第4話 夜影 後編『後始末』

   -1-


 残った影を囲うように黒頭巾の提灯待ち達が立っている。


「お、今日は呼ばれる前に来たんだ!ごクローさん」


夜重子はさも興味無さげに声を掛ける。


───彼らは明市 灯あけし ともり曰く、何らかの要因によって欲望を喰われた異能力者『マレビト』の『影』を浄化する、『マレビト』と対になる存在の者達という事であった。


当時の会話が思い出される。

5年前の、取調室での会話。



「貴方に死刑の取り消しと自由を与えましょう。無論、わたくしの監視下にあっての制限された自由ですが。

 その自由の条件として、貴方は貴方に似た人達───罪を罪と思わない異様な能力を持った怪人達を、殺していただきたいのです」


彼女の凛とした琴を弾くような声に夜重子はその切長の眼差しにほんの少し怪訝な表情を浮かべた。


「ケーサツの、それより上のような奴が殺人鬼に殺人依頼をしてんのか?今?

ははははははははははは!!

やれやれ、この国の倫理どーなってんだよマッタク」


元から倫理観の薄れている連続殺人鬼は重ねて口を開く。


「アタシみたいなのを殺すんなら、それこそアタシみたいなのを捕まえたオタクらがやりゃあいいだろう?てかさぁ、こんな会話録音しちゃって不味いんじゃないの?」


「それは心配ありません。このテープは、必要な貴方の言質以外は録れていない事になるでしょう、いずれね」


明市の言葉に夜重子は目を細める。対する明市は口元を隠し、ふふと笑いながら続けた。


「私たちも忙しいのです。勿論アナタは、というよりこの国のほとんどの者達は知り得ないでしょうが、アナタのような犯罪者は昔からいて、近頃になってその数を驚くべき速さで増やしているのですよ。

私のような、異能の殺人鬼の目の前に現れて、無傷で無力化できるような者など、そう多くはありません。

手が足りないのですよ。

 

 そこで、貴方のような『手っ取り早い走狗』が必要、と言えば解り易いでしょうか?

貴方は言葉通り『影に潜む』という異能を持ち得ながらその力をコントロールし切っている。それはかなり珍しい事なのです。だから、貴方にその『マレビト』を殺していただいた後、私の手の者達にその後の処理を任せます」


「処理ってのは?死体を何の痕跡もなく消し去るって事か?」



「そうとも言えますが厳密には少し違います。彼らに死体は残りません。『マレビト』はその命を失った後、その骸をキレイさっぱりに消し去ります。

しかし彼らは『影』を残すのです。能力の残滓であるその影を。

私達はその『マレビト』という宿主を失った、影だけの異形の存在を『夜影よかげ』と呼称しています」


「まんまな呼び方じゃねぇかよ」と夜重子は呆れたが、明市は意に介す様子はない。


「夜影はその宿主が死んだだけではまた新しい宿に取り憑くだけです。そしてそのまま新しい『マレビト』が生まれてしまう」


一息置いて、明市は続ける。


「殺すのは貴方、後処理はその者達。そういう区別で行動していただきます。彼らは流石に貴方のような戦闘能力は持ち得ない者達でして」


「ふーん。いいよ、信じようじゃん。オカルトなら自分の身で十分じゅうぶん理解してるし。

……でさぁ、こっちからいくつか聞きたいんだけどさ、オタクらはなんなの?目的は所謂いわゆる正義の為?って感じのは聞いちゃダメなやつ?」


手慰みにカリカリと口元の傷を掻きながら、夜重子はあまり期待の込もらない声で問うた。

明市は暫く黙考した後、やや重々しく口を開いた。


「いいでしょう。少しだけならお話しします。


我々は『燈籠郭とうろうかく』という血族組織。

私、明市 灯はその組織の幹部に位置する、と言って差し支えないでしょう。


闇夜を駆け、あかりを灯し、夜影よかげを消し去る事が、我々の使命です。

我々の血族は皆、末端の者までが夜影を滅する光を操る事が出来ます。

しかし、夜影が人に取り憑き、形を得て仕舞えば、私のような、数えるほどしかいない上位の者でしか対抗出来ないのです。

 

 だから、三神 夜重子さん、貴方の力はとても有用と思っているのですよ?

貴方はただ人を殺せばいい。『マレビト』は自らの罪に後悔や自責などないのですから簡単な事でしょう?あとは先ほども言ったように私の部下が痕跡を消す。いい話では?」


問われた夜重子は口を開く。


「人を快楽殺人鬼みたいに言ってっけどさー、アタシは口裂け女の───」


「ああ、勿論分かっています。口裂け女の痕跡を残したがる貴方には、相当不服な話で御座いましょうね」


「ですが」と明市はにこやかに微笑みながら続ける。


「勿論、貴方の働きがよければ、口裂け女信奉の布教の一助をしましょう。貴方の存在を再び公にする事は出来ないにしても、噂の流布などは簡単な事ですからね」


まるで夜重子の言いたいことはお見通しだ、と言わんばかりの猫撫で声。


夜重子は大きく溜め息をいて頬杖をつく。

暫くの沈黙。


「………………なら、死ぬよりマシか。

 ……いいよ、契約成立って事で」


色々腑に落ちない事はあっても、今の状況よりは悪くならないと考え、夜重子は明市の言葉を承諾したのであった。


「では、貴方にもうひとつ───」


明市は少しだけ声を弾ませ新たな提案を示した。


「うえー。まだあんのかよ…」


「いえ、とある方に会っていただこうと思いまして」



   -2-


 甲高く、いびつな叫びが小さく上がる。

夜影の断末魔。

提灯待ちの連中が夜影の消滅を終えたようだった。

夜重子は過去の記憶を辿りつつ、鞭男の遺した裂きイカをしゃぶりながら ぼーっとその様子を見ていた。

彼らは暫く何かぶつぶつと互いに会話をした後、夜重子に向き直り、一礼する。


「礼儀正しいこって」


手をひらひらと振りながら、これまた鞭男の遺留品の缶酎ハイをあおる。

提灯待ち達はそこから厳かな仕草で散り散りに歩き出しそのまま夜の闇に消えていった。


 夜重子はおもむろにポケットからスマートフォンを取り出し、画面を弄った。画面いっぱいに映し出したのはひとりの少年の写真。その相貌は青白く不健康でありながらも、儚い花の綻びを感じさせる優しさを湛えていた。


彼女は少年を見て呟く。


「確か…あの後すぐ、お前に会ったんだっけか

 …ミツル」


口裂け女はふっと笑い、電源を落とす。

夏の満月に照らされたその笑みには、いつもの猟奇的な陰は無かった。

 

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