第3話

「……ハンナ、エスコート、どうするんだろう」

 レオナルド・ティガーとハンナ・ホルンベルガーの婚約は、二人が名家の出身であるからかある程度人口に膾炙している。そのせいで彼女は代わりのエスコートを頼む人がいない。

 しかし、パートナーがいないとわかっている人が一人でいるならまだしも、パートナーがいるはずの令嬢が一人でいればどうしても目立ってしまう。

 わたしが俯いてそう言うと、ふんとクルトが鼻を鳴らした。

「非は完全にレオナルドの方にあるんだ、堂々としてればいい。それに創立記念パーティーで婚約者のエスコートをすっぽかすなんてことをしたら、向こうにも相応の罰が下るだろ。被害者ですと言ってさめざめ泣いてみせればハンナ嬢の勝ちだ」

「ハンナはクルトみたいにひねくれた考え方しない、いい子だから……純粋にレオナルドに惚れて傷ついてるんだよ……そんな考え方できないよ……」

「はー? 堂々としてればいいってのは的を得てるはずだろ。それに俺は別にひねくれてなんてない」

 自覚がないのだろうか。クルトは十分ひねくれている。

 わたしが彼に胡乱な目を向けると、彼はややあってから、「……お前はどうするつもりなわけ」と低い声で言った。

「どうする、って?」

「そりゃ、創立記念パーティーのエスコート、だよ。……もし、相手がいないなら――」

「ああ、お兄様に頼んだから大丈夫」

「は」

 わたしの返答に、クルトが口を半開きにして固まった。彼にしては珍しく、随分と間抜けな表情だ。

 ……いや、本当に兄が味方で良かったとつくづく思う。恐らく、『インアビ』のユリアは一人でみじめな創立記念パーティーに臨み、独りぼっちで断罪されたのだろう。従兄曰く『雑魚令嬢』でも、わたしではないわたしのことだと思うと少し切ないが、そうならなくて良かった。

 そう言うと、今度はクルトが胡乱な目を向けてきた。

「……お前ってさあ……ハァ……」

「ええ、何……?」

「やっぱりスパイ向いてないよ。洞察力が足りてない。何より鈍い」

「そこまで言う?」

 いきなりなんだと言うのだろう。そも、いつスパイの適性の話になったのだ。意味がわからない。

 わたしは死神と恐れられる叔父の訓練をくぐり抜けたサバイバーであるというのに、スパイに向いていないとは何事か。以前も同じことを言われたような気がしたが、確かに零課の他のメンバーには劣るかもしれないとはいえそれなりの腕はあるはずだ。

 むう、と唇を尖らせていると、クルトが「とにかく」と口を開き、その二つの翡翠に真剣な色を宿す。……それを見て、わたしは反射的に姿勢を正した。背筋を伸ばす。

「創立記念パーティーはもうすぐそこだ。肝心のネズミが見つかっていない以上、イベント事は最も大きな懸念だ。当日はなるべくハインツ殿下の周囲を警戒し、間違っても殿下が殺されるなんて事態には、絶対にないようにしなければならない」

「うん」

「俺たちは警備の頭数に半分数えられているようなものだ。俺の未来視を伝えたからか、殿下の暗殺を恐れた憲兵総局が、護衛の兵を参加客に変装させた上で差し向ける予定になってる」

 なるほど、と頷く。なかなかいい手だ。……変装が気取られなければの話だが、恐らくそのあたりは抜かりないだろう。我が国の憲兵総局は優秀だ。


「近日中にその護衛の顔、位置、当日の動きについての情報が送られてくる。これを知らされるのは殿下本人と護衛の兵、そして俺達だけだ。必ず漏れなく覚えろ」

「はい、リーダー」


 気を引き締め、低い声で応える。

 ……ああ、もう少しで、わたしにとっての決戦の日がやってくる。

 婚約破棄された際に、怒った父に家を追い出されないように、兄にフォローは入れてもらった。シャルロットとはある程度仲良くしたし、万一処刑ルートに入ってしまった時のために、脱獄する方法もクルトと話し合っている。


 やれることはやれるだけやった。

 後はその日を待つだけだ。

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