第一章4  『名前』

 スマートで綺麗に整った顔、柔らかく靡く金髪の長い髪、その姿を瞳に映した者は誰もが美少女と言うだろう。しかしその美しい顔からは似合わない表情――キッと射抜くような綺麗な赤眼でなぜか俺をしっかりと睨みつけていた。


 どうして俺を睨んでいるのか……。しかし、初心者、初対面に飛び膝蹴りとはいい度胸だ。口元をピクピクさせながら、俺は女を睨み返した。――――なぜ


 アルカディアの新規プレイヤーは、初期装備や服装などは皆同じで薄茶色の地味な冒険者の服である。


 俺と同じ格好の奴が多くいる中で、どうして俺を選んだのか。それしても、非戦闘区域なのでダメージはないが――衝撃はあるんだよ。クソっ。


 俺と同じような服装をした周りの初心者達は、蜘蛛の子を散らすように颯爽とそこから遠ざかって行った。その見た目に反した奇怪な行動と苛烈にビビって警鐘を鳴らしたのだろう。


 俺は内心ため息をつきながら、睨んだ双眼でステータスを確認した。俺はその画面を見て、声を失った。


 アルカディアは他人のステータス、名前や能力値を見る事は出来ない。当人が提示しない限りは拝見する事は難しい。それはプライバシーの観点からである。


 どの者も不正が行われないように、レベルだけは瞳に映す事が出来る――これがアルカディアで相手を知る唯一の情報だ。しかし、俺の瞳に映るのは……。


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 PN:エレナ<人族ヒューマン

 LV:72 JOB:パラディン

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 ……名前と職業が映っていた。


 これは一体どういう事だ――――何かしらのスキルが働いているのか。それともステータスと同様のバグなのか?

 俺は先程までの少しのイラつきが、いつの間にか消えていた。頭は直ぐに回転しはじめる。


 どうしてレベル72のパラディンがハジマリの広場に――ここにいるんだ。


「何、睨んでるのよ!!」


 エレナはまた苛烈に俺に言い放ったが、俺は少し冷めた声で返事を返した。


「いきなり飛び掛った奴が何を言っている。俺は蹴られた相手にありがとうを言う優しさと感性はねぇ!」

「っ!! お前!! 私が呼んでるのに――ずっとシカトしたお前が悪いんでしょ!」


 エレナの言葉がまるで電流が走ったかのように身体を巡り答えを導き出した。あっ――なるほど。そういう事か。

 そして、エレナの言葉から直ぐに情景が浮かんだ。


 俺は頬をポリポリかきながら……無心になっていた自分に自責の念が少しずつ込み上げてくる。確かに……俺の方に非があるな。


「悪かった! せっかく声を掛けて貰ったのに、邪険な態度をしてしまった」


 俺は少し会釈をし、エレナにそう伝える。


 それがエレナに伝わると、エレナは目を大きく開け、目線を直ぐに俺から逸らした。先程までの苛烈は引き――エレナは汐らしくなっている。


「まぁ――ふん! 分かればいいのよ……。 分かれば!」

「その……」

「なっ……なによっ!」

「先程はなんて声を掛けてくれたんでしょう?」


 エレナの鎮火が思った以上にされたので――俺は恐る恐る質問をした。エレナはそれに嫣然をみせ、答えた。


「貴方、初心者でしょ! 私が教えてあげるわ」


 俺の事を呼ぶ時の名前がお前から貴方になっていた。少し敵対心が無くなったみたいだ。

 なるほど――エレナが俺に声をかけたのはギルド勧誘かな。ハジマリの広場には初心者目当てのギルド勧誘がたまにいる。


 昔は数多に居たみたいだが……酷い勧誘が現れ問題になった。直ぐにペナルティができ酷い勧誘は右肩下がりに減ったが。


 これはそのまま直接的に質問をして、聞き出した方が方が早いな。エレナに悪意はなそうだ。そう思い、俺はにっこりと笑みを浮かべているエレナに口火を切った。


「その、ギルド勧誘とかです――?」


 ――――俺は失敗した。言葉をいい切る前に質問を間違えたと理解した。エレナの表情を見ただけで分かった。初めてエレナを瞳に映した時以上に鬼の形相をしている。


 あっ……ヤバい。


「ふん! そんなわけないでしょ!! 私はソロよ!」


 飛び蹴りは……してこないみたいだ。内心ほっとして直ぐに俺は耳を疑った。


 エレナは単純に親切心で俺を教えようとしてくれようとしたのか。それなら尚更無下にはしてはいけない。だが――今は少し一人で行動がしたい、仕方ない――――


「ありがとうな。だけどゴメン。俺は少し一人で遊んでみたいから、もし良かったらだけど、慣れてきたら色々教えて欲しい」


 エレナの表情が緩んだ。この言葉は正解だったみたいだ。


「いいわ、そうしましょう。そしてあなた名前! なんて言うの?」

「俺はライトという」

「ふ〜んライトね」


 エレナは俺の容姿をジロジロと確認をしている。上から下へ下から上へ入念にだ。そしてすんなりとエレナは食い下がった。異論は無いみたいだ。


「私の名前はって言うわ! よろしく」

「――――よろしく」


 ――その言葉に耳を疑った。ティアだと……。俺のステータス表示には名前はエレナと映し出されているが……どういう事だ。


 俺は訝しむ目で見ながら、エレナと握手を交わした。


 わざわざ偽名を使う意図が俺には分からなかった。もしくはこの表示されている名前が……やはり間違いでバグなのだろうか。偽名を使う奴には見分ける簡単な方法がある。


「ティア、俺とフレンド登録をして欲しいのだが」

「いや!」


 間をあけずに即答でエレナはその言葉を拒否をした。やはり偽名なのか――フレンド欄には真名しか載らない。


「どうやって連絡をとるんだよ!」

「ふん! 出来ない!」


 フレンド登録が出来ない。その言葉に俺は困惑した。まさか根本的に違うのか――そうかエレナはNPCだったのか。分からなかった……。本当に分かりにくい。


 これは本当にどうにかしてほしい。人族ヒューマン以外であればNPC確定だが。人族ヒューマン同士だとNPCどうかが判断出来ない。フレンド登録が出来るか、出来ないかで判断するしかない。


 名前が違うのはやはりバグか……。俺は無言で考え始めた。エレナはその間ができたこの空気にモジモジしていた。


「そっ……その」

「どうかしたか?」

「フレンド登録した事ないから!! わからないのよ!!! や! り! か! た!!!!!」


 エレナは突然、俺の鼓膜を破ろうとした。そのまさかの全く想像をしていなかった言葉に俺は目をパチパチさせてしまった。なっ――――なるほど、その意味の出来ないだったのか。


 俺の今までの考えは霧散してしまった。


「フレンド申請するから、許可してください」

「わかったわ」


 俺はエレナにフレンド申請を送った。


 ――――ピロン。これはフレンド登録完了の音だ。俺はメニューから新着メールを開いた。


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 新しいフレンドが増えました。

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 PN:ティア<人族ヒューマン

 LV:72 JOB:パラディン

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「じゃあ、また」


 フレンド登録が終わると同時には去っていく、御満悦の表情を俺に見せて。

 フレンド登録完了メールも、そして、フレンド欄もティアだ。


 俺の瞳にはエレナと表記されている。俺は呆然としながら、目の前の画面とティアを重ねて見ていた。

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