第12話
「ッッ!?」
反射的に身を仰け反らせて避ける。避けた先でもすぐさまナイフが迫り、避けるのが精一杯で攻撃に転じられない。
とんでもないスピードと身のこなしだ。さすがはダークヒロインと言ったところか。
向こうにはこちらを殺すつもりはないようだが、少しでも気を抜いたらどこかしらを斬りつけられてしまうだろう。攻撃を受けたら隙ができる。隙ができれば、彼女は即座にハインツ殿下を殺しにいってしまう。
(どうしよう、クルト、早く来て……ッ!)
いよいよ防戦一方といった状況になってきて、わたしがそう心の中で叫んだ、まさにその時だった。「シャルロット!」と名前を呼ぶ声が、夜の講堂内に弾けたのは。
その声が聞こえた途端、シャルロットがその場を飛び退き、わたしから距離を取る。
……クルトではない。誰だ?
目を凝らして見てみると、見覚えのある優しい顔立ちの美形――デニス先生が立っていた。どうして生徒会顧問がこんなところに。そう思わないでもなかったが、それよりも。
(こんな現場を見られたらまずい……!)
ここで彼が大さわぎでもしたら、いよいよ事態の収拾がつかなくなる。
どうしよう、と顔を蒼褪めさせると――瞬きした次の瞬間には、デニス先生はその場から消えていた。
え、と目を丸くすると、なんとシャルロットの背後から彼の声がした。
「――まだ殺せていないのですか?」
「はい、先生。申し訳ございません」
(え……?)
いったい、どういうことだ。
今、彼は『まだ殺せていないのか』と聞いたのか。シャルロットに。
「何故ユリア・ヴェッケンシュタインがここにいるのですか」
「自力でここまで辿り着かれました。……彼女はどうやら我々の同業者だったようです」
「ほう」デニス先生が僅かに目を見張った。「それはやられましたね。全く気が付きませんでしたよ」
(ちょっと待ってよ、『我々』の……って)
その言葉の意味するところを察し、わたしは静かに顔を青くする。
つまり王立学園の
(確かに、よく考えてみれば、スパイは複数と考える方が自然)
しかも、彼は生徒会顧問で、ハインツ殿下によく懐かれていた。
創立記念パーティーの警備状況は、ハインツ殿下本人にも知らされている。もし彼の口から直接デニス先生にそれが伝えられていたとすれば、ハインツ殿下とシャルロットがあっさり創立記念パーティーを抜け出せた理由にも説明がつく。
――こいつがネズミの親玉か!
シャルロットとデニス先生が繋がっていたのなら、護衛がどの場所にいてどう行動するのか、デニス先生から彼女に情報が伝えられていたはずだ。
わたしやクルトに気付かなかったのは、出回った情報に零課所属のスパイのことが含まれていなかったからだろう。
「まあいいでしょう。彼女のことは私が押さえておきますので、君はとっとと第一王子をやりなさい」
「はい、先生」
「っ、待ちなさいシャルロット!」
わたしはあわてて声を張り上げる。
彼女はわたしに罪を押し付ける気はないと言った。つまりそれは、シャルロットがここで第一王子を殺せば、彼女は破滅の一途を辿ることになってしまうということ。
しかし、横をすり抜けて王子の元へ走っていくシャルロットを止めようとしたところで、デニス先生――本当の名前ではないのだろうが――が目の前に立ちはだかった。
「っ、そこをどけ!」
「そう言われてどくとお思いですか?」
くそ、と心の中で毒づく。
自然体で立っているだけだというのに、全く隙がない。これではシャルロットのもとへ行けない。
「終わりだ、王子様」
「やめて――!」
ハインツ殿下の前に座ったシャルロットの目から、一筋の涙が零れ落ちた。
そして次の瞬間、ナイフがハインツ殿下の心臓めがけて振り下ろされ――、
ドン!
一発の銃弾が、ハインツ殿下の心臓にナイフが突き刺さるのを阻んだ。
「ぐっ……!」
手を撃たれたのか、あるいはナイフを撃たれたのか、シャルロットがナイフを持った手を押さえて蹲る。何、とデニス先生が目を見張ったのが見えた。
「ギリッギリ、間に合ったか」
「クルト……!」
振り返れば、ステージ下に銃を構えたクルトが立っていた。来てくれたんだ。わたしは安堵の余り、その場に座り込んでしまいそうになって……そこで、アレ、と首を傾げた。
何故かクルトの横に、楽団員の恰好をした男性が腕を組んで立っていたからだ。
どうしてこの場に楽団の人が立っているのか。わたしが眉を顰めたその瞬間、「新手か」とデニス先生が忌々しそうに吐き捨てた。見れば、彼はクルトに視線を向けている。
「まさか君も彼女と同じ、憲兵総局のスパイだったとは」
「……俺もあなたがたがネズミだとは思っていませんでしたよ、先生、シャルロット」
シャルロットが手を押さえたまま、ギリ、と歯を食いしばったのがわかった。そして再びナイフを取りに行こうとしたのか、素早く立ち上がろうとして、
「君は騙されている、シャルロット・マグダリア」
その瞬間――楽団員の男が、一言、そう言った。
決して大きくはなかったが、落ち着いた、よく通る声だった。何故か無視できない覇気のようなものが含まれているそのバリトンに、シャルロットが足を止めて振り返る。
「クルト、彼は」
「いや、わからない。いつの間にか着いてきてたんだ、気にしている暇もなくて放置してた」
ともにここに来たはずのクルトに聞いても、首を傾げるばかりだ。
敵ではないと直感した、とクルトがつけ加えるが……では、彼は護衛の一人なのだろうか。しかし、あの楽団の中にが護衛チームのメンバーがいるという情報はなかったはず。
一体あの楽団員は何者なのか。
そう考えていると、不意に例の楽団員は頭に手をやり、その茶色の髪を――鬘だったのだろう――剥ぎ取った。
そして、なんと――そこから現れたのは、王家の象徴である銀の髪。
「えッ!?」
月の光の下、輝くロイヤル・カラーに、誰もが目を見開いた。
目の覚めるような翠の瞳に、銀の髪。その顔立ちは、ハインツ殿下によく似ていた。
……なぜ、この人が、ここにいるのか。
ありえない。だって、彼は、
「どうして貴様がここにいる、王弟エルンスト……!」
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