第1話 ユノベの跡取り
射手の統領
Zu-Y
№1 ユノベの跡取り
武を貴ぶこの国で、古来より武門の第一等は弓の技である。
射手こそ武人の象徴なのだ。射手とは、そう、弓の引き手のこと。まぁ、実際弓は押すものなのだが。
それは置いといて、要するに武門は弓の技から始まるのである。
ちなみに第二等は馬の技。余談だが、第一等の弓の技と、第二等の馬の技を合わせれば、流鏑馬となる。昔から、流鏑馬がこの国で人気なのは、そのせいでもあるのだと思う。実際にカッコいいしな。
俺はと言うと、弓の技はまぁそれなりなんだが、馬の技はさっぱりである。なぜなら、あの馬の糞野郎どもめが、まったくと言っていいほど、俺の言うことを聞きやがらねぇ。
あ、愚痴になっちまってたか。これくらいにしておこう。
俺の弓の技がそこそこなのは、そう言う環境に生まれたからだ。物心ついたときは、すでに弓と矢を持っていた。なんたってガキの頃から飯を食うときは、一手(2本)の矢を箸代わりしてたくらいだからな。
…あー、すまん、調子に乗った。さすがにそれは誇張である。要するにそれくらい身近だったと言う例えだ。それは本当だ。
わが一党、
親父はその統領だった。なぜ過去形かと言うと、フジの霊峰を棲家とする宿敵黄金龍との戦いで深手を負い、それがもとで逝ってしまったからだ。
もう間もなく8年になる。そのとき俺は7歳だった。
親父のことは尊敬していた。いや、今でも尊敬している。
しかし負けは負けだ。家来どもは、親父は部下を庇ったからだとか、黄金龍にはめられたとか、言い訳じみたことを言うが、俺はそうは思わん。
命のやり取りだったのだ。彼奴も必死だったのだろう。そして親父の力が一歩及ばなかっただけのことだ。
いずれは俺が仇を討つ。
仇を討つといっても殺すつもりはない。わが眷属にしてこき使ってやる。
親父を殺った彼奴は間違いなく優秀だ。凄まじい力を持っている。そうでなければ親父は負けぬ。
ならば彼奴を殺してはもったいないではないか。利用しない手はない。
だが、叔父貴たちは親父の仇の彼奴を殺す気でいる。まったくもって短絡的過ぎる。殺したらそれで終わりではないか。
家来にしてこき使ってやる方が、わが力の一端ともなるし、さらには余計に思い知らせてやることにもなるのだ。叔父貴たちも家来どもも、なぜそれが分らん?
しかし、今の実権は叔父貴たちにある。と言っても俺が蔑ろにされている訳ではない。
親父が死んだとき、俺は7歳だったから、ユノベの統領を継ぐことはできなかった。
当たり前である。7歳の洟垂れが、武門第一等の弓の技に長けた猛者どもがひしめき合う、わがユノベ一党の統領を継げるものか。
親族会議で、嫡男の俺が成人するまで、統領の座は空白。叔父貴たちが俺の後見として統領代理に就くことになった。
ちなみに叔父貴は3人いる。二の叔父貴、三の叔父貴、末の叔父貴だ。この3人、親父のことを大層慕っていたため、仲がいいのが取り柄である。
3人は統領代理として合議制を取っているが、仲がいいから意見はほとんど割れない。仲がいいことの利点は、お家騒動に発展しないこと。欠点は、黄金龍に対する短絡的な考えでまとまっていることだ。そして、揃いも揃って俺までもが自分たちと同じ考えだと思っていやがる。
俺は今日、とうとう15歳になった。待ちに待ってた成人だ。
武家では成人すると、成人の試練と言う儀式を行う。まぁ、有体に言えば成人になった証に、それなりのクエストをこなす訳だ。
当然だが、普通の成人の試練は、手頃な難易度のクエストを無難にこなして終わりなのだが…。
しかし、俺の成人の試練は、黄金龍を狩ることに決めている。そして黄金龍をわが眷属、すなわち子分にするのだ。それは決して不可能ではない。
彼奴を眷属にするための条件は、わが統領家に伝わる操龍弓を自在に使いこなし、操龍弓で封龍矢を射放つことだ。操龍弓を使いこなすには、操龍弓の奥義を会得しなければならない。
奥義と言うと大層な感じだが、要はコツである。
その、使いこなす奥義=コツは、代々の統領とその嫡子にのみ伝えられる。俺は、深手を負って担ぎ込まれた親父からそれを教わった。
どうも親父は、その時点で深手が致命傷であったことを悟っていたようである。
~~8年前~~
俺は親父の部屋に呼ばれた。矢だけ持って来いとのことだ。
弓はいらんのか?不可解に思いつつも矢だけ持って親父の部屋に行くと、親父と3人の叔父貴がいた。俺と親父と叔父貴たちの5人だけで、側近や爺もいなかった。
ユノベの直系が勢揃いだ。そして操龍弓が置いてあった。
「親父どの、お加減は?」
「今日は比較的よい。そんなことより、アタルよ。そなたに操龍弓の奥義を授ける。手に取って巻藁で引いてみよ。八節を忠実にな。」
親父どのの部屋には、いかにもユノベの棟梁の部屋らしく、巻藁が設えてあった。
「はい、親父どの。」
そう言うことか。
すでに並弓で稽古していた当時の俺だが、操龍弓を手に取ったのは初めてだった。
3人の叔父貴たちは、操龍弓を引くことはできるが、使いこなすまでは行かなかったと言う。
緊張した。だが、なぜか引けると言う確信もあった。
呼吸を整えて、丹田に気を籠め、ゆっくりと引いてみた。
敢えて親父が念を押した八節を意識して。親父が改めて念を押して来たのが、妙に引っ掛かっていた。それが鍵になると直感的に察したのだ。
足踏み、胴づくり、弓構え、打ち起こし、引き分け、会、離れ、残身…妙にしっくり来る。いい手応えだ。
「なんと。引き切りおった。」
「兄貴のひと言でか。」
「まだ7歳だと言うに。」
親父は頷き、
「アタル、操龍弓の奥義は、八節を忠実に守ること。それだけだ。
縦線と五重十文字が崩れればまったく引けぬ。びくともせぬ。引き分けのバランスを崩してもだめだ。
今日から操龍弓で稽古せよ。操龍弓はそなたに遣わす。励め。」
その言葉を聞いた叔父貴たちは、安堵の微笑みを浮かべ、頷き合って、親父に挨拶をすると、部屋を辞した。
俺と親父の2人になった。
俺はそのときは気付かなかったが、「操龍弓を遣わす。」とは、「操龍弓を使いこなせるようになったら家督を譲る。」と言う意味だった。
しばらく親父の部屋で巻藁稽古を続けていると、俺は的前で射込稽古をしたくなって来た。親父はそれを察したか、
「的心に百発百中となったら、使いこなせたと思うがよい。
そして使いこなせたら、そのことをまわりに悟られてはならぬ。わが弟たちにもだ。
百発百中の技量を維持しつつ、そのことをまわりに悟らせない。その様な稽古の仕方をそなたが工夫せよ。」
と言ってそのまま眠りに落ちて行った。
俺は親父の部屋を辞し、喜々として的場へ向かった。
親父はそのまま目覚めることなく、数日後に逝った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16816927859461931262
小説家になろう様にも投稿します。
https://ncode.syosetu.com/n2002hk/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます