第10話 黄金
焼き物の窯は何度かの火入れが行われた。船で運び出された焼き物は他の集落で好評を得て、干し魚や
吾らの集落では蕎麦が実を付けた。根元で茎ごと切って、天日で干して乾燥させてから棒で叩いて蕎麦の実を収穫する。耕地はすぐに耕して、蕎麦の夏の種蒔きを行った。
そうした中、入用のものができたと言うことで、吾が女たちの許を訪ね、話を聞き、物の入手の手伝いをすることが続いた。タギツが窓口となることも多く、彼女と一緒に行動することが増えた。その中で、思いがけない出来事も起きた。
その日、新たな小屋を作りたいと言うことで、吾は女たちと一緒に、川の上流に上った。
左右の斜面が迫る川沿いで、女たちが木を切るのを見守る。
別れて作業している女たちの許を巡っていて、タギツが川に流れ込む小さな渓流に入り込み、渓流の脇に座り込んで何かをしているのに出くわした。
近付いて良いものか
吾が近づくと、タギツは立ち上がり何か小さな粒を乗せた手のひらを吾に差し出した。
「ヒコネ様、ご覧ください。これは砂金です」
「砂金?」
「黄金の粒です。山から流れ出したものが川底で見つかることがあるのです」
タギツはきらきら輝く小さな粒を吾の手のひらに置いた。
「綺麗なものだの」
「彼方の国では黄金を王の装飾に使うため高値で取引きします。この国でも彼方の国と交易をしている所へ持って行けば、有用のものと交換できるでしょう。小粒一つで鉄の斧一丁くらいに」
「それはすごい」
吾は黄金が高価なものであることは、旅の商人との交渉の中で聞いて知っていたが、実際に黄金を見るのは初めてだった。
「どこかに金の鉱脈があるのでしょう。金は普通の石より重いので、小さな砂になって流れて来たものが淵の底に溜まります。こんな風に」
タギツは渓流が段になり、その下が砂の沈んだ小さな淵になっている所にしゃがみ込み、たまっている砂をかき分けた。すると淵の底にきらきらと光る粒がいくつも現れた。
「ご覧ください」
彼女はきらきらと光る粒を含む川底の砂をすくい上げ、左手の手のひらに乗せた。手のひらを川の水の中に浸け、水平にくるくると動かす。動きを止め、砂を指でかき分けて行くと、手のひらの一番深くなったところから砂金が現れた。タギツは再び砂金を吾に渡す。
「この川で採れたものです。どうぞお納めください」
タギツは川岸に立って辺りを見回した。
「このあたりの淵を探せばもっと砂金が見つかるかもしれません。でも、もしそうされるのなら、一族の方以外の者を探索に加えないことをお勧めします。高価な物だけに要らぬ災いを招きかねませんから」
「う、うむ。わかった、気を付けよう」
砂金の話は兄者を喜ばせた。早速、一族総出で砂金探しを始めることになった。タギツが砂金を見つけた渓流で、岩をひっくり返し砂を掬いあげて砂金を探す。タゴリから贈られた丸い皿を使い、水の中でくるくると回して選別するのだ。黄金が出てくるたびに歓声が上がった。
最初の数日で手のひら半分ほどの砂金が見つかった。気をよくした兄者は吾の反対を押し切って、外から人を雇い、探す場所を広げた。砂金が見つかった渓流だけでなく、その辺りで川に流れ込む小さな流れ、そして流れ込む先の川にまで。
だが、皮肉なことにその頃から新たな砂金は見つからなくなった。いくら河原を掘り返し、砂を水の中で振り回しても、その底からは一粒の砂金も姿を現さなかった。
砂金探しは終わりを告げ、ひっくり返された岩が転がる無残な光景だけが残された。荒涼した景色は吾を陰鬱な気持ちにした。
その景色を見ているうちに吾は黄金の魔女の言い伝えを思い起こした。言い伝えでは魔女は白い指で触れたものすべてを黄金に変える。吾はタギツの白い指を思い出したが、彼女が黄金の魔女であるはずはなかった。そうであればもっとたくさんの黄金が出てきたはずだ。
この顛末の後、吾は兄者に人を増やさない方がよかったのでないかと話をした。だが、目論見がついえた兄者の不興を買っただけだった。
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