16時31分の帰り道

野坏三夜

ちりん

 あーあ。もう、やんなっちゃうな。

 南瑚夏みなみこなつは電車の椅子に座っていた。

 電車の窓から差し込む夕暮れのオレンジの光は瑚夏の手に向かって伸びていた。段々と熱を持つ右手に力を入れて、抜いて、とグーとパーを繰り返す。次第に熱くなったのか、手を光から逃げる。

 疲れるな、にんげんかんけいって。

 自然と下を向く、その視線には、疲労と苛つきが含まれていた。

 ムカつくなあ、なんなんだろあの男。私も嫌いだけどあんなやつ。なんかやったっけ?

 瑚夏には広海ひろみに嫌われる理由が分からなかった。たかが広海の椅子に座っただけで、広海はクラスメートの前で、しかも瑚夏もいる所で「南がさぁ! 」と叫んだのだ。話しかけられていた子は困惑の表情を浮かべ、瑚夏は頭に血が上った。

 ほんと、ムカつく。

 瑚夏の瞳に鋭さが宿る。

 今まで瑚夏自身も広海と相容れないという意識はあった。だから瑚夏は広海を避け、広海も瑚夏を避けていた。それだけだったのだが、今日、広海は完全に瑚夏の悪口を瑚夏の目の前言ったのだ。

 今までだったら私があいつを避けるだけで良かった。のに、今日のことで、クラスに尖った小石が混ざった。

 それは瑚夏だけに刺さる棘だった。いたたまれなさだった。

 ……ほんと、申し訳ないな。

 広海が許せないと同時に、瑚夏は、何よりも、同情しているあの視線が、耐え難かった。

 行きたくないな学校。


 ちりん


 そこに響いたのはひとつの鈴だった。音のなる方を見れば、そこに居たのは、黄色い帽子を被った小さな女の子だった。小さな背中からはみ出ている水色のランドセルに着いている鈴が印象的だった。

 そんな子が私を澄んだ目で見ていた。


「おねーちゃん、どうしかしたの? 」


 あまりにも澄んだ声で言うものだから、その質問を聞いた時にふと答えてしまった、全く知らない子なのだが。


「んー、人間関係って疲れるなって思っただけ」


 乾いた笑いと共に、言葉が溢れ出る。

 小学生に言ったところで何も変わらないのに、馬鹿だなぁ私。


「そっか。……つかれるよね」


 その顔に、小学生とは似つかわしいものを読み取る。私はそれに驚いた。


「となりすわってい? 」


 いーよ、どうぞどうぞと席を勧めた。なんともなしにその子は自身の経験を話し始めた。彼女は最近ここらに越してきた様で、クラスに馴染めないのだという。いじめなどを受けている訳では無いが、なんとなく居心地が悪いのだという。


「私と、同じだね」

「そうなの? 」

「うん。同じ」


 簡単に、でも正確に伝わるように、抜粋して彼女に伝える。話を聞くなり彼女はこう言う。


「さいていだね広海そいつ


 頬をふくらませたその顔は怒っていて、私は思わずふはっと笑った。


「なんでわらってるの。わたしおこってるんだよ」

「いや、だって」


 見ず知らずの人の話を聞いて、こうやって怒ってくれている。その事実が少し可笑しくて、でも嬉しくて、笑ってしまった。

 いい子だなぁ。


「はーあ。悩んでるのが馬鹿馬鹿しくなってきたよ」

「わたしもおねーさんのはなしきいてたら、それほどでもないなっておもっちゃった」


 夕日が後ろで輝いている、その子の可愛らしい笑顔は私を明るくさせた。


「次は〜〜。お出口は左側です」

「あ」

「ここで降りるの? 」

「うん」

「そっか。じゃあ、……ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」


 ドアが開き、彼女は出ていく。再びドアは閉まって、電車は動き出す。

 次もし会えたら、名前を聞いてみよう。

 私は明るい気持ちになって、イヤホンを付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

16時31分の帰り道 野坏三夜 @NoneOfMyLife007878

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説