内側のブラックボックス
シヨゥ
第1話
「諦めることも大事な対応の仕方だと思うんです」
どこか遠くを見つめる後輩がそんなことを言う。冬場の川沿いに、彼は上着も着ずにベンチで缶コーヒーを飲んでいた。
「人は人。僕は僕。行動原理は人それぞれの内側に、こうあって欲しいという思いもまた人それぞれの内側にあるわけです。そのふたつが上手く合致する、なんてことはまずないわけです。だから、どちらかが合わせていくしかないわけで。そうなると強度の弱いほう、つまりはこうあって欲しいと思うほうが折れるしかないわけですね」
落ちた肩からは疲労感が察せられる。
「それを諦めるという。そうすることで一番疲れる感情の衝突は回避される。ただ諦めることを選んだ結果、望まれた結果に近づくために自分が無理をすることになる。援護なく、理解なく、課せられる目標と期限と戦い続けるわけです」
すっくと立ちあがった。
「もう疲れました」
ポツリと一言。それが彼の本音だろう。
「ギリギリですが、クオリティと納期は守りましたんでこれで失礼させていただきます。見つけてくれてありがとうございました。一つ手間が省けました」
彼はそう言い残すと去っていった。彼の座っていた場所には退職届が置かれている。交渉の余地はない。そう告げられたようだった。
内側のブラックボックス シヨゥ @Shiyoxu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます