私はドラゴンになりたい
白鷺雨月
第1話 その本との出会い
私は生まれてからこのかた、生きていて心から楽しいと思ったことはない。
学生時代も部活などに熱中することなく、勉学が終わるとまっすぐ自宅にかえり、ゲームやアニメを見て過ごした。
それも本気で楽しんではなく、単純にただの時間潰しだった。
学校での成績はそこそこ良かったので私は大学に進学することにした。
大学にいったのは生きる目的がないため、とりあえず進学したまでである。
いわば、時間稼ぎである。
大学で四年間勉強をしたが、何になりたいかなどみつけられるわけはなく、私はいくつか受けた企業でたまたま内定をもらった会社に就職することにした。
生きる目的は見いだせないが、死ぬ勇気もない中途半端な人間が私そのものだ。
社会人になった私はそこそこ真面目に働いた。
何がしたいとかはないが、生きるためには収入を得なくていけない。
私が仕事をするのはそれが子供のころからの夢だったとかではなくて、生きる糧を獲るためでそれ以上でも以下でもない。
そんな私であったが、唯一というか初めてというか、興味があるものができた。
それはあるイギリスの画家が描いた画集であった。
その画集には世界中の幻想生物が描かれていた。
特に気に入ったのは、ドラゴンの絵であった。
その画集には何体ものドラゴンが描かれていた。
中国の青竜、南米のケツアルコアトル、ヨーロッパのドラゴンなどなど。
そのどれもが魅了的で私は夢中になって、その絵たちをみつめた。
その画集は一万円近くして、かなり高価であったが、私は即決で購入を決めた。
それはその画集が私が初めて心のそこから欲しいと思ったからだ。
その画集を買うとき、書店員が少し驚いた顔をしていた。
まあ、私のような若い女性が高価な画集を即決で購入したからだろう。
書店員が何か言っていたが、覚えていない。
普段、私はこのいきつけの書店ではライトノベルやコミックしか買わないが、その日は別格だった。
ほぼ一目ぼれで購入を決めた。
それほど、その画集は魅了的だったからだ。
それから、私は生きる目的というか楽しみができた。
それは仕事終わりに自宅のマンションに戻り、夕食を済ませたあと、寝るまでの数時間、その画集を眺めることであった。
その絵たちは見ていて、飽きるということはない。
ドラゴンの鱗をなでながら、一枚一枚数えていると時間はあっという間に過ぎた。
本当はずっとこの画集を見つめていておきたいのだが、翌日の仕事があるため、時間になったら眠らないといけない。
だから、私は休日が待ち遠しくて仕方がない。
休日になれば、あの絵たちを眺めるだけ眺めて過ごせるからだ。
会社の同僚や先輩たちが飲み会や食事会などによく誘ってくるが、私はその全てを断った。
「可愛いのにもったいない」
交際相手のいない私に同僚の一人が言った。
私は自分のことを可愛いとか美しいとか思ったことはないのだけど。
それはドラゴンたちの美しさに比べれば、私など虫以下でしかない。
私は画集のドラゴンの鱗をなでながら、思うのであった。
ああ、ドラゴンになりたいと。
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