第33話 撤収へ②
南の方から両軍が撤収している様子は、レファールの目にも映っていた。
視線を移すと、ジュスト隊が結局空振りの状態のまま、これまたシェラビーの本隊へ移動を開始している。
(我々が負けたわけか……)
クンファの部隊が壊滅しており、恐らくは戦死したのではないかということも分かった。
それを差し引いても兵力差としてはまだ互角だろう。純戦力だけを考えれば戦えないわけではない。
(とはいえ、コルネーはもう無理だろうし、ホスフェもラドリエルが突破されたとなると厳しいか……)
ホスフェの軍をまとめるのは本来ならナスホルン・ガイツであろうが、彼は指揮経験が少ない。フィンブリアは今回も頼れるところを見せたが、如何せんこれまでの素行などの問題で彼一人に指揮を任せることには問題がある。となると、どうしてもラドリエル・ビーリッツに任せざるを得ない。そのラドリエルが戦闘に集中できていないとなると、どうあがいても無理であろう。
(私達だけ残っているわけにもいかないな)
撤収のタイミングを計ろうとしたところで、少し離れたところにいたレビェーデと視線が合った。
「どうやら、俺達が勝ったみたいだな」
レビェーデの表情に、レファールは思わず笑う。
「全く嬉しくなさそうだな」
ムスッとした表情はややもすると負けたかのようである。
「嬉しくないさ。おまえは心底負けたと思っているのか?」
「連合軍が負けたという事実は認めざるを得まい」
「俺は勝ったつもりにはなれないね」
素っ気なく言い、奥の方を向いた。
「ヴィルシュハーゼの嬢ちゃんが強かったということは改めて分かった。とはいえ、ほとんどの戦線は維持されている中で、あの嬢ちゃんだけ突破して、大将のおまえでもなく、シェラビーの大旦那でもなく、コルネー王という比較的楽な奴を討って、というのは面白くなさすぎる」
「そんなことまで知らんわ」
レファールは呆れたように答える。
レビェーデの価値観で戦場が動いているわけではない。多くの者の打算と欲求のバランスのうえに戦場は成り立っているのだから。
「……俺はやっぱり王になった方がいいんだろうなぁ」
「勝手にしろよ」
少なくとも、レビェーデがどう動こうとレファールには関係のないことである。もちろん、シェローナの将としてレビェーデが動くよりは、独立してトップとなった方が話を通しやすそうではあるが。
「おまえも軍のトップになれよ」
「無茶を言うな。おまえは私にシェラビー・カルーグに対して反乱を起こせとでもいうのか?」
「ナイヴァルは無理だろうが、コルネーなら行けるんじゃないか? 国王は死んで、次はミーシャの息子だろ? おまえはミーシャの信用も受けているし、海軍大臣のフェザートも陸軍大臣のムーノも悪くはないが指揮官としてはイマイチだろ」
「……そうかもしれんが」
「並んでいる中の一人は性に合わん。こういう勝ち方なら、もっと中央でガンガン暴れまわって負けた方がマシだ」
レビェーデはそこまで言って、「あ~あ」と大声をあげて後ろを向く。
「撤収するぞ!」
指揮官が相手指揮官とのんびり話をしているわけであるから、レビェーデの部隊もレファールの部隊も既に戦闘行動は停止している。レビェーデの指示が下るや、踵を返して東へと移動を開始した。
そうなると、レファールも残っていても意味がない。
「私達も撤退だ。ボーザ……ジュストのところにそのまま残ったか」
副官の姿を見いだせないが、ジュストのところにいたのであれば死んではいないだろう。レファールは気にせず南西へと移動を開始した。
移動している途中、レファールはスメドアの姿を認めて声をかける。
「何とも無念ですね」
スメドアは口を真一文字に結んだまま、空を見上げた。
「確かに……、ただ、この二日間、真正面の相手と互角にやりあっていただけだからな。この戦いを動かすだけのものを俺が持っていなかったということだろう」
「ナイヴァル軍はアクルクアに行った面々以外は数年以上実戦から離れていたということも大きかったかもしれませんね」
兵士の装備などは負けていたとは思わない。実際、レファールの指揮下にいた兵士達もレビェーデ隊の弓矢攻撃にさらされながら、ほとんど被害は出ていなかった。
とはいえ、相手を押し込めるほどの力強さに欠けていたのは事実である。兵士個々の経験という点では最近までリヒラテラをめぐって戦闘を続けていたフェルディス軍に一日の長があったということであろう。
そこからはしばらく無言のまま並んで移動する。途中、大きな咳が聞こえたので振り返ると、馬に乗りながら激しく咳込むフレリン・レクロールの姿があった。
「大丈夫か?」
「これはレファール枢機卿。申し訳ない。我々がもう少し頑張れたならば……、ミーツェン総司令や、数年前までシルキフカルにいたユッカ・フィアネンがここにいたのなら結果は変わっていたかもしれない……」
「いえいえ、そう自責にとらわれないでいただきたい」
アレウト族は完全に好意から味方してくれたのであり、そもそも連合軍として参加する義務もなかった。来てくれただけで有難いのであり、彼らの働きが仮に足りなかったとしても文句を言える資格はどこにもない。ガーシニー隊を二度にわたって撃破したのであるし、働きに不満もなかった。
「それは分かっているのですが、ミーツェン総司令か、ユッカ・フィアネンなら、ヴィルシュハーゼ隊相手でも何とかできたかもしれないことを思えば自分が何とも不甲斐ない……」
「……」
フレリンの言葉に、レファールはかえって自己の責任を感じた。
元々、初日、二日目とルヴィナ・ヴィルシュハーゼについていたのは自分である。
しかし、今朝、ルヴィナの部隊が南側に向かった時、レファールはついて行かなかった。レビェーデが北側に向かっていたので、そのまま迎え撃つ選択をしてしまったのである。
(あらかじめ、ヴィルシュハーゼ隊の動きに応じて自分がつくと徹底しておくべきだったのかもしれない。率いる兵士も歩兵ではなく、騎兵にしておけば……。おそらく、ルヴィナと相対すことができたのは私か、シェラビー様、あとはフィンブリアができたかもしれないくらいだろう。もっと対策を講じておくべきだった。有利だからこそ、しっかり確認しておくべきだった。ラドリエルだけの責任ではない。我々の責任だ)
一旦、「ああしておけば」という考えが湧き始めると止まらない。
その後、スメドアやフレリンと一時間くらい並びながら移動し、会話を交わしていた。
しかし、何を話しているのか、全く覚えることはなかった。
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