第5章 悪役令嬢が×××××××××

第1話

 ――創立記念パーティー。


 毎年三月の初旬に行われるそれは、学年末に行われる訳ではないものの、シルヴィア王国におけるプロムのようなものだ。卒業を控える高学年は大体の者が婚約しているということ、婚約者が学園にいないということもあり、高学年の学生はダンスを踊らない人もいるが、雰囲気はよく似ているのではないかと思う。いや、一年生や二年生もパートナーを見つけて踊ることができるようになっているらしいので、大規模な貴族の舞踏会をややフランクにしたもの、と表現する方が正確かもしれない。また、

 毎年陛下や高級官吏たちが顔を出すため、特に貴族階級でない特待生たちにとっては、よりよい就職先を探すための足がかりイベントとしても機能しているそうだ。……まあ、今年ばかりは陛下はここにはいらっしゃらないだろうが。

(やっぱり、ハインツ殿下が死んでしまうのは創立記念パーティーが終わって、そう時間も経たないうちなんだろうな……)

 わたしは今朝届いた、零課からの通信の内容を思い出して、大きく溜息をついた。

 ――二月も半ば。残す懸念もそのままに、創立記念パーティー直前の一斉学力試験が終わったばかりで、わたしはたった今ハンナと共に今回の成績を見に行ったところだった。

 成績は狙った通り、成績上位者の最下層を取得することができた。気を緩められない時期が続いて気が滅入っていたが、テストで少し気分を入れ替えることができたことに関してはよかったかもしれない。ちなみに、クルトもいつもの通り、シャルロットに次いで二位であった。

 ……ただ。

「素晴らしいですわ、ハンナ。おめでとう」

「まあ! ユリア様、ありがとうございます。光栄ですわ!」

 今回は、ハンナも成績上位者の表の中に名前が入ったのだった。

 わたしが褒めると、ハンナはとても嬉しそうに頬を染め、弾んだ声でお礼を言った。目は子どものようにきらきらと輝いていてとても眩しく、そして可愛らしい。

 ハンナはあまり勉強が得意ではなく――それこそ侯爵令嬢として、淑女教育を優先されられていたからだ――今まで一度も成績上位者の一覧表に名前が載ったことがなかった。

 しかし、彼女は今回、とても力を入れて勉強をしていた。わたしもそれに協力したが、時にクルトや他の同級生の優秀者たちからも自分から助言を貰いにいっていたくらいに、努力していた。

 彼女がこれほどまでに、頑張っていた理由とは――、

「創立記念パーティーでレオナルド様と踊るのですもの、あの方の隣に立って恥ずかしくないくらいの賢さでなければならないと思って、わたくし必死に頑張っておりました。ですから、目標が達成できて本当に嬉しいですわ!」

「……ええ」

 わたしは頷き、目を細める。

 そう、彼女がずっと努力をしていたのは、創立記念パーティーでパートナーを務める自身の婚約者に恥じない自分になるためだったのだ。

 ……わたしとしては、正直なところ、レオナルド・ティガーはやめておいた方がいいんじゃないかというのが本音だ。生徒会室に呼び出された時の様子を見たため、彼はハンナに相応しい器量を持った殿方ではないと、わたしはそう思っている。ハンナは貴族以外には少し高飛車なところがあるが、努力家で、一途ないい子だ。探せばもっといい人が見つかるはずだ。

 そもそも婚約者がいるにも関わらず、他の女に入れ上げている男など、現代日本の乙女の感性としては論外である。

(でも、ハンナ本人がレオナルドのことを本当に好きなんだよね……)

 で、あるならば。……非常に不本意ではあるが、口出しをするのは野暮だろう。

 それに、婚約者の問題は正直、わたしもあまり他人事ではない。ウィンターホリデー前の生徒会室での一件以来、わたしはハインツ殿下に完全に無視されている。

 もう諸々面倒なので、『インアビ』のシナリオをぶち壊すという意味でも、わたしから婚約破棄してやろうか。……まあ無理なんだけれども。

「……アイリーン様にも、報告したかったですわ。大丈夫なのかしら、お身体の具合は」

「ええ……心配ですわね」

 ハンナが眉尻を下げ、成績上位者の一覧表を見上げる。いつもは真ん中あたりにあるアイリーン・ノールの名前は、どこを探してもない。

 ……アイリーンは、あの後憲兵総局に引き渡した。ノール伯爵家も近いうちに取り潰しになるだろう。ノールが繋がっていたディーヴァルドには波が立たない可能性が高いようだったので、やはり彼女もノール伯爵家も蜥蜴の尻尾であったのだ。

 ボスには一応、彼女の助命嘆願をしておいた。ボスにも、そしてもちろんアイリーンを担当する判事にも聞き入れてもらえるかどうかはわからないが、少しでも彼女の罪が軽くなればと思う。

「ユリア」

 ふと、後ろから声を掛けられた。成績上位者の表の周りにいた令嬢たちが、きゃあと黄色い声を上げる。

 振り向くと、後ろには兄が立っていた。

「お兄様、ごきげんよう」

「少し話がある。来てもらえるかな」

 そう言う兄の表情は、少し固い。……一体何の用だろう。

「ハンナさん、申し訳ないのですけれど……」

「ええユリア様、わたくしのことなどお気になさらず、行ってらっしゃいませ。わたくしは先に教室に戻っておりますわ」

「ありがとう」

 すぐにこちらの言いたいことを察してくれる友人に、わたしは少し笑ってお礼を言った。……いつもなら、彼女の隣にアイリーンがいるのだが、今はいない。

 それを少し寂しく思いつつ、わたしは「場所を変えよう」と言って歩き出した兄について行った。


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