第2話 ホスフェの対応

 ホスフェ首都オトゥケンイェルでもまた、今年中のフェルディス軍侵攻を予期し、着々と準備をしていた。


 その中軸となっているのは、前回の勝利で一躍ホスフェ中が知るところになったメルテンス・クライラ。更にはフグィやセンギラといった古くからの反フェルディス側の勢力であった。


 思うような結果とまではいかなかったが、前回、自力で押し返してはいるのでホスフェ側の意気は低くはない。また、戦争の結果が翌年の選挙にダイレクトに反映することが明白であるため、議員全員の意欲や関心も高い。関与している者の平均的なやる気という点ではホスフェの方が上といえるであろう。


 とはいえ、何点かの問題点が浮かび上がっているのもまた、事実である。



 ホスフェ側において浮かび上がった最大の問題は、ナイヴァルの救援を求めるかということであった。


 これについては、レミリア・フィシィールが「今回、フェルディスは前回以上の準備をしてくるのでホスフェ一国で防ぐのは難しい。ナイヴァルの支援をもらって戦うべきである」と主張し、フグィのバグダ・テシフォンやビーリッツ親子も賛成した。


 しかし、メルテンス・クライラは「レミリア・フィシィールはかねてから自分達の行動に反対している不穏分子であり、その言動は自分達の弱体化を目指すものである」と反対し、「ナイヴァルが介入してきた場合、フェルディスとの決定的な決裂を意味する」と東部諸州も激しく反対したことにより立ち消えとなってしまった。


 フェルディスの怒りを恐れる東部諸州はともかく、メルテンスが反対したのは、大きく四つの理由があった。


 まずはレミリアに対する敵意である。レミリアの提言は依然として冴えており、その影響力は決して無視できない。度々反対されるメルテンスとしてはどうしても引き下がれないという事情があった。


 二つ目の理由としてはオトゥケンイェル市民の中に従来からのナイヴァルに対する反発が残っており、これに配慮せざるをえなかったということがある。そもそも、ナイヴァルへの敵対心を広げていったのはメルテンス自身に端を発する。その張本人が今になってナイヴァルに膝を屈するとなると印象が悪いことこの上ない。翌年の選挙結果にも響きかねない。


 三番目の理由はフグィとの関係である。ナイヴァルに救援を求めるとなると、その要請はフグィの面々が行うことになる。これによってメルテンスは自分の立場を崩されてしまうことを危惧したという側面もあった。


 最後は昨年、フェルディスまで乗り込んでマハティーラの側近を殺害したというシェローナの存在感にあった。ナイヴァルよりもシェローナの方がいいのではないかと期待する向きが多かったのである。


 いずれにせよ、公的に「ホスフェの不穏分子である」と言われてしまったレミリアはそれ以上ホスフェにいることを良しとせず、ラドリエルらの慰留にもかかわらず、ホスフェを後にすることになった。



 続いて迎撃の仕方である。


 フェルディス軍は七万近くまで及ぶと言われているが、ホスフェ軍は五万を切るくらいが精いっぱいである。


 また、前回はマハティーラが勝手に自滅してくれたが、今回は歴戦のブローブが指揮をとる。リムアーノやルヴィナの参戦も濃厚である以上、まともに立ちあった場合、ホスフェに勝ち目はない。


 もちろん、メルテンスも、正式にフグィ軍の総司令官に就任したフィンブリア・ラングロークもそのことは理解している。


 必然、今回はリヒラテラ城への籠城が主戦術として採用されることとなった。リヒラテラ城に相手を引き付けて、その間に援軍を待つ。


 とはいえ、今回、ナイヴァルには支援を求めないので、アムグンがシェローナに派遣されて救援を求めるという方針が決定された。


 ただし、これはこれで問題を孕んでいた。


「シェローナと同盟を結ぶとなると、我々が昨年停戦関係を延期した北の部族との間はどうなってしまうのか」


 という声がフグィ内部から上がったのである。



 十月、その大詰めの議論がフグィのテシフォン邸で交わされていた。


「実際、我々が手出ししなくてもシェローナが北部の連中を倒すことになるだろう。連中との停戦違反ということにはならないのではないか?」


 とバグダが意見を提示する。


「いや、そうはいかないでしょう。もし、シェローナが勝手に倒すのなら議員の言葉通りではあるが、今回はホスフェが頼んでシェローナに北上してもらうのだ。その途中で北部の部族を倒すことも当然、我々が導いたことになってしまいます。我々の顔が立ちません」


 ラドリエルが反対した。三十人くらいいる参加者の三分の二はラドリエルの意見に近い。


「……ならば、いっそ奴らとの盟約を完全に無視してしまうというのはどうだ?」


「その場合、シェローナが北部の部族を討ち果たしたのであればいいのですが、そうでない場合、彼らが報復措置としてこちらに攻めてくることは必須です」


 シェローナがディンギアの盟主を名乗っている以上、北部の部族に対しても従うよう求めることは間違いない。


 彼らが歯向かってシェローナに打ち滅ぼされれば問題はないが、臣従の道を選んだ場合、フグィは北部の部族を裏切ったという事実だけが残る。そういう相手に対して、シェローナが信任をくれるのかどうか、援軍を派遣してくれるのか非常に心もとない。


 根本的にシェローナがホスフェに対して良感情をもっていることを期待しづらい。


 レビェーデ・ジェーナスやサラーヴィー・フォートラントと言った、最初のリヒラテラの戦い以降に不当な扱いを受けた者が多いからだ。彼らはラドリエル個人との間には友情を感じいるだろうが、ホスフェ全体としてどう思われるか、定かではない。


「仕方がない。まずはアムグンを待って、持ち帰った回答を元に判断しよう」


 結局、その日の会議では決着がつかず、結論は延期ということになってしまった。



 フグィを出発したアムグンは、三人の供をつれて海路シェローナを目指し、その返事を待つことにした。


 しかし、フグィはアムグンと入れ替わるように、西からの使節を迎えることとなった。


 ナイヴァルの新総主教ワグ・ロバーツの父親にして、新枢機卿ネブ・ロバーツである。

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