第11話

 *

  



 ――早くしなければ、ハインツ殿下がシャルロットに殺される。


 わたしは仮牢のある地下から飛び出すと、目標の場所に向かって走り出す。

(盲点だった、まさかヒロインが、だなんて!)

 だがそう考えればすべての筋が通る。

 もしシャルロットがネズミで、第一王子の暗殺を企んでいたのだとしたら、それはこれ以上ないどんでん返しだ。従兄が『インアビ』にハマった理由がわかるというもの。ゲームシステムとしても、『メサイア・イン・アビス』はヒロインの容姿が初めから決まっている非自己投影型のノベル乙女ゲームなので、その展開は十分ありうる。


 ――つまるところ、恐らくゲームの大体のシナリオはこうだ。

 ヒロインはストーリー開始地点から実は第一王子=メインヒーローを殺すために王立学園に入学したキャラクターであり、メインヒーローたちを攻略するのはあくまで『目的のため』だった。そして、創立記念パーティーの断罪イベントを利用して、悪役令嬢ユリア・ヴェッケンシュタインが『ハインツ殿下を殺そうとする』動機を作り、そして自分でメインヒーローを殺しに行くのだ。全ての罪を悪役令嬢になすりつけるつもりで。

 アイリーンを利用して私物を盗ませたのは、偽装工作のためだろう。そしてわざわざ仮牢の鍵がほぼ壊されていたのも、『やろうと思えば犯行は可能だった』というように、アリバイを無効にするため。


 ……第一王子を殺した、あるいは殺しかけた罪を擦り付けられたのなら、そりゃ公女であろうと公開処刑になる訳である。


 一応は乙女ゲームなので、ヒロインもストーリー進行上メインヒーローに惚れてるという感じになっていて、そしてなんだかんだ異能で彼を治癒するとかして結ばれるエンドになるのだろうが――いや、シャルロット、とんでもねえダークヒロインである。こりゃもしプレイしてたら間違いなくシャルロットが最推しになってたな。

(しかもタイトルがまさしくって感じだし! くぉ~~~絶対良作だったじゃん『インアビ』! まじでやっとけばよかった! しかし悪役令嬢に転生するのはクソ!)

 ヒロインがストーリー開始地点で闇落ちしており、しかもそれをプレイヤーすらわかっていなかったであろう、というのがまた良設定。だってわざわざ非自己投影型にしたということは、制作陣はどんでん返しを狙っていたはずだから。

 純粋な恋愛シミュレーションゲームを楽しみたいプレイヤーには「ええ……」という感じかもしれないが、わたしはそういうびっくり展開が大好物です。

 ……でも自分がヒロインから罪を擦り付けられる体験をしたい、などとは全く思っていません。ふざけんな神。まじで絶対許さないからな。

(とにかく、早く行かなきゃ。罪を擦り付けられるわけにはいかない!)

 死にたくない。

 シャルロットがハインツ殿下を殺そうとするなら、まず間違いなくパーティーの最中を選ぶだろう。人はほぼサルーンに集まっているし、護衛を撒けたらあとは勝ちだ。


 では、肝心の殺害場所はどこになるか。

 これも予測はできる。創立記念パーティーの会場であるサルーンから離れていない場所だ。そして、これはメタ推理になるが――必ずゲーム的に映える、かつ、背景が既に登場している場所になるはず。


 そんな場所は一つしかない。

 入学式で使われた、あの講堂だ。


(早く、早く、早く……ッ!)

 建物が見えてきた。肩で息をしながら、入り口の扉、その取っ手に手を掛ける。やはりここにいるのか、仲からシャルロットの声が聞こえてくる。

 力任せに扉を開けると、シャルロットがナイフを手に、ハインツ殿下をステージ端に追い詰めているところだった。まずい。反射的に駆け出す。

 シャルロットが腰を落とし、そして一気に地面を蹴った。なんて動きだ。

(まずい、止めに入れない! 間に合わない、)

 いや。……待て、あれがある。

 わたしはスカートの裾を捲ると、太もものホルスターに入っているナイフと、それから、『ソレ』を取り出す。

 黒くて武骨な筒のようなそれは――いつだかレイモンドさんに持たされた、閃光弾だった。

「やめろ!」

 叫んで。

 わたしは、ナイフを持ったシャルロットとハインツ殿下の間の地面めがけて、閃光弾を思い切り投擲する。着地の衝撃でピンが外れ、そして、


 バアンッッ!


 離れていてもなお鼓膜を殴打するような轟音と、目を灼く白い光が炸裂した。

「ハァ、ハァ……」

 どうだ。止められたか。

 まだちかちかと眩んでいる目を擦り、ステージに駆けていく。ようやく完全に視界が元に戻ったところで、改めてそこにいた二人を見て――わたしは息を呑んだ。

 シャルロットが、立っている。足元が覚束ないようだが、ナイフも取り落としていない。

 あれほどの至近距離で閃光弾が爆発したのに、気絶もしないとは。咄嗟に片耳を塞ぎ目を瞑ったのだろうか。なんという反応だろう。

「ッチ、なんだ今のは、三半規管と片耳がやられた……ッ」

 低い声でそう呟いたのがシャルロットだとわかり、わたしは絶句する。まるで男性のような話し方――やはり彼女は、ただの男爵令嬢ではないのだ。きっと殺しの訓練を受けた、わたしと同じような立場の人間なのだろう。

 どうしてシャルロットが王子のことを殺そうとしたのかはわからない。だが、ふらふらとしている今がチャンスだ。わたしは慌てて檀上に上がり、倒れているハインツ殿下の側に駆け寄った。

(肩を刺されてる……!)

 殿下は完全に目を回しているので痛みにのたうち回ったりはしていないが、肩からは少なくない量の地が流れ出している。……シャルロットのあの体勢からだと、恐らく急所――腹部を狙ったのだろうが、閃光弾で僅かに照準がズレたのか、殿下は肩を刺されるに至った。

 不幸中の幸いか。

 わたしはドレスの裾を破り、手早く止血をすると、シャルロットに向き直る。

「シャルロット、どうしてこんなことをしたの」

「……ユリア様!? なぜあなたがここに」

 ようやく視力や聴覚が戻ってきたのか、少し間を置いてからシャルロットが叫ぶ。わたしは静かに「あなたの企みをある程度察したから」と答えた。

「事情は知らないけれど、あなたは王弟派貴族あるいはヴェルキアナの尖兵としてここに送り込まれたネズミで、ハインツ殿下を殺すことが目的だった。違う? そしてそれをわたしに擦り付けるつもりだった。わたしの私物を盗ませ、それを殺害現場に放置することでね」

「どうしてそこまで、あなたが……まさか」

「ええ」わたしは目を細め、頷いた。「わたしはあなたの同業者。憲兵総局情報部防諜零課所属のエージェントよ」

「憲兵総局のスパイ……!」

 シャルロットがぐ、と歯を食いしばり、ナイフを掲げた。驚いただろうに、一瞬で動揺を押し込めて臨戦態勢に入った――よほど訓練を積んできたのだろう。

 ……やはり、ここで退く気はないか。

 わたしも唾を飲み込み、ホルスターに忍ばせた暗器に手を伸ばす。

「……そこをどいてください、ユリア様。わたしはあなたを傷つけたくはありません」

「人に殺人の罪を押し付けようとしていたくせによく言う」

「初めはそうでした、でも、もうあなたに罪を被せようとは思っていません。わたしはそいつを殺せるだけでいいの。罪はきちんとわたしが被る。だから、どいて!」

「悪いけど、やはりここを通すわけにはいかない。零課のスパイの名に懸けて」

「っ」シャルロットが顔を歪める。「どいてって……」

 ダン。

 強く足を踏み込み、跳躍。一瞬のうちに距離を詰められ、眼前にナイフの刃が迫る。


「言ってるだろ!」

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