23.運命の向かう先
第1話 元老院議員選挙
774年6月。
ホスフェ国内における選挙を一か月後に控え、グライベルとラドリエルのビーリッツ親子はこの日、バクダ・テシフォンに呼ばれていた。
この状況での呼び出しであるから、用件は当然、選挙以外のことは考えられない。
屋敷を訪ねると、バグダの息子ディークトがいた。現在17歳。
息子の存在は知っていたが、直接会うのは初めてである。二人してけげんな顔で見ているうちにバグダが穏やかに笑う。
「次回は勝てそうにないので、テシフォン家からは誰も出さないことにするよ。ただ、一つお願いがある。ディークトを貴殿の秘書として使ってもらえないだろうか?」
「……はあ」
パッと見た感じ、利発そうな雰囲気はない。年齢を考えて有能な子供であれば、一度くらいはどこかで何かしらフグィのために協働することもあったはずである。それがないということは、あまり有能ではないという結論になってしまう。
「実際の元老院議員の活動がどういうものかということを、見せてやってくれないだろうか。私がそうしたように」
後半部分を強調する。元老院議員でないラドリエルは、結構な人脈や影響力を得ているのは、バグダが色々と使ってくれたからである。その恩を語られると、無碍に断ることは難しい。
「……分かりました。ただ、どうなんでしょう?」
「うん?」
ラドリエルの言葉にバグダが食いつく。
「いや、最近、こうも思うのです。今回はありますが、果たして次の選挙までホスフェが存在しているのかどうか、ということを」
次回の選挙は780年になる。
果たしてそれまで、ホスフェが存続しているのかどうか、ラドリエルには確信が持てなかった。
バグダの屋敷を出ると、グライベルは漁師ギルドの会合に出るためにギルドの方に向かっていった。ラドリエルもついて行こうかとしたところで、背後から声をかけられる。振り返るとフィンブリア・ラングロークがいた。
「オトゥケンイェルの状況を調べてきたぜ」
「おっ、聞かせてくれ」
ラドリエルは父についていくことを止めて、フィンブリアとともに屋敷まで戻った。
オトゥケンイェルの状況とは言っても、五人選ばれるうちの四人については執政官バヤナ・エルグアバとその徒党が勝つことははっきりしている。
唯一分からないのが、クライラ親子の所属する地区であった。メルテンス・クライラとその対抗馬と見られていたバニヤ・ザフィータが揃って戦死してしまっており、完全に未知数となっている。
もちろん、執政官が立てる候補が有利だということは分かるが、それが誰であるのか、どんな人物であるのか、全く分からない。
「執政官サイドが立てたのは、結局、クライラ家の未亡人ということになった」
「ああ、メルテンスの母親か……」
やや意外であった。
執政官サイドはメルテンスの裏切りにかなり神経をとがらせていたはずである。クライラ家自体を敵視していると思っていただけに、意外な人選と思えた。
「……まあ、母親ということは御しやすいということはあるのかな」
「それもあるが、クライラ家の力を使わないと勝てない可能性があるらしい」
「何だと? バニヤが死んだのに、そんな力のある奴がいるのか?」
「それはもう、今のオトゥケンイェルには絶対に逆らえない奴がいるだろ?」
フィンブリアが指を上に向けて、ニヤニヤと笑う。
「……フェルディスが誰かを立てたのか?」
オトゥケンイェルの面々が絶対に頭が上がらない相手となると、支配者のフェルディスということになる。フェルディス系の人間が立候補していたのであれば、確かに強敵かもしれない。
「鉱山職人のバービル・カドニアを知っているか?」
「知らないなぁ」
「こいつをソセロンが支援している」
「ソセロン? フェルディスではないのか?」
「フェルディスは今のところ大きな介入はしていないようだな。カドニアを元老院議員にしてやる代わりにカドニア商会は格安な価格でソセロンでの採掘を行う、という取引があるらしい」
「……しかし、ソセロンが支援してカドニアが勝つのか?」
ラドリエルにはソセロンの印象は薄い。フェルディスの北にあり、分裂傾向が強いということくらいである。
「ところが、ソセロンの教主イスフィート・マウレティーというのが凄い奴らしい。こいつが演説するや、女は卒倒し、男はひれ伏すというような状況が生まれているらしい」
「……それは凄いな。ああ、そういえば一回聞いたかもしれない。ソセロン教主は悪魔のように美しい男だ、ということを」
「ということで、今やカドニアが演説するところ、イスフィート・マウレティー目当ての聴衆で大変なことになっている。クライラ家がどれだけ票を買おうとしても、魂を奪われた連中は投票してくれないだろうな」
「カドニアはどういう立場につくことになるんだ?」
「それはもちろん、親ソセロンだろう。ソセロンはフェルディスの従属国みたいなものだから、フェルディスも特別文句を言わないみたいだからな」
「ということは、結局、フグィにとってはどうでもいい相手ということか」
「そうなる。ただ、執政官の連中が吠え面かく様は見てみたいがね」
「ハハハ、確かに……」
散々煮え湯を飲まされている相手である。多少なりとも留飲を下げるのは間違いのないことであった。
8月、各地で投票が行われた。
フグィではラドリエルに勝てると思った者がいないため、対戦相手がいない。ただし、過半数の信任は必要ということで投票が行われた。
結果としては380人の投票者全員から信任票が入り、ラドリエルは元老院議員資格を得ることとなった。
フィンブリアが問いかける。
「おまえ、前回は投票してくれた人間に金貨20枚出したんだよな? 今回も出すのか?」
総額で7600枚、大金である。
「まさか」
ラドリエルの即答に、フィンブリアは目を丸くした。
「えっ、そうすると、次回は投票してもらえないんじゃないか?」
「そうかもしれんが構わんよ。一度はやってみたいと思っていたが、永遠にやりたいとまでは思わないからな。それに、これからの6年はホスフェにとって大変な6年になるだろう。先のことなんか考えている必要もないさ」
「なるほどねぇ。ちなみにオトゥケンイェルの方だが、やはりバービル・カドニアが圧勝したらしい。今後、オトゥケンイェルでは大手を振ってソセロン教団が布教することになりそうだ」
「……しかし、ソセロン教団ってユマド神信仰を含めて、ほとんどナイヴァルと同じなんじゃなかったか?」
「俺にそんなことを言われても知らんよ。本人達が違うと言っているのなら、違うということなんじゃないか? あ、そうそう。北部の方なんだが、こちらは8人中7人はナイヴァル派が勝った」
「それはいいニュースだが、そんなに勝つとは思わなかったな」
前回は5対3でナイヴァル派が多かったから、更に2人増えたことになる。
今後、フェルディス派とナイヴァル派での対立が激化する元老院の中で、多数決が今までのように機能するとは思えないが、フグィと同じ立場に立つ者が多いということは単純に朗報であった。
「何だかんだで、イルーゼン南部の半分くらいはナイヴァルが取っているからな。迂闊に刃向かうと自分達のところを焼かれる可能性が高いと考えたんだろう。あとはオトゥケンイェルまで取られて、反フェルディスの空気も強くなってきたんじゃないか?」
フィンブリアが語る。
それに加えて、オトゥケンイェルに対する反発も強いのではないか。ラドリエルは頭の中で追加した。
ただ偉そうにしているだけで、勝手に自滅して、勝手にフェルディスの支配下に置かれているような首都など、尊敬に値するのか、と。
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