飯塚先輩と三村

佐熊カズサ

本編

第1話

 私にはストーカーがいる。

 同じ学校の、制服のリボンから察するに一学年上の二年生だろう。

 緩く癖のついた柔らかそうな黒髪に、優し気に垂れた大きな目が印象的な童顔。校則通りに着込まれた制服のスカートからのぞく白くて細い脚はいつも内また気味でどこか頼りない。全体的な印象としては『学年に一人くらいはいる、地味だけどかわいくて裏で人気があるタイプの女の子』といったところだろうか。

 どうして私なんかをストーキングしているのか全く心当たりがないが、少なくとも一か月ほど前からつけられているようだった。休み時間や放課後など、気づけば人ごみの中に彼女の姿を見とめることができた。しかし彼女はいつも後ろの方からただこちらを眺めているだけで、直接的なかかわりはなかった。世に聞く髪の毛入りのお菓子も長文の手紙ももらったことがない。本当にただ眺められているだけで特に迷惑というわけでもないので、わざわざやめてくれるように頼むつもりもなかった。

 それにしても、知らない美少女に追いかけられているというのは妙な気分だ。私なんかを追いかけていないで、彼氏でもつくっていわゆる『青春』を謳歌している方がよっぽど楽しいと思うのだけれど。


 はあ、と息を吐いてパイプ椅子に体重を投げて薄暗い部屋の天井を仰いだ。キリのいいところまで読んだ文庫本に、栞がわりに付箋を貼って机の上に置いた。

 放課後、数少ない化学部員として化学準備室の守番をしていた。

 資料の劣化を防ぐために、窓の三分の二ほどまで降ろされたブラインドの隙間から入り込むわずかな陽光だけがこの部屋の光で、切れかけの蛍光灯はあってないようなものだった。七畳ほどのスペースはほとんど実験道具を収納する棚やよくわからない古代生物の模型なんかに占拠されている。私が机と呼ぶのも顕微鏡を避けて無理やり作ったノート一冊広げるのがやっとの広さしかない長机の一角のことで、化学室から拝借したパイプ椅子が私の定位置となっている。

 放課後の科学準備室にいつもは私一人だけか、たまにふらりと先輩方が立ち寄るくらいで誰の目にも止まらないが、今日は珍しくすりガラスの向こうに来客の影が見える。その人影は扉の前で立ち止まっては通り過ぎ、また戻ってくることを繰り返している。用事があるのならいずれ入ってくるだろうと放っておいて読書をしていたが一向に入ってこない。

「…………」

 雰囲気から入りづらいことは確かだし、新入部員なら歓迎したい。

 早めに行動に移さなかったことを少々反省しつつ、椅子から立ち上がり扉を開けると、

「………………あ」

 驚いたように目を見開き、肩を縮ませて胸の前に手を組んだくだんのストーカー美少女が頬をわずかに紅潮させて固まっていた。

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