Junction 1.

 

 その日は俺にとってもアマちゃんにとっても大切な日だった。

 俺はアマちゃんの為にレストランを予約した。

 そう、アマちゃんの誕生日なんだ。

 アマちゃんは「別に祝ってくれなくともいいわよ」と言っていたが「結婚して初めての誕生日なんだ祝わせてくれ」と床に頭を擦りつけるほど下げてやっとの事で了承を取り付けた。

 だから、浮かれていたんだ、きっと。

 新品のドレスシャツを着て買ってから数えるほどしか袖を通していないスーツを纏って手間取りながら黒いネクタイを締める。

 でも、自分では締められなくてアマちゃんに締めてもらった。

 アマちゃんも外出用の全身装備を纏っていた。

 長袖スカートは勿論、帽子やヴェール、手袋も黒一色だ。

 まるでふたりして喪に服している様な服装だった。

 自分たちは死んでいる様な存在だ。

 喪に服すといえばそうなのだろう。

 

 予約時間までもう間が無い。

 慌てる様に部屋を飛び出した俺たちは手を取り合って駆け足でレストランを目指した。

 浮かれていたのは、俺だけじゃなかった。

 外出をしなさ過ぎてアマちゃんはその手順を飛ばしていた。

 俺が手間取ったせいだとか、急に外出を決めた俺のせいだとか、俺のサプライズでふっと湧いた外出だとか、手を強引に引っ張ってしまったからだとか自己嫌悪しか起きない。

 自責に圧し潰され、皮膚が爛れ倒れてゆくアマちゃんを呆然と見ているしかなかった。

 はっと気が付いた時には病室の中に居た。

 ベッドの上にはアマちゃんが寝かされていて俺はその横で放心していた。

 室内は真っ暗だった。

 窓は塞がれ、電球は取り外され、シルエットはぼんやりとも見えない。

 でも、俺には彼女が何処に居るか手に取る様に判った。

 ざらざらとした彼女の手を撫でて、俺は意を決した。

 一歩外に出ると塞がれていない窓から薄いの明かりが差し込んでいた。

 上着のポケットから端末を取り出し、通話のブロックを解除する。

 すると間を置かず着信があった。

 1度、2度。

 軽やかなコール音がした。

 跳ねる様な心臓を無理矢理に押さえつけて俺は通話を開始した。

 端末の表示は見ていなかったがチカからの通話だと確信があった。

 だけど口から出たのは「チカ、か?」と言う疑問だった。

 俺の言葉に通話の向こうの存在はしばらく無言だった。

 もう一度「チカ、か?」と問えば向こうの存在は「ユウ。何があった?」と返してきた。

 俺は、泣きそうだった。

 息が詰まりそうな混乱の中ようやく捻り出た言葉は「助けて、アニキ……」だった。

 

 

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