第3話
*
わたしがクルトと初めて出会ったのは八歳の時だ。
その時のわたしは、ようやく零課の訓練に適応できるようになってきていた頃で――レイモンドさんではない先輩の指揮の下、ここ一年で急激に成長したというある犯罪組織への潜入に臨んでいた。
憲兵に繋がりがある貴族がバックについている可能性があるから、と零課が請け負うことになったその任務の内容は、組織の内情についての情報収集。親に売り払われた少年『ユリウス』という設定を与えられたわたしは、犯罪組織のアジトの最奥、小部屋に閉じ込められていたクルトに出会ったのだ。
子どもたちが『客』を待つ間、一時的に閉じ込められる檻。
なんとかそこから脱出し、さあ情報を手に入れられる場所はないかしら……と、アジト内を彷徨っていたわたしが辿り着いたのは、鋼鉄の扉で鎖された小部屋だった。
わたしは何かに導かれるように、叔父からたたき込まれた鍵開けの技術を駆使してその小部屋に入った。
……そして、そこで、見つけたのだ。
鎖に繋がれ、がりがりに痩せててなお、生気を失っていない目をした少年を。
「誰だよ、オマエ」
彼はわたしを見るなり、開口一番そう問うた。躊躇いのない誰何に、戸惑う。
「わ……えっと、僕は」
「ガキだし……オマエ、組織の奴らじゃないよな。何者だ? この部屋、鍵が掛かってただろ。どうやって開けたんだよ」
「ええと、それは」
どう答えればいいのか、迷う。何せ、鎖に繋がれて閉じ込められている子どもがいるとは思っていなかったので。
正直に「思ったより錠が雑魚かったのでピッキングで開けました」なんて言ってしまっていいのだろうか。子どもがそんなことを言い出すなんて、確実におかしいが。
「攫われてきて逃げたのか? 悪いことは言わないから、早く戻ったほうがいいと思う。絶対あとから酷い目に遭うから」
「……そう言う君はどうしてこんなところにいるんだ」
自分は鎖に繋がれているというのに、ぶっきらぼうな口調でありがらも、こちらを心配する様子を見せる少年。
わたしが思わずそう尋ね返すと、少年は少し目を見開いてから、ふんとそっぽを向いた。
「……俺のことなんてどうだっていいだろ。早く逃げるか、戻るかしろよ」
「そういうわけにもいかないだろ。なんでこんなところにいるんだよ」
こんな小部屋に閉じ込められているところからも、彼が『ユリウス』のように『他に売られる』子どもたちとは一線を画した存在であることは明白だ。ならば、彼は犯罪組織に監禁されているということになる。
処分もされずに閉じ込められているというのならば、彼は組織にとって有用だから生かされているのだ――スパイとしても人としても、彼をこのままにしておくことはできなかった。
わたしが訊き出すまで動かないということを悟ったのか、彼はぎゅっと眉を顰めると、低い声で「俺はこの組織の道具なんだ」と言った。
「物心ついてすぐ母親が死んで、ずっと一人で生きてきた。でも一年前、下手を打って、俺はこの力を組織に知られて……捕まったんだ」
「力?」
聞き返すと、少年は僅かな逡巡ののち、言った。
「――俺、未来のことがわかるんだ」
「……え?」
「夢みたいな話だと思うかもしれないけど、嘘じゃない。『こいつの未来を知りたい』って思って人に触れると、そいつにいずれ訪れる未来が映像として見えるんだ」
どくん、と心臓が大きく鳴った。
背中に汗が滲むのを感じながら、わたしはなんとか口を開く。
「……それって、人に触ったら、その人の未来を好きに覗き見できる、ってこと?」
「好きに覗き見するのは、無理。映像として浮かんだ未来が何年後の未来かもわからないし、大切なことっぽいこともあれば、そうじゃなさそうなこともある」
「そう、なんだ」
――間違いない。
彼は異能者だ。それも、未来視の異能者。
異能は多くの場合万能ではなく、何かしらの『発動条件』や『制限』が掛かることが多い。彼の場合はきっと、その発動条件が『対象に触れること』であり、制限が『コントロール不可』なのだ。
そうか、だから彼はその力を買われてこの組織に捕まっているのか。
未来の情報を得ることができれば、それだけで大きな強みになる。
そして彼いわく、ここに連れて来られたのは一年前。
――で、あれば。ここ一年でこの組織が成長したのは、彼の力を利用していたからだったのだ。
(ならこの子は、まさしく情報の宝庫……!)
彼こそが組織が肥大化した鍵であるならば、この子さえ連れ帰ることができれば、任務は成功したも同然だろう。わたしの仕事はこの組織の内情の調査なのだから。
……何より彼が異能者なら、憲兵総局で保護できる。
スパイは私情で動けない。だから、同情だけでは彼をここから連れ出せない。
けれど、これだけの材料があれば――。
「逃げよう」
「はっ?」
そうと決まれば話は早い。
わたしは小部屋に飛び込むと、常備していた針金を取り出し、少年ににじり寄る。
「僕と一緒に逃げよう!」
「逃げるって……何考えてるんだよ。この枷が見えないのか? 逃げたくたって逃げられないの、見ればわかるだろっ」
「はいっ、外せた」
「……は⁉」
ガシャン、ガシャンと重い音を立て、鎖付きの枷が外れる。自由になった手足を見て呆然とする少年。
……やはり少年の力頼りにでかくなった組織だけあって、セキュリティが甘い。枷の鍵も扉の錠も、零課の中ではドベのわたしでさえ簡単に外せてしまうほどには甘い。とっとと少年を連れてお暇しよう。
少年は胡乱な目でこちらを見て、疲れたようにかぶりを振った。
「オマエ、ほんとになんなんだよ……」
「話はいいから早くおぶさって、そのガリガリな足じゃろくに走れないだろ! あと名前は?」
「クルトだけど……」
「そっか、じゃあ行くよクルト!」
「ってオマエは名乗らないのかよ――えっ?」
目を白黒させながらも文句を言っているクルトの手を掴み、無理矢理おぶろうとした、まさにその瞬間だった。不意に、クルトが裏返った声を上げた。
反射的に手を離して振り返ると、彼はわたしを見て、ひどく強張った顔をしていた。
「……クルト?」
「オマエ……貴族のお姫様なのか」
「えっ」
目を見開き、どうして、と聞こうとしてはっとする。
まさかこの子、わたしの未来を視たのか!
クルトは強張った表情のまま、真っ直ぐわたしを見る。
そして、微かに震える声で、言った。
「オマエこのままだと、死ぬぞ。首をはねられて」
「……!」
彼が告げている未来は、断罪後の死に方の話か。
首をはねられて死ぬということはつまり、公開処刑で死ぬということだ。大罪を犯した者だけに適応される処刑方法に、わたしはごくりと唾を飲み下す。
「お、おい、大丈夫か? 別に俺が見る未来は確定じゃないから、変えようと思えば……」
「クルト」
「な……なんだよ」
「僕は……いや、わたしは必ず君をここから助け出す」
告げられた未来は恐ろしかった。
断罪イベント後に死ぬことは、半ばわかっていたことだった。けれど、いざ改めて他人から突きつけられると、こうまで身体が震えるらしい。
……だが。
「だからその代わり、一つだけお願いがある」
彼が、いれば――。
わたしの真剣な様子を感じ取ったのか、ややあってからクルトが口を開いた。「なんだよ」
「わたしが未来を変えるための、手助けをしてほしい」
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