、てんぷらを揚げ終えて、そばを茹でたら完成だ。


 あったかいそばの上に、同じくあったかいてんぷらを載せて、他の冷えた副菜たちを並べれば、あらまびっくりよく出来た夕食だ。


 ちょっと値段は張ったけど、まあ年末だしいいでしょう。


 ちょっと美味しい物を食べて締めくくるくらいで丁度いい。


 加島さんと二人で食卓である炬燵にご飯を並べて、一息を着く。

 

 我ながら、歳よりくさいと苦笑いしながら、二人揃って手を合わせた。


 まあ、仕方ない、これでももう27だ。大学出たばかりの加島さんと比べれば、まあ年は食ってる。ぼちぼちアラサーと呼ばれても反論できなくなってくる。


 まあ、「歳をとっている」という事実を受容れているのが一番、歳よりくさいかもしれないけど。


 「一年、終わりますね」


 「そだねえ」


 加島さんと話をしながら、そばをすする。うむ、うまい。てんぷらも美味しい。作ってよかったね。


 なんて独り言ちていたら、加島さんが少し改まったようにこっちに身体を向けてきた。ん? と首を傾げると、ちょっと畏まったような、照れたような顔で私をじっと見てくる。


 「みそのさんと出会って、まだ数日ですけど今年はお世話になりました」


 「いやいや、気にしないで。むしろ私こそ色々とごめんね」


 丁寧だねえと軽く感心しながら、あははと笑う。


 「それと、一月の末まで、お世話になります」


 「…………うん、こちらこそ」


 深々と頭を下げる彼女に、私は軽く微笑んだ。


 一か月、一か月かあ。どうなるだろうね、彼女は。どうしたら想いに区切りをつけてあげられるかな。


 終わりを意識するだけで過ごし方というものは変わるものだ。


 例えば、寿命が残り一週間の人がいたとして、きっとその人は本当にやりたいことだけをちゃんと意識してやりきるだろう。逆に終わりを知らなければ、きっと何の変哲もない一週間になってしまうように。


 あと、一か月。


 恋自体は、まあ、三年は続くかもしれないけれど。


 私達は、一か月。それで見極めないといけない。


 この子の恋を、その結末を。


 私は、まあ、それに多少お付き合いするだけだしね。


 彼女の夢がどこに行きつくのかを、私はただ見届ける、それだけだ。


 なんて、辛気臭い話は置いておいて。


 「てんぷら、おいしい。加島ちゃん、天才だわ」


 「あ、えと。はい! ありがとうございます!」


 「そんな修行中の板前みたいな反応しなくても。いいお嫁さんになるわー」


 「それはえと……貰っていただけると言うことで?」


 「お、いうようになったね。今のところ、その予定はないかなー」


 「むむむ、デリバリーも受け付けてますよ。家政婦だってやれますよ」


 「ああ、それは割と真剣に検討の余地があるかも」


 「えへへ。家政婦はみた! ってやれますね」


 「いや、まあするときは申告制だから。言うから」


 「え?」


 「え?」


 「申告……? …………あ、…………あー」


 「うん…………」


 「……自分で言ってて滅茶苦茶照れてますけど、本当にまなかさんと住んでる時、一人えっちの報告してたんですか?」


 「……してた。でも昔のテンションが今だと再現できない……」


 「なぜ……」


 「あの時は……ほら、恋してたから」


 「うはあ……、恋……こわあ」


 「こわいよぉ……? いや、ほんとに」


 なんて苦笑いしながら、二人で些細なごちそうに舌鼓をうつ。


 年は越えて、また時を刻む。


 いつかの想い出からは、また一歩遠ざかって。


 想い出にしがみついて、どこにもいけない私の隣で、どこかにいこうとしている君は朗らかに笑ってた。


 どうか君がちゃんとした意味で、誰か素敵な人を見つけられますように。


 そう心の中で、祈りながら。





 そういえば、同じようなことをいつか、まなかさんに、願われていたんだっけ。

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