第7話

 *




 入学して数週間も経過しないうちに、わたしたち王立学園新入生には学力試験が課される。貴族の子女の八割は入試を受験もせずに王立学園に通っているので、生徒にどの程度の実力が備わっているのかを確かめなければならないという意図があるらしい。この国にはまだ義務教育制度というものがないので、このタイミングでのテストは合理的と言えるだろう。基本的な座学のテストで、難易度も入試レベルには及ばない。わりと良心的な実力試験である。


 ……が。

 わたしにとってはこのテストが最難関だった。


 学園側が『生徒にどの程度の実力が備わっているのかを確かめなければならない』と考えているということはつまり、『生徒の平均がさっぱりわからん』ということになる。

 というわけで、中の上を目指すわたしは、どの程度点数を取れば良いのか探るため、クルトの力も借りてテスト期間中ずっと悪戦苦闘していたのだ。

 情報収集・聞き込み・小テストの点数の覗き見ショルダーハッキングなどなど、東奔西走。入学してから一番スパイらしいことをしていたのではないかと思う――平均点を探るため。

 クルトは『感覚でやれよ』とか、天才にしか言えないことを言って呆れていたが、そんなんができるのはお前だからである。



「心做しか胃が痛いわ」

 わたしは深くため息をつきながら、しかし公爵令嬢らしく背筋を伸ばして、廊下に張り出されているという成績順位表を目指して歩いていく。成績上位三分の一までが張り出されるとのことだったので、わたしの得点目標はその張り紙の下から二番目くらいであった。

「まあ、お労しい……大丈夫ですか? ユリア様」

「ええ、ありがとうアイリーンさん。わたくし、恥ずかしながらたくさんの科目のお勉強って慣れていなくて。礼儀作法やシルヴィア史であれば得意なのですけれど」

「ユリア様なら大丈夫ですわ! それに、王妃殿下になられるのであれば何より大切なのはシルヴィア史! それを優先なさっていたユリア様は間違っておりません!」

「あら、ハンナさん。そう言っていただけるとわたくし、肩の荷が降りた心地ですわ」

 おほほ、と優雅に笑ったところで、わたしは廊下のある地点に人がわらわらと集まっていることに気がついた。

「あそこね。行きましょう」

「ええ」

「はい!」

 カツコツとヒールの音を鳴らし、人だかりに近づいていく。すると、わたしが何を言うまでもなく、人波が割れていった。うーん、悪役令嬢っぽい。

 難易度の高い任務を前にした時のように緊張しながら、下から順に自分の名前を探していく。一番下、二番目、三番目……アレッ、ない!? なくない!?

 焦りながらさらに上へ上へと見ていくと、下から十番目くらいの位置にわたしの名前があった。……あちゃー、やりすぎてしまったか。

「まあユリア様、すごいですわ!」

「優秀者の中に入っていらっしゃるではありませんか。お忙しいのにこの成績。素晴らしいですわ」

「あ……ありがとう」

 ハンナとアイリーンが口々に褒めてくれるので、なんとかお礼の言葉を口にする。ハンナはランク外だったようだが、アイリーンの名前は順位表の真ん中辺りにあった。あなたこそ凄いわと褒めると、アイリーンは「学問が趣味のようなものですから」とはにかんで謙遜した。可愛らしい。

「あら! ご覧になって。クルト様、シャルロットさんに続いて二位だわ」

 ハンナの言葉に、わたしはハッと我に返る。

 ゆるゆると顔を上げて順位表を確認すると、確かにシャルロット・マグダリアの下にクルト・アーレントの名前がある。さらにその少し下にレオナルドの名前が。おお、優秀なんだな、ハンナの婚約者は。

「剣技や格闘でも素晴らしい成績なのに、座学でも優秀だなんて! 素敵だわ」

「ええ本当に。生徒会役員にスカウトされるかもしれませんわね」

「……」

 きゃあきゃあと黄色い声を上げるお嬢様方を見ながら、わたしはなんとも言えない気持ちになる。

 クルトは『ほどほどに目立つ』の宣言通り、剣技を始めとする護身術の実技でも、そして座学のどの教科でも、上位五人以内に入っているようだ。確かに剣術の授業の時もかなりキャーキャー言われていた気もする。

 話を聞くに、貴族である令嬢たちのプライドを傷つけないような配慮をするところ、王子様のような恭しい態度などもポイントが高いようだ。まさしく、ジゴロもびっくりである。

「生徒会役員……確か、全体成績が優秀な方がスカウトされるのでしたわね。それなら、たしかにクルトさんが選ばれる可能性もあるのかしら」

「ええ、クルト様は平民ですけれど、成績優秀で先生方の覚えもめでたいとお聞きしますわ。学年主任のデニス先生も絶賛していたとか……!」

 わたしの呟きに、ハンナが目を輝かせて応える。よく知っているな、この子。

 しかし、生徒会か。

「それって、シャルロットさんもスカウトされるのかしらね」

 わたしがぽつりと呟くと、ハンナとアイリーンの空気が固まった。……えッ、何?どうした?

「っそれは……」

「ええと……」

 あからさまに吃る二人に、何事? と内心慌てていると――「すみません」と無駄に涼やかな声が響いた。

 途端、アイリーンとハンナが勢いよく声の方向を振り返り、キャッ、と声を上げる。

「クルト様……!」

「ああ、お話を遮ってしまって申し訳ありません、俺、少し順位表を見たくて」

「とんでもないですわ!」

 ハンナが飛び退くようにして道を開ける。クルトは「こいつ誰?」と思ってしまうような爽やかな笑顔で「ありがとうございます」と頭を下げると、順位表を見に行かんと、顔を向こうに向ける、その刹那。

 一瞬だけ、目が合った。

 音もなくクルトの唇が動く。必死で目で追うと、彼の口は『あとで話がある』と動いた。

 いったい、何を話すと言うんだろうか。

 訝しく思いながらも、わたしはそっと首を縦に振った。


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