第4話
*
――そうしてわたしの相棒となり、同時に叔父からの正式なスカウトを受けて零課の一員となったクルトは、メッキメキとスパイとしての技能を伸ばしていった。わたしは三年先に訓練を始めており、しかも中身が十八歳だというのに、秒でありとあらゆるスキルレベルを追い抜かされた。……まァ端的に言ってクルトは天才だったのである。
しかも、だ。引き取られたばかりはガリガリに痩せていたくせに、スパイとしての体づくりのためにもモリモリ食べて育っていくと、クルトは驚くほど美しい少年に成長した。今では、ひとたびハニートラップをさせれば、その美貌と話術でジゴロもびっくりの手腕を見せるほどである。
兄や父や自分の顔(悪役令嬢ではあるが、わたしの顔面偏差値は一応美少女といえるレベルだ)で慣れていなかったら、一緒にいるうちにわたしもうっかり落とされていたと思う。
「……ユリア、さっきから何ボーッとしてるんだよ」
「いや、別に。ボス、遅いなあって思って」
ぼんやり回想に浸っていると、再びクルトからツッコミが入ったので、軽く誤魔化しておく。報告を上げるはずのボス、つまりは叔父がいないのは確かなので、クルトは「確かに」と、一応は納得したように頷いた。
「もうすぐ帰還なさるんじゃないかい」
黒いソファに身を沈めたままのレイモンドさんが、くつくつ笑いながら言った。
ややあってから、彼は不意に僅かに顔を上げた。そして、片目を瞑って「ホラ」と視線だけを扉に向ける。
……と、同時に。
ギイと重い音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。
わたしたちは弾かれたように背後を振り向く――ノックなしで零課の本拠地に足を踏み入れることが出来るのは、この世でたった一人だけだ。
「お疲れ様です、ボス」
「ああ、帰っていたか。ユリア、クルト」
無感情な声でそう言ったボス――ライナス・ヴェッケンシュタインが、かぶっていた帽子を取った。
……帰ってきているなんて、全然気が付かなかった。零課末席のわたしどころか、若きエースのクルトでさえも。
憲兵総局のスパイは、普通の人間相手ならその足音が聞こえなくとも、ある程度距離が近ければ気配でわかるように訓練されている。
さらに、たとえドアで隔てていたとしても、たった数メートル先に誰かがいれば、そうとわかるように訓練されているのが零課のスパイだ。
……しかし、わたしたちはボスがすぐそこまで来ていることに、全く気づくことができなかった。
(相変わらず叔父様、『零課のボス』してるよね……)
バケモンの親玉はバケモンというわけだ。
唸るわたしたちを横目に、ボス――叔父は「火薬の臭いがするな」と呟きながら、コートの裾を翻して奥のデスクへと足を進めた。「レイ、お前が何かしたのか」
お気づきになりましたか、とレイモンドさんが両手を広げて笑う。
「実践で発明品の実験をしたんです。いやあ優秀な後輩が協力してくれて助かりましたよ」
「程々にしておけ」
叔父が感情の乗らない声で一言そう窘めると、レイモンドさんは朗らかな笑顔で、「ハァイわかってまあす」と応えた。……本当にわかっているんだろうか。
「さて、ユリア、クルト。任務ご苦労だった。早速だが報告を聞こう」
「ハッ」
デスクに座った叔父がわたしたちに向き直り、改めてそう言ったので、わたしたちは揃って姿勢を正した。
……ちなみに、わたしとクルトで行ったツーマンセルの任務ではあったが、部隊長はクルトである。そのため、クルトが部隊長として、今回の潜入任務で知り得たいくつかの情報を簡潔に報告していく。
やがて全てを聞き終わり、デスクに頬杖をついた叔父は、「ふむ」と言って眉を寄せた。
「……やはり王弟派の貴族の動きが目につくな」
「ええ」
神妙な表情でクルトが首肯した。
――今回の任務は、エルンスト殿下を支持している貴族達が主催する秘密の夜会に潜入する、というものだった。
エルンスト殿下は陛下の年の離れた弟君であり、現在、第一王子のハインツ殿下に続いて第二位の王位継承権を持つ王族だ。公爵位を持つ彼は法律と政治に明るいことで有名であり、次の王にと望む貴族も多い。
一方、現在十七歳、王立学園の第二学年であるハインツ殿下は、学園卒業までまだ時間があるということで立太子はされていない。そのこともあってか、エルンスト殿下を支持する派閥とハインツ殿下を支持する派閥は長きに渡って睨み合いを続けている。
もちろん、憲兵総局及び零課は中立な部署であるのだが、最近はそうも言っていられなくなってきた。なんとエルンスト殿下を支持する貴族の一部に、裏社会、しかもヴェルキアナの組織と通じている者がいるという情報が入ってきたのだ。
そして、その内通者である貴族が主催していると思われるのが、今回の潜入先――夜会を装った人身売買会場だったというわけだ。
「人身売買の元締めをしていた王弟派の貴族どもは特に抵抗もしなかったので、憲兵に引き渡しました。……ですが恐らく、今回大人しく捕まった輩は蜥蜴の尻尾でしょう。黒幕がいるはずだ。例えば、」
「――王弟本人が裏で糸を引いているのでは、とでも言うつもりかクルト。余計な先入観は目を曇らせるぞ」
「……申し訳ありません」
硬い声ながらも謝罪の言葉を述べ、クルトが頭を下げる。
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