転生勇者を甘やかしたい! ー 固有スキルスーパー甘々タイムでがんばり勇者様を愛情たっぷりトロトロにしちゃいます!
冬寂ましろ
第1話 甘えていられないのに
父に蹴られたはずみで扉にぶつかり、そのまま外へ転がり出た。冷たい刺すような雨と嫌な匂いの泥にまみれる。蹴られた胸から失われた空気を求め、僕の体は苦しみもがいた。父が追いかけて外に出てくる。
「クソが。ああ、なんだそれ? お前まで逆らうのかッ!」
父の怒声で前を向く。ジロが小さな体のくせに、毛を逆立て牙を剥き、父を威嚇していた。よほどそれが気に食わないのだろう、父は腰にぶら下げてたナイフを取り出した。
ジロが殺されちゃう!
僕はとっさに駆け寄り、慌ててジロを抱えて丸まった。
「あのアバズレ。こんな縁起でもない赤髪のガキを俺に押し付けやがって。ぶっ殺してやる!」
父が腹いせに僕を蹴る。何度目かで脇腹を蹴られたときは吐き出しそうになった。歯を食いしばり、必死に我慢する。少し嫌がって逃げ出そうとするジロをしっかり抱きしめる。蹴られるたびに、痛みより悔しさが瞳からあふれていく。
僕は耐えた。守るために。
これじゃ転生する前の世界と同じじゃないか…。なんで…、こんな…。
「なんだ、てめえ?」
父が蹴るのを止めた。恐る恐る顔を上げると、そこには僧侶の姿をしたお姉さんが立っていた。ゆっくり白いフードを脱ぐ。長い髪がさらりと現れた。能面のようにニコニコ笑っている。表情を変えない顔へ雨が滴る。
「これは我が家のしつけなんだ。口出すな。ぶっ殺すぞ!」
父がそう怒鳴ると、その人は拳を握った。水滴を撒き散らせながら父の顔面にそれが突き刺さる。膝からくずれていく父。潰れた鼻に手を当て呆然としている。
「てめえ…」
「バインド」
お姉さんの言葉で、濡れた地面から無数のツタが出て父をその場に縛りつける。その姿は、まるでカエルのようだ。
「おいおいおい。なにしてくれてんだよ。こりゃ。犯すぞ。犯しまくって血の泡を吹かして…」
「シャラップ」
父が口をもぞもぞと動かす。もう下品な言葉をその口から出せなくなった。
それはまぎれもなく魔法だった。
ジロを抱えて呆然と座り込む。雨粒が僕の顔を伝わっては落ちていく。
その人が僕の前にやってくる。白い僧衣が汚れるのも気にせず、その場でひざまずき、胸に手を当て頭を下げる。
「アマハラナオユキ様ですね」
「…どうして。どうして僕が生まれる前に生きてたときの名前を…」
「神託があったのです。この名を持つ者が勇者であると。魔王を倒し、人の世界を取り戻す者であると」
お姉さんが顔をあげる。
「申し遅れました。私は月皇教会でクレリックをしているファルラ・ファランドールと申します。ナオユキ様にお仕えするために、ここまでやってまいりました」
お姉さんは僕を安心させるように微笑みかける。
「つらかったですね。もう大丈夫です」
ジロが僕の体に頭をすりつける。気がついたように僕はじわじわと泣き始めた。少しずつゆっくり、声を上げ、そして嗚咽をもらしながら。お姉さんが僕を抱きしめる。ぎゅっと抱きしめて、優しい声で僕を安心させるように話しかける。
「甘えてもいいんですよ。転生勇者様」
→→→ 3年前 → 今 →→→
雨。冷たい。まとわりつく。外套を重くする。靴の中まで染み込む。不快感がみんなを黙らせる。
雨に降られるたびに、どうしても3年前のあの日を思い出してしまう。ここにいるファル姉と初めて会った日のこと。泣いたこと。笑ったこと。あれからいろいろあったけど…。
「考えことをしていると危ないですよ、ナオくん」
ファル姉が小声で言う。微笑んではいたけど、声は緊迫していた。
僕たちは山の中を駆け降りていた。雨粒が僕たちの顔を打ち付けては滴り落ちていく。山の木々は黒い枝を無造作に張り巡らし、苔むした大岩が行く手を阻む。木の根や突き出た石が雨に濡れていて、何度も滑りそうになる。あたりは白い靄に包まれ、どこかに消えていなくなりそうな雰囲気を作り出していた。それは幻想的なものではなく、僕たちの命を奪いに来る冷酷な景色だった。
僕たちは追われていた。…違う。狩られているんだ。
生まれ故郷の皇国から旅立つとき、願って仲間になった剣士と魔導士が僕らの前を行く。ファル姉が閃光の剣姫と世にうたわれたその人にたずねる。
「メルルク、あといくつ?」
「10…」
ぎゃっという声が2回後ろで響いた。
「8になったねー」
ファル姉がうなづく。それは僕たちはまだ走り続けないといけないということだった。ジロが背中に背負った袋の中でもぞもぞと動く。「待っててね。もうすぐだよ」と声をかけてやる。そこだけは少し暖かい。
ヒドゥンという魔法で、できるだけ見つからないように森の中を移動しているけれど、魔族は何匹もいて、それが狩りの猟犬役をしている。どこにいるかは互いにわからない。でも数の多い魔族のほうが有利だ。うっかり出くわしたら、すぐ仲間を呼ばれてしまうから。そうなると僕たちも苦戦するだろう。だから魔法で作った罠を仕掛け、できるだけ敵の数を減らす。それが魔族たちを焦らせる。
人の微弱な魔力を探知するファインドという魔法は、自分の居場所を知らせることにもなる。だから我慢比べだ。じりじりとした焦燥感に負けた者から死ぬ運命にある。ほら、またひとり。
「右斜め前」
ファル姉が鋭く言うと、敗北を知らない天才美少女大魔導士と名乗るネネが、弓をつがえるような動作を素早く行う。
「ライトニングアロー」
走りながらそう言うと、見えない弓で透明な矢を放つ。それは青白い細い雷となって現れて、糸を引きながら木陰に吸い込まれていく。すぐにぐぇっという短い悲鳴がした。
少し平坦になったところに差し掛かると、ファル姉がみんなを止める。
「待って。かなり大きい」
「どれぐらい?」
「全部はわからないけれど、たぶん高位魔族クラス…」
「僕が行きます」
腰の剣を握りしめて言う。ファル姉は何か言いたそうだったけれど、メル姉が助け舟を出してくれた。
「じゃ、あーしもお供しようかな。にしし」
ダークエルフの黒ギャルという僕から見たらよくわからない姿をしているメル姉。セーラー服ぽく見えるのは生まれたところの民族衣装らしい。それでも腰に下げた2本の細い剣に手をかけたその姿は、僕らには一番安心できる存在だった。
「ナオくんは、ただの斥候ですからね。危ないことしちゃだめですよ。メルルクも頼みましたよ」
「ふぁーい。ファル姉さんはほんと心配症なんだからー」
言葉と裏腹にメル姉は剣から手を離さない。
「いこっか。ナオくん」
「…はい」
僕たちは歩きだした。少し行くと大きな岩があって先が見えない。いつ襲撃を受けてもいいように、じりじりと進む。ふいに大きな黒い木の陰からひとりの男が出てきた。
「あー、やっときた。待ちくたびれましたよ。まったくうっとおしい雨ですね。いやあ、まいった。これではタバコも吸えやしない」
その男は赤黒い外套を着ているだけで、何も手にしていなかった。帽子を脱ぎながら彼は僕らにお辞儀する。
「あー、これは無作法でしたね。よく言われるんです。私は魔王軍虐殺軍団一等殲滅官ルフィカールと申しまして」
その魔族の男が頭を上げる。
「ありていに言えば、あなたたちを殺す人なんですよ」
残忍に愉快そうに笑う。
メル姉がそんな男に軽蔑感丸出しで言う。
「うわ。ひくわー。なにその自己紹介。それで高位魔族なんでしょ?」
「あはは。そうなんですよ。私、こう見えても高位魔族なんです。森のお散歩は楽しかったですか? そろそろあなた方、『這い寄る冒涜者』や『蒼白な魂吸い』とか低俗な魔物をやっつけるにも飽きてきた頃だと思いましてね。だから出てきたんです」
「へえ、親切なんだね」
「ええ、親切なんですよ。親切過ぎてうっとおしくなる人っていますよね。よくそう言われました。あんまり言われるもんだから、そいつ殺しちゃいました。せいせいしましたよ」
「それはまた」
メル姉がかまえる。手にかけた剣をいつでも抜ける体制を取った。
「そうそう、青いひまわりでしった? あなたたちが探してるやつ。あれって見つかりましたか?」
「さあ、どうかな」
「見つけていたら我が君、我が魔王アルザシェーラ様が欲しいとおっしゃられているんですよ。
いやあ、まいりました。本当に困ったお方で。他の魔王からは狂王って言われてるんですけど、なかなか言えてまして。私なんかいつも苦労させられて。逆らった幹部を皆殺しにしてきたりとか、他の魔王に仕える13氏族たちにいやがらせしたりとか、そんな仕事ばっかりで嫌になりますね。
たまに同僚と一緒に人のはらわた引きずり出してゆっくりと殺すんですけど、それぐらいしか癒しの時間がなくて。お酒飲みながら人の悲鳴を聞くぐらいしか楽しみがないんですよ。あー、こんな話、つまりませんよね」
「そうでもないよ」
「いやいや、もうやめときます。あなたのお仲間が何か詠唱しているようですし」
「ああ、それって無駄になっちゃうから。とりま殺しちゃうし」
「あはは、なんですかそれ。もう一度言ってくれますか?」
「お前を殺してやるって言ったんだよ。耳まじタコか!」
「いいね、いいですね!! それですよ!!」
魔族の男が大げさに手を叩いて喜ぶ。
「その強がり、最高です。もっと聞かせてくれないと困るな。さあて。みなさん出番ですよ」
木々の隙間にある暗闇から産み出されるように魔物がぞろぞろと出てくる。
メル姉が僕を守るようにそばに立つと、とたんに文句を言う。
「『戦墓の騎士』に『一縷の望み喰らい』かー。よく飽きないね。剣士にアンデッドとはなんかこう当たり前すぎない? まあ確かに近接は避けたいけどねー。でも、そうも言って…」
一瞬メル姉が黙る。刀を鞘に納めた音だけがした。いつのまにか僕のすぐ横にいた骨がはみ出ている騎士がいることに気がつく。それは瞬く間にバラバラになって崩れ落ちた。
「めんどいな、もう」
メル姉が動く。わずかな間に、周囲に近づいてきた数十体のアンデッドがなぎ倒された。
「にしし。…あれ。ありゃりゃ。まあ、そうなるよねー」
倒されたアンデッドがもぞもぞと動き出す。切られた手足や肉片が無造作に繋がって、人とも獣ともつかない、でたらめなものが起き上がる。それがアンデッドとは思えない速さで、メル姉を殴りつける。何事もなかったように避けるが、何度も殴ってくる敵のせいでメル姉が僕から離れていく。
「んにゃろ。あ、ちょっと、ナオくん!」
僕たちを分断するように、魔族の男が現れる。
「さて、勇者ナオユキくん。私は君をダンスに招待したいんだ。受けてくれるかな」
「私の勇者君は、あんたじゃ釣り合わないよー」
「それはそれは。殺したいほど好きなんですが。困りましたね…」
僕は剣を抜く。ふざけた魔族に対して、メル姉からもらっただいじな剣をかまえる。
「なるほど。それでは私も剣を出すとしましょう」
大げさな仕草で胸に手を当てる。体をそらしながらその手をゆっくりと上げていくと、そこには細い剣が握られていた。
「種も仕掛けもございませんッッッッ!」
「メル姉! 僕がなんとかします!」
「なんとかなるんですかね…。そうなるといいですね!」
魔族が剣をふるう。僕はそれを受け流しては切りかかる。剣先から雨のしずくが飛び散る。剣が切り結ぶ鋭い音だけが山中に響いていく。
「僕だってやれるんだ!」
「確かに剣筋はいい」
頭からまっすぐ振り下ろされた魔族の剣。僕は剣に両手を添えてそれを受け止める。
「でも、甘やかされすぎでは!」
それを狙っていたようにお腹を思い切り蹴られた。勢いで山の斜面を落ちていく。
「まったく。剣術と殺し合いを間違える輩は結構いるんですよね。あなたみたいに」
魔族の男が倒れてもがいている僕を愉快そうに笑う。僕は横に転がって立ち上がると、敵に向かって走り出した。
「ほう。捨て身ですか?」
突っ込んでくる僕を刺し殺そうとして、魔族の男が剣を前に鋭く突き出す。その剣先をかすめるようにして僕は体をかわす。そらした体を戻す反動で剣をまっすぐ伸ばす。必殺必中のカウンター。雷撃と呼ばれるメル姉の必殺技。
「メル姉が教えてくれたんだ!」
魔族がそれを笑う。
「もうひとつ剣がありますよ。ほら、ここに」
突然目の前にもうひとつの剣が迫る。鋭く尖った剣先が僕の額に向いている。
「あは。とんだ甘ちゃんだ。死ね」
まばたきすることすらできなかった。剣が刺さる感触に身構える。
そのとき、ふいに体が空に浮かぶ。
「よくがんばったね。えらいぞナオくん」
ひょいと持ち上げられた。空中で笑うメル姉と目が合う。
「ちょっと、メル姉!」
「えらいけど、私もいるんだから。ひとりで何とかしようとしちゃダメだぞ」
「それでも…、僕だって!」
「大人たちに見捨てられたナオくんだけどさ、もう私たちがいるんだよ」
「わかったよ、メル姉…」
「よしよし、かわいい奴め」
メル姉は僕を抱えたまま空中に小さい魔法障壁を作って蹴り続ける。僕をぎゅっと抱きしめると、耳元で凛とした声で言う。
「スキル発動。スーパー甘々タイム!」
雨が退く。冷たさが消える。陽の光のような温かい魔力の流れが僕たちを包み込む。
「うひー、この匂いさいこー。たまらんちっ」
メル姉が僕の頭を頬ずりしながら、スンスンと匂いを嗅いでいく。
「メル姉、恥ずかしいよ…」
「ほっとけ、ほっとけー。甘えていいんだよ、ナオくん。ほら気にせず甘えて。いいから。ね」
それはなんだか悔しい気もしたけれど、僕はメル姉をぎゅっとつかんだ。目をゆっくりと閉じるメル姉。
「よしよし、いい子だね。ナオくん、好きだよ…」
地上では魔族の男が業を煮やしていた。僕たちに手を掲げて、クリムゾンアローを連射する。それらはどれも軌道がそらされて当たらない。
「ぬう、固有スキルですか。めんどくさいですね。スケルトンドラゴンでも召喚しますか」
「やれるもんならねー」
メル姉が空から飛び降りる。
「速攻っしょ!」
地面についた着地した瞬間に、何百体というアンデッドがたちまちなぎ倒される。僕からヒールとさまざまなブーストを与えられたメル姉は、地上最強の剣士になった。
僕はそのあとで慌てて空から降りると、自分の剣をかまえた。メル姉がそんな僕の頭をがしがしっとなでる。それから剣先を魔族の男に向ける。
「にしし、次はあんたって感じかな」
「はあ? 誰が…」
メル姉が動く。一瞬で男の横を通り過ぎる。
すぱりと切られる…はずが、なんともない。
「あ、あれ? 手ごたえがない」
「あは。私はひとりで何でもできるんですよ。勇者君と違いましてね」
魔族の男がパンっと手を叩き、それを広げる。
「さて、どれでやりますか? 戦斧、こん棒、大剣、それから…」
空中からたくさんの武器が表れる。ぼこぼこと、それが地面に突き刺さっていく。
「私にはアルザシェーラ様のお力で武器が当たらない加護があります。何も当たりません。あなたたちは、これみんな使っていまから八つ裂きにしていきます」
魔族の男がにんまりと残酷に笑う。
「一方的な虐殺はとても楽しいですね…」
チリン…。
チリン…。
清らかな鈴の音が山に響き渡る。メル姉によってバラバラにされたアンデッド達が一斉に苦しみだした。体の大きなものから次第にもろもろと崩れ出していく。
「ばかな、このあたり一体を全部浄化したのか! くそ、アンデッドが再生できない…。大司祭級のクレリックか!」
「ファル姉!」
ファル姉が手に小さな鈴を持ち、それを鳴らしながら僕たちに近づいてくる。
「ごめん、ナオ君、メルルク。ちょっと結界の構築に手間取って…」
「大丈夫だよ、ファル姉」
「あーし、ナオくんのスキル使っちった。ごめんー」
「いいわよ。それだけのことがあったのでしょう」
ファル姉が魔族の男に微笑みかける。
「さて、口数が多い魔族さん、どう? 瘴気がないからつらいでしょ?」
魔族の男が手を広げて楽しそうに言う。
「あはは。それがどうした。私自身はぴんぴんしてますよ? 瘴気だってほらまだこんなに…」
メル姉がその先を言わせないように切り込む。高速で打ち込まれる剣がたくさんの火花を散らす。ファル姉もバインドをかける。何百本もからまるツタごとメル姉に切られるが、それでも魔族の男はびくともしない。
「たいへんですね。まあ、無駄だと思いますよ」
僕は見逃さなかった。
「メル姉、ファル姉。攻撃が当たるとき一瞬空気が揺らいでた!」
「空間転移系の魔族か!」
「ええー。あーし、何度も斬ったのになー」
魔族の男が嬉しそうに笑う。
「あは、バレました? あなたたちに勝ち目がないことが、これでわかるといいんですが。さて、どう殺しましょうか」
近くに落ちている鉄のこん棒を拾う。とたんに禍々しい色に染まっていく。
「まったくめんどくさいですね。手の内を見せるのは本当に好きではないのですが。まあ殺してしまえばかまわないでしょう。とりあえず撲殺しておきますか。その甘えん坊を」
メル姉とファル姉が僕をかばうように前に立つ。魔族の男と対峙する。
メル姉とファル姉はやさしい。ずっと僕にやさしい。僕はそんな人に甘えている。守られずに、守れる力が欲しい。僕がみんなを守れる、それだけの力を…。
「ヒーローは最後に遅れてやってくるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
ネネの絶叫が山に響く。森の木々がその声でかすかにゆらめく。
「なんだ?」
ネネが崖から飛び降りて、僕たちの前に現れる。
「お待たせしました。天才美少女大魔導士の私が来たからには、もう大丈夫です」
「ネネ!」
「まあ、発動に時間がかかるのよね、あれ」
「まったくもう、あーしはハラハラしたよ…」
メル姉が剣を鞘に納める。
「おい、お前ら。なんだそれは」
ネネの声がまた森に響く。
「来い! 月喰いの狼よ!!!」
アオーンッ……。
アオーンッ……。
森のあちこちからオオカミたちの声がこだまする。
魔族の男がうろたえてあたりを見回す。
ネネが手を前に素早くかがげる。
雨粒が止まる。すべてのものが止まりだす。黒い点が現れると周囲の光を吸い取っていく。じわりと大きくなったそれをネネはつかみ取り、大声で詠唱する。
「我に従うは咆哮の王者なり!
戦慄せよ!
観念せよ!
そして見よ!汝の滅する姿を!」
右手を一振りすると、巨大な黒い剣が現れた。
「ヴォルザッパァァァー!!」
オオカミの鳴き声とともに剣が横に斬りぬく。すさまじい黒い閃光がほとばしる。それは圧倒的な魔力を放ちながら、魔族の男を周囲の木や岩ごと切り裂いた。巻き起こった強烈な風で、木の葉や小石が空高く舞い散っていく。
それでも魔族の男は、そのままの姿でそこに居た。
「あれ、あれっ。あはは。切れませんよ、ほおら。
どうやら、奥の手を見せていただけたようですし、そろそろぶっ殺しちゃいましょうかね。楽しい悲鳴をたくさんあげてもらって…、あれ?」
魔族の男が片膝をつく。
「な、なんだこれ」
ネネが見えない血を払うように黒い剣をさっと一振りする。すると黒い剣はすぐに小さくなって消えていった。
「お前がこの世界に生きているという因果を噛み切った」
「え、私、死んじゃうんですか、やだなあ、ぐふッ。ま、魔界に帰れば…。あ、あれ? 帰れない。なぜだ。どうしてだ!」
魔族の男が慌てる。自分の剣をつかもうとするが、その手が白い灰になって風に舞う。
「くそっ、バカな。せめて勇者だけは…」
僕に駆け寄ろうとするけど、両足が崩れて前から倒れていく。残った手を必死に伸ばすけれど、指先から崩れていく。
「そんな…。いやだ…、死にたくない…」
「ごめんなさい、ルフィカールさん…」
「そんな顔を私に向けるなァァァァァァァ!」
消えていく。魔族の男は灰となり風に散っていった。
僕はネネに振り向く。
「ネネ、ありがとう」
「ま、私は天才なので。敗北することは私が許しません」
ネネはそれだけ言うとぱったりと前から倒れた。
ファル姉がネネに近づく。
「魔力切れだね。いつものことだけど」
「まあ大技過ぎるからねー。仕方ないかなー」
メル姉がのんぴりと言う。
ヴォルザッパーで斬られたせいか、雲の切れ目から光があふれだしてきた。
「晴れてきました」
「お、いいねえ。いい天気じゃんー」
「ネネのおかげだね」
3人で笑い合う。ネネだけが不満の声を地面にうめいていた。
近くの大きな木のそばに、着ていた外套を敷く。僕がその端っこに座ると、メル姉が抱えていたネネをそこに寝かした。ネネの頭を僕の太ももに置いてあげる。愛用している丸メガネをそっと顔から外してあげた。
やっと外に出られたジロが伸びをする。それからネネの顔を舐めだした。
「痛い痛い。ざりざりしないでください。…なんですか、この状況は。これじゃいつもの逆…」
僕はネネの頭を優しくなでてあげる。さらりとした黒髪の感触が、どこか懐かしい気分にさせてくれる。僕と同い年って言ってたけれど、僕よりずっとすごいな…。
「ナオユキ、私は不機嫌です」
「ほら言って、ネネ」
「なんで他人に言わせないと、ナオユキの固有スキルが発動しないんですか。マジで頭おかしいですよ」
「それは…、その…。転生するとき、そのほうがいいって女神様に言われて…」
「じゃ女神のほうが頭おかしいですね。良かったですね、ナオユキ。頭おかしくなくて」
「もう。ツンケンしないで欲しいな」
「じゃ、どういえば言いんですか。教えてくださいよ。どうせ私は…」
メル姉が頭を掻きながらイライラしている。
「ああもう。じれったいなあ。ちょっとやらしい雰囲気にしちゃうぞー」
「そ、それはまだ心の準備が…」
「早く言ったほうがいいと思うんだ、お姉ちゃんは。素直になりなよネネ」
ファル姉に促されて、渋々ネネはその言葉を言う。
「…スーパー甘々タイム、発動」
しゅるりと温かい魔力が僕たちを包み込んでいく。僕はまたネネの頭をやさしくゆっくりなでてあげる。ネネがぷんすかと怒り出す。
「あ、あくまでこれはヒールの一環としてですね…」
「そうだね」
「まったくよこしまな心はないわけで。ごく一般的な人助けの行為としてですね」
「そうだね」
「もう。頭なでるのやめてくれます?」
「あ、ごめんつい」
「まあ、悪くはなかったですけど…」
ファル姉とメル姉が、ニヤニヤしだす。
「青い春ねえ」
「にしし。ネネったら顔真っ赤だぞー」
「み、見世物じゃありません! お金取りますよ!」
あははってメル姉と僕が笑う。くすくすとファル姉が我慢しながら笑う。ネネもすぐつられて笑い出した。久しぶりに笑えた気がする。僕は気持ちいい風に吹かれながら思う。こういう日が続けばいいのにな…。
→→→ 勇者 → 魔族 →→→
魔力の痕跡を追って森を分け入るもうひとりの高位魔族。いくつか小さな崖を越えたその先に、小枝にひっかかった口を見つけた。
「おやおや。これはこれは」
「ああ、よかった。ほんとによかった。ねえ、助けてくださいよ。同僚のよしみでなんとかしてくださいよ。ギュネスさん」
「ぷふ。ルフィカール、なんですか、それ。そのまま滅びていればいいのに」
「いやですよ。魔族であっても死ぬのはいやなんですから」
「この世界で生きられなくなったからって、自分をあわててアンデッドに作り替えたのでしょう? 死人に口なしって言うし」
「口、ありますよ。売るほどありますよ。だから助けてくださいよ。アルザシェーラ様の前にこれじゃ出られませんよ。ギュネスさんも笑われちゃいますよ。ねえ、一緒に高位神官のはらわたをぶちまけた仲じゃないですか。ねえ」
「…うるさいな。そうやって、いつも口だけじゃないか。ああ、いまは口だけか」
「そうなんですよ。私の根源はこの口。口で存在すると言ったものを生み出すだけの哀れで、か弱い魔物なんです」
「嘘つきめ。何が空間転移系の魔物だ。剣が当たらない加護? お前の頭はガキか。わざと空気を揺らがして勇者たちを間違えさせてたのは、まあ愉快だったけど」
「見ていたなら助けてもいいと思うんですよね」
「ふーん。助けてほしい? 因果がないからまた生者に戻ることはできないよ」
「口だけでは心持たないので…。どこか適当なアンデッドに張り付けて欲しいなと。あとは適当に乗っ取りますから…」
「しょうがない奴だね」
「恩に着ますよ。それじゃ…」
「…とでも言うと思ったのかな?」
ギュネスはさも楽しそうにニヤリと笑う。
「ギュネス…」
「ぷふふ。ああ顔があれば見たかったな。どんだけ顔を歪ましていたことだろうね。そのままじゃ口がねじ切れちゃうよ」
「…お願いしますよ」
「私はお前のことなんか心底どうでもいい。あのクソ女をぶっ殺せればいい。さんざんコケにしやがったあのクソ女を」
「あれの誰かが標的なら私も殺すの手伝いますから…。一緒にあいつらのはらわたで縄跳びしましょうよ、きゃっきゃ、うふふと」
「…は?」
「あれ、僕なんかまずいこと言っちゃいました?」
「笑えないね。ああ。まったく、笑えない」
目を細めたギュネスが右手をゆっくりかがげる。
パチン。
指を鳴らす。その音が鋭く広がると、ギュネスは冷たく言い放つ。
「私は否定する。お前の存在を」
森が一斉にざわめいた。
「ひぃ、ちょっと、消え…」
はじけ飛ぶ口。周囲には血しぶきだけが残った。それすらも白い煙を上げて消えていく。それを見ながらギュネスは言葉を吐きつける。
「あいつを殺すのは私なんだ。私だけなんだよ。ひっこんでろ」
踵を返して近くの岩にどっかり座る。ギュネスは頬杖ついて思案しだした。
「さて…。ヴォルザッパーを見れた。あれなら私と相性がいい。たとえ神殺しの剣でも使う奴の詰めが甘いなら…。何度でもぶち殺せる。
ぷふふふ。早く見たいな。臓物を巻き散らかして苦悶するあいつの顔を!」
→→→ 魔族 → 勇者 →→→
晴れ渡った気持ちのいい山道を進む。開けたところに出たら、石造りの家が見えてきた。村の中に入っていく。人々が薪を割ったり、世間話をしているのが、ちらほら見える。
村の真ん中には小川がきらきらと流れていた。そこを渡る石橋の上でファル姉が立ち止まった。
「ここでちょっと待っててくれますか。村長か領事を探してきますから。顛末を話しておきます。林道沿いの魔族を一掃したのは、喜んでもらえるでしょうし」
「わかったよ、ファル姉」
僕たちは橋の欄干によりかかる。小川のすぐそばで子供たちが遊んでいるのが見えた。「私が勇者だー」と叫ぶ白いワンピースの子。木の枝を振り回し、ほかの子供たちとチャンバラしていた。
「楽しそうですね。ここにはまだ魔族の被害がないみたい」
「あーしも遊びたいなー」
ネネとメル姉がのんびり言う。僕はそれとは反対にいろいろ思ってしまう。あの子たちをルフィカールみたいな残忍な魔族から守りたい。でも、みんな僕を甘やかして前に出てしまうから、僕自身の経験値がたまらない。もっと前に出なきゃ。ルフィカールとの闘いだって…。そうじゃなきゃ僕はいつか仲間を失う…。
「勇者つええー」と叫びながら緑の半ズボンの子が走り出すと、子供たちが家の向こうへ走っていく。それを奇声を上げながら追いかける白いワンピースの子。そうだね。勇者は強くなきゃ。
あ、メル姉が戻ってきた。
「聞いてきました。みんなで領事のとこに行くようにと。ここからすぐのとこみたいです。でも、あまり歓迎されていないというか…」
「ま、行きますかー。ほら、そんな思い詰めた顔しなさんな、ナオくん」
「うん、メル姉…」
僕はただみんなについていく。それしかいまはできなかった。
そこはとても大きな屋敷だった。森の木々と石の塀に囲まれ、いまいち全貌がわからない。
「ネネ、ここ、すごいね」
「山奥なのにこんな…。大きすぎです」
「あーし的にはここに泊まりたいなー」
「エルルクさん良いこと言いますね。私も久しぶりに屋根のあるところで寝たいです。ナオユキもそうですよね?」
「そうだね、ネネ。ファル姉は?」
「襲撃に備えて入れ替わりで寝てたから、あんまり安らげませんでしたし。私もベッドが恋しいですね」
みんなが少し笑う。ファル姉について石塀の門の越えると、長い髪をくるりと束ねたメイドさんが、重々しい黒い扉の前でお辞儀していた。
「お待ちしていました。村の者から聞いております。奥の間にて領事様がお待ちです」
僕らは黙ってメイドさんについていく。建物の中はきれいに整えられていた。ところどころ控えめな絵が飾られ、野山の小さな花が飾られている。
何度目かの角を曲がったところで、豪奢な木の扉の前に止まった。メイドさんがトントンと扉をノックする。
「お連れしました」
「中へ」
扉を開ける。机の奥に白髪交じりの紳士が立っていた。
「みなさん、ようこそウルヴェンへ。領事のニルバス・ラグラーチと言います」
開いた右手を胸に当てる。この地方のあいさつだ。少なくても嫌ってはいないように見える。
「お名前を伺ってもよろしいですかな?」
「失礼しました。私はファルラ・ファランドールと申します。月皇教会から出奔してクレリックをしております」
「おお。後ほど屋敷の者に祝福を授けていただければ」
「はい、もちろんです」
「あーしはメルルク・エルクノール。剣士だよー」
「…もしや黒薔薇様では?」
「そうだけど。あれ、あーしはもしかして有名人すぎかな」
「ぜひ配下の者どもにその剣技を見せていただければ!」
「いいよ。いつでも!」
「ネネ・アルサルーサです。天才美少女大魔導士です」
「天…才…?」
「ナオヒトです」
「赤い髪…。ああ、偽物の勇者ですね」
ネネがぴくっとする。動こうとしたネネに「いいよ」と短く言って止める。
「こちらを」
ファル姉が胸元から金属の板を取り出して、ラグラーチさんに渡す。
「おお、皇国宰相閣下の印ですか。こちらは…。これはこれは。皇室の紋章印ではないですか。皇王陛下から下賜されたものですね。なるほど…。ありがとうございます。あなた方の身を信じましょう」
ラグラーチさんが少し打ち解けたように僕たちへ話しかける。
「いろいろお話は部下から伺いましたが、にわかに信じられなくて、失礼なことをしました。本当にイブリーン山脈からケルシグ林道を抜けてきたと?」
「はい」
「ファランドール様、あのあたりは魔物が多くて通行できないはずでしたが…」
「大方打ち倒しました。操っていた高位魔族もいたようですが、そちらも殲滅しました」
「そうでしたか…。おいハダラスはいるか」
一人の小男が部屋に入ってきた。
「お呼びで」
「林道を見てきてくれ。一つ目峠まででいい。こちらの方々が魔物を討伐したそうだ」
「え…、はい、わかりました」
小男が慌てて出ていった。
「さて…。困っていたのですよ。あの道は皇国へ通じる重要な交易路でして。もう1か月ほど通れず、仕方なしに援軍を呼びに行ったぐらいで。本当にありがとうございます。助かりました」
「いえ。魔王討伐へ行く道すがらですから。お役に立てたようでしたら何よりです」
「今日はどうかごゆっくり屋敷でお休みください。後ほど夕食をご一緒させていただければ」
「ぜひ、喜んで」
「おい、こちらの方をお部屋まで」
メイドさんが部屋に入ってきて、こくりとうなづいた。
「こちらのお部屋をお使いください。この扉を開けると奥に寝室がございます。御用がおありのときはお呼びください。それでは」
それだけ言うとメイドさんは一礼して部屋から出ていった。パタリとドアが閉まった瞬間、ネネがぶちぎれた。
「キーッ、何が偽物の勇者ですか! 黒薔薇とかみんな帝国側の言いかたじゃないですか」
「まあまあ。仕方ないよ、ネネ」
「あー、あーし聞いたことある。ここは元々帝国領だっけか」
「帝国の勇者が本物だと言いたいんでしょうね。彼らは」
転生勇者は僕以外にもいる。このアシェルカン大陸を二分している帝国と皇国。それぞれが魔族討伐のための転生勇者を擁立している。帝国の勇者は、僕より5歳も上で、王族に連なる身と聞いている。僕なんか貧民の出身で…。ファル姉がいなければ皇都ハインにすら入れなかった。
帝国は皇国より血統や体面を重んじる。勇者ですら貴族だ。だから長く仕えているものには、いろいろ配慮や支援がされる。僕は不思議に思ってファル姉にたずねた。
「どうして皇国側に? 帝国領のままでいたほうが、庇護も続けて受けられると思うけど…」
「ウルヴェンは表向き独立した都市ですが、古都ネフィリアへの交易の重要性から皇国がその独立を後押しした場所です。平和裏にですが」
「平和裏ね。どんだけ金をばらまいたんだか」
「ネネ。血が流れるよりはいいでしょう。それだけ欲しかった要衝なんです」
「だってですよ。ここから北に行けば6日で帝国領。東に行って山を越えれば10日で皇国領。西に海へ出ればすぐネフィリア。帝国のほうが近いんですよ。前線基地にでもされたら…」
「いまの彼らは皇国にかしづく方たちですよ」
「でも…」
「あーしにはむずかしいことわかんないけど。でも、ここはご飯がおいしそうな予感がする…。山の幸、じゅるりっ」
メル姉が話題をそらしてくれた。僕が少し笑うと、ジロが出してくれとひっかく音がする。荷袋の袋を開けてやると、ジロがゆるりと抜け出し、なうんと鳴いて抱っこをせがむ。仕方なしにその毛むくじゃらの体を抱えて、よしよしと頭をなでてやる。ご機嫌になったのか、猫そっくりのゴロゴロという音が聞こえてきた。
「いいな。ジロになりたい」
「あーしも」
「ふたりとも目的があるのは良いことですが…」
トントン。
「お風呂の支度ができました。よろしければ」
扉越しにメイドさんの声がした。
ネネがさっきの不機嫌な様子を吹き飛ばして、めちゃくちゃに喜びだす。
「お風呂! お風呂ですって! ひゃっほー!」
「うひゃあ!」
「ちょっと嬉しいですね」
僕は3人を見送ろうと、抱えていたジロの手を持って振ってあげた。
「いってらっしゃい」
「はあーん? 何言ってんの。ナオくんもあーし達と一緒に来るんだよ」
忘れてた。この世界には混浴しかないんだった。
そこは屋敷の一角にあった。切り出された白い石で囲われた浴槽にはお湯がなみなみと注がれていて、浴室に満ちた湯気が三方にある広い窓に水滴を滴らせていた。
僕はあまり3人を見ないように、すこし外れのほうでお湯に浸かっていた。そんな僕の気遣いを無視してメル姉が言う。
「あれれ。ナオくん、こっちに来ればいいのに」
「だって…」
「ナオユキはませてますね。なんなら湯気で隠すとか謎の光が差し込むとか、そういう魔法を使ってもいいんですよ」
「ネネ、そんな魔法あるの?」
「作ればあります」
「そっか…」
ファル姉が浴槽の石に腰かける。その姿をちらっと見て、僕はまた顔をそむけてしまう。胸、大き過ぎなんだよ、ファル姉は…。
同じことを思ったのか、ネネが不満を言う。
「なんで同じ物を食べてて、私だけこんなちっぱいなんですかね…」
「そのうち膨らんでくるわよ、ネネ」
「それはいつですか」
「そうね…」
「あーしは15歳過ぎたら、なんかどかんと出っ張ったよー」
「私もいま15ですよ」
「したら、もう1年ぐらいかなー」
「それは待てませんね…。やはり魔法で胸を作るしか!」
「ネネ。そんなに焦っても仕方ないですよ」
「だってですね。ナオユキのスーパー甘々タイムを発動させてるとき、明らかにファルラさんは胸を押し付けているじゃないですか。むぎゅっと」
「むぎゅっと」
「エルルクさんだって、ナオユキの頭を胸に挟んでるじゃないですか。ぱふんと」
「ぱふんと」
「こんな平べっちゃいもので、私はどう2人に勝てばいいのか。私はここでも敗北したくないので」
「あーしは勝ち負けとか…。ナオくんは弟みたいなもんだしー」
「じゃ、ひとり脱落ですね」
「それはちょっと悔しいかな」
「なんですと!」
「えへへ。速攻っしょ!」
僕が3人の会話を聞いて顔を真っ赤にしているところに、メル姉が突進して抱きついてきた。温められたふたつのふくらみが僕の背中に当たる。はわわっとなった僕が、あわててお湯をメル姉の顔にかけた。メル姉がうれしそうに僕にお湯をかけて反撃してきた。さすが閃光の剣姫。手数の多さには負けてしまう。
ネネが「不純です! 離れなさい!」と叫びながら、お湯かけ合戦に参加してきた。ばしゃばしゃという音と笑い声が浴場にこだまする。ファル姉がそれをあきれて眺めていた。
「待って」
メル姉が制止した。しんと静かになった浴室の向こうから音がした。誰かいる。
「物盗り?」
「さあ…」
腰かけていたファル姉が立ち上がる。
「大丈夫よ。でも、あとで泥棒さんとこにご挨拶に行かないとね」
ファル姉が不敵に笑う。僕はなんのことわからず、ただ裸のファル姉を見上げていた。
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次話は風呂場泥棒を追いつめると意外な人物がそこにいて…。魔族も暗躍を始め…、というお話です。
お楽しみに!
推奨BGM: ねごと「メルシールー」
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