第一章7  『空白』

 立ち話をしている二人の冒険者の元へ、俺は反射的に身体が動いた――――


「どういう事だ。――何だよ、それ!!」

「……なっ! 何だよ急に!!」

「教えてくれ!! 今の話! 白銀の巨塔がどうしたんだ!! 何があったんだ!!」


 もう一人の冒険者は、不意打ちの言葉に唖然としていたが、直ぐに俺を怪訝そうにジロジロ見てきた。しかし俺の鬼気迫る表情を察して、ゆっくり話し始めた。


「落ち着け! 話すよ。俺が知ってるのは知り合いから聞いた話だから、そんなに知らないけど……。白銀の巨塔のメンバーのサンが引退して、そしてサラが最近脱退したってそれだけだよ。それ以外は悪いが何も知らない」

「そうか……その情報はどうやって知ったんだ!」

「だから、知り合いだって」


 俺の猛攻の問いに困ったような顔をしている冒険者の男。すると、もう一人がハッとした顔を見せた。


「俺が聞いたのは確か……。新メンバーを公開発表するってどっかの酒場でレインがワーワー言ってて、その酒場に居た全員に酒を奢ったらしく、そこから噂が流れたんだよ」

「なるほど、それはいつ頃の話なんだ」

「酒場で話された日付はわからない。ただ、その話の新メンバーの発表が今日あの銅像の前でされるらしいぞ」

「――――」


 俺は言葉を失った。そこまで話が進んでいたとは……事が早すぎる。レインはどうして。冒険者が連れの方を一瞥する。


「俺達、悪いけどちょっと急ぎの用事があるんだ」

「あぁ、そうだな」


 二人の冒険者はそう言い、足早に冒険者ギルドを立ち去っていた。


 この街ににレイン達が現れる。サラがなぜ脱退したのか……俺がどうして引退したことになっているのか判らない。それを確かめるには情報が必要だな。


 アスラル共和国は酒場が数多ある。俺は昔よく使っていた酒場へと向かった。裏路地の隠れ家みたいな酒場である。俺はまるで地下へと向かうような階段を下り、その先にある扉を開けて酒場に入る。


 目に広がるのはカウンターと椅子が十脚しかない、電球色に包まれるオシャレな酒場だった。俺が酒場に足を踏み入れた瞬間、髭を生やした、ダンディーな酒場のマスターが俺を見て目を細めた。


「新人でここに来るとは珍しいな」


 酒場のマスターにそう言われて、ハッとして俺は思い返す。そうか……俺の格好は今、初心者の姿だ。


「――――」

「何が飲みたい」


 マスターは優しく告げると、指でここに座れとアクションし、俺はその場所に向かい腰掛けた。


「コーヒー牛乳で――」


 俺は飲み物を注文した。その注文にマスターは頬をポリポリして、少し困ったような顔をマスターは一瞬したが、直ぐに準備を始めた。この酒場のマスターの名前はウサミンと言いプレイヤーだ。酒場を切り盛りしながら情報屋でもある。情報屋としても凄腕である。


「はいよ」


 銀色のコップに注いであるコーヒー牛乳――俺が12歳の頃、まだ何も分からなかった俺が、たまたま入った場所がこの酒場だった。飯屋を探していたつもりがこの酒場に入って場違いを感じたその俺に――直ぐに何も言わずそっとコーヒー牛乳を出してくれた、あの思い出は鮮明に俺の中に残っている。


 それをゆっくりと口に流し込みながら、俺はマスターに問いかける。


「情報が欲しい。今は少ししか金はないが……必ず払う。残りは後払いでお願いしたい」


 アルカディアのお金は現実世界でも使える。しかし現実世界からアルカディアにお金を移すことはできない。俺は現実世界ではMOから沢山のお金を貰ったがアルカディアは初心者と同じ所持金である。


 初対面の初心者の男が唐突に後払いで情報が欲しい……苦肉の策――だが今は時間が無い。――俺は頭を下げようとしたがウサミンはそれを止めた。


「新人から金は取らんよ。何が聞きたい」

「――いいのか?」

「ほぉう。罪悪感を感じるならツケにしてやってもいいが」

「タダでお願いします」


 ウサミンは空気を柔らかくすると、ニッコリ笑い俺の瞳を見つめた。


「まぁ、本当はタダで教える理由は、新人だからではない」

「……えっ?」

「数年前だ、お前さんと同じ様な瞳をした子供が、たまたま来てな。その子供にコーヒー牛乳を出したのを思い出してな。だから、たまたまだ、タダで教えるのは、その子がたまたま現れたのと……一緒さ」

「……そうなんですね」

「だが、その少年とお前さんは雰囲気は違うがな」


 俺はライトになる前のサンだった時は――思えばお金を稼ぐ為にガムシャラだった。俺は今更ながら気づいてしまった――ウサミンの言葉を通して。


 俺はもう本当にサンではなく、ライトという事の事実を――何が後悔はサラだけだ……。俺はもう一人の自分過去が消えてしまったんだ。


「おい、大丈夫か?」


 俺が考えに耽っているのを気づき、ウサミンは声をかける。逡巡にピリオドを打つ――今は浸ってるいる時間ではない。――とりあえず……レインだ。


「すまない。白銀の巨塔のことを聞きたい」

「ん〜また大層なギルドが出てきたな。それの何が聞きたい?」

「脱退の件と新加入の件。そして、今日の新メンバー発表の件だ」


 ウサミンは一拍を置いた後に話し出す。


「脱退と加入の出処は酒場内で話してたレインからだ。それ以外は全く情報がない。サンとサラが何故抜けたのか、そして、どうしてサンが引退したのか、俺も探っていたが全くわからない」


 先程の冒険者と答えは同じだった。しかし、ウサミンは俺の事を探っていたのか――


「そうなのか……」

「さっき話したコーヒー牛乳を出した子供はサンなんだ! 凄いだろ〜まさかトッププレイヤーになるとは思っていたけどな。俺の目には狂いはない。

 だが、あんなに死に物狂いでやっていた奴が、それを簡単に捨てるなんて――俺は何か意図があると思ってな」

「……」


 何かを思い返しながら、またニッコリと微笑んでいるウサミン。俺はウサミンに……本当はサンだって事を話した方がいいのか――いいや、それはダメだ。どうして俺がBANされたのか判らない中、ウサミンを巻き込むのは軽率だ。


 MOで働いている友人から言われた言葉――――何が原因でBANにされたのか解明出来ていない現在、あなたがサンである事は話さない方が言いと――本当にその通りだ。


 サンだった頃の俺はフレンド登録をしていなかった。しかし、今は思う。サンだった時を辿るようにフレンド登録をして、仲良くなっていきたい。俺はウサミンと話して強く……そう感じた。


 サラを探す旅だ。そのついでに懐かしい人達にも会いに行こう。


「あの……」

「おっどうした?」

「フレンド登録いいですか?」

「ふふっ、酒場のマスターとフレンド登録か、まぁいい!」


 俺はウサミンにフレンド申請した。


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 新しいフレンドが増えました

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 PN:ウサミン<人族ヒューマン

 LV:58 JOB:サムライ

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「ありがとう」

「こちらこそだ。最後の問なんだがもう直ぐ来る。情報だとレイン達はもう来るはずだ。銅像前に!」

「――――そうか!」


 ニヤリとしてウサミンは言い渡す。俺は急いで勘定をしようとした。


「タダでいい!! さっさと行ってこい! フレンド記念だ」


 俺はウサミンのその言葉を聞き――直ぐに踵を返し酒場を後にした。口元が緩みながら――――

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