With the Figure.

Phantom Vibrations.

 

 

 今日一日ジャケットの内側で何度も端末が震えた気がした。

 だけど、端末には着信通知は無い。

 いつものファントムバイブレーションとは違う、ある予感を秘めた振動。

 その予感だけで1日を過ごしてしまった。

 終業時間を過ぎて薄暗くなった玄関口で俺はある番号にコールをかけた。

 いつだってコール音の無い番号だ。

 だが、今日は。

 今は、今回は。

 かかる。

 そう確信が出来ていた。

 今まで一度もかからなかったのが嘘の様にコール音が軽やかに響く。

 1度、2度。

 コール音が止まり、自分と同じ声が聞こえた。

「チカ、か?」

 自分のかけた通話から自分の声が聞こえてくるなんて普通の人からしたら恐怖体験なのでは無いか。

 俺にとっては日常だったが。

 

 虫の知らせ、と言う物なのだろうか。

 兄弟の緊急事態だ、と確信があった。

 ユウの身に何かが起きた、と。

 

「チカ、か?」

 俺が黙っているとユウから再びの問いがあった。

「ユウ。何があった?」

「助けて、アニキ……」

「何が、あった?」

「チカ……、俺の、俺の大切な人が、死にそうだ。助けて、チカ。アニキ……」

「それは、アマフミくんの事か?」

 俺の問いにユウは黙ってしまった。

「俺は、全部知ってるから。だから、もうひとりで抱え込むのはやめてくれ」

「チカ……。なんで、アマちゃんの名前を……」

「言ったろ? 知ってるって。大丈夫、父さんと母さんとキイは知らない」

「そうか。チカは、知って、たのか」

「お前は、ひとりで抱え込みすぎなんだよ。少しでも話してくれれば」

「楽になるって?」

 俺の言葉に被せる様にユウが呟いた。

 その声には怒りと、絶望が含まれていた、と俺は感じた。

「罪を自白させる刑事だな、まるで」

「自白……。ユウ、俺は」

「俺はお前を思って、か?」

「ユウ。お前を大事に」

「大事に思って、手元に置きたいってか?」

「……」

 ユウの言葉にはっとした。

 俺の頭に中に居るユウはいつまでも子供のままだった。

「俺は、チカにもキイにも頭が上がらない。俺を育ててくれたオヤジにもオフクロにも」

「……、だから」

「だけど、俺だって俺なんだよ。ひとりの人間なんだ。いつまでも、付いて回る子供じゃない」

「ユウ……」

「初めて出来た、護りたいと思った人なんだ。だから、助けたい。最善を尽くしたい。俺もアマちゃんも人に話して楽になるならすぐそうしてるさ。でもな? 人間、話たがりでも話した後でそれが重荷になる人間も居るんだよ。割り切れないと言われたらそれまでだけど割り切るって楽じゃないんだ。優秀な兄弟が居ると尚更な」

 ユウがここまでまくし立てるのは初めてでは無いだろうか。

 俺は変な所で感動をしてしまった。

 アマフミくんと一緒に住むようになってユウは変わった。

 通話越しだったけどそれが手に取るように解った。

「ユウ、病院を教えてくれ」

 変わる兆しを見せた弟の為だ。

 一肌脱がなくては!

 

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