第3話 イリュリーテス・アルセレア

 翌日、三人はシェラビーに貰った地図を頼りにバシアンの西を歩いていた。


 シェラビーにとっては、頼られたので袖にもできないし、仕方がないので西の方にあるバシアンの別邸に置いているらしい。別邸があることはレファールも知らないことであったが、シェラビーも「祖父が持っていたもので、何となく管理していたから一度も行ったことがなかった」という。


「ここか」


 ようやくたどり着いた屋敷は別邸というだけあって、それほど大きなものではない。ひょっとしたら、バシアンで何かあった時に隠れ家として使うようなものだったのかもしれないと思った。


「よし、行ってみるか」


 レビェーデが扉を叩く。使用人に事情を説明すると、「シェラビー様から伺っております」とあっさりと通された。


 お互いに顔を見合わせる。どうやら、シェローナに所属しているということは相手にとって問題の無いことだったらしい。


 応接間に来ると、真っ白な髭をたくわえた老人がいた。


「シェラビー様から聞いておる。お主達が孫の許嫁に立候補した三人か」


(うん、そんな話だっけ?)


 レファールは首を傾げた。シェラビーはレビェーデに持ちかけていたはずであるが。


「わしはグルファド王国の末裔でコイラと申す」


「グルファド王国というのは初めて聞くのですが、どのような国だったのでしょうか?」


「ふむ、それは後で婆が来てから聞かせてやろう」


「婆?」


「グルファドの歴史は口述伝承で伝えられておってな。それを記憶しているのは婆しかおらぬ。わしもかつて試みたが、何せ三時間はかかるから、とても覚えきれなかった」


「あ、それなら聞かせてもらわなくても結構です」


 三人がほぼそろって同じ回答をした。冗談ではない、三時間も話を聞かされるなんて災難もいいところである。


(それに口述伝承なのも分かるが、せっかくバシアンまで来たのなら普通に何かに記録してもいいんじゃないだろうか?)


 そうも思うが、こういう話をしはじめると相手の反論でまた長い時間がかかりそうであるので、敢えて波風を立てるようなことはしない。


「さて、それでは早速孫娘を連れてこよう」


 コイラは奥に入り、しばらくすると一人の少女がしずしずと入ってきた。


(おぉ、これは……)


 レファールは思わず頷いてしまった。絶世の、とまではいかないが中々の面立ちに、品位を感じる仕草をしている。


(ディンギアって、結構荒っぽく争っているというイメージがあったが、そんなところでこんな感じの少女が育つんだな)


「イリュリーテス・アルセレアと申します。イリスと呼ばれております」


「……」


 レビェーデからの反応がない。どうしたのかと視線を向けると、値踏みをするような様子で腕組みをしていたが、ポンとサラーヴィーの背中を押した。


「……おっ?」


「すまん。ちょっと用事を思い出した。後は頼む」


 レビェーデはそう言って部屋を出て行った。


「お、おい?」


 レファールとサラーヴィーが揃って振り返るが、レビェーデは全く振り返る様子もなく出て行ってしまった。


「あ、アハハハハ。俺はサラーヴィー・フォートラントって言うんだ。よろしくな」


 誤魔化すような笑いを浮かべて、サラーヴィーが話を始めた。


「いやあ、グルファドなんて知らなかったけど、イリス姫のような女性がいるのだから、昔は品のある王国だったのかもしれないなぁ」


 サラーヴィーが調子よく話をしはじめたのを見て、レファールも一旦中座することにした。



 屋敷の外に出たところにレビェーデがいた。


「どうしたんだ?」


「あ、いやあ、ああいうタイプは俺、ダメだわ」


「何? 私は大当たりなんじゃないかと思ったけれどな。実際、サラーヴィーは犬みたいに尻尾振って関心買おうとしていたし」


「ああいうお嬢様は馬には乗れないだろ。馬に乗れない奴はダメだ」


 思わず前のめりに倒れそうになる。


「お前な、そんなこと言っていると本当に馬ばかり追いかけているんだとか言われるんじゃないのか?」


「それは仕方ない。一目見た途端『ああ、この娘は馬に乗れないからナシだな』って思ってしまったわけだし。一目ぼれの逆パターンだな」


 レビェーデは本気で関心がなさそうである。


「サラーヴィーはああいうタイプが好きそうだし、あいつでいいんじゃねえの?」


 とまで言われてしまっては、レファールとしてもどうしようもない。


「俺は大聖堂に戻っているわ。紹介されたのに相手にしないわけだから、シェラビーの大旦那に一応説明をしなければならないだろうし」


 レビェーデはそういうと、右手を振りながら大聖堂へと向かった。


(仕方のない奴だな)


 レファールも諦めて、戻ろうとするが、応接間の方からはサラーヴィーの自慢話が聞こえてきた。


(あいつの自慢を延々聞くのも苦痛だな)


 と、回れ右をしたところで、背の低い老婆が向かってくる様子が見えた。


「……おお、おまえがシェラビー枢機卿の言っていた若人か」


「ええ、まあ。姫はサラーヴィーと話をしていますが」


「そうか。では、せっかくだから年寄りの話を聞いていくがいい」


「……えっ?」


 まさか、と思ったが、そのまさかが現実となる。


「我らグルファド王国の歴史について、そなたに語ってしんぜよう」


「い、いや、私はディンギアにはいないんで、そういうのはレビェーデとサラーヴィーに」


「いいから聞いていけ。お前は中々記憶力がありそうだから、次の話し手になれるかもしれん」


「いや、なる気はないから……、こら、引っ張るな」


 半ば強制的に、レファールは書斎へと引っ張られてしまった。



 四時間後。


 げんなりとして屋敷を出たところで、食事も済ませたらしいサラーヴィーと合流した。


「口伝を聞かされたらしいな? どうだったんだ?」


「どうも、こうも、天井の楽園だったとか、海からは宝石が取れ、山には金貨があるとか訳の分からない話ばかり聞かされたよ。そんな夢のような国が、どうしてディンギアで部族争いしているんだって反論したくなる」


 話しているうちに、延々と続く口伝を思い出し、更にげんなりとなる。


 サラーヴィーは苦笑いして、話題を変えてきた。


「レビェーデはどうしたんだ?」


「大聖堂に帰った」


「はあ? あいつは何を考えているんだ? 自分が優先だとか言っておきながら、いざ会ったらそそくさと出て行って、ああ見えて女にビビリだったとか?」


「いや、馬に乗れなさそうな女には興味がないって言っていた」


「マジかよ? アホじゃねえの? 抱きかかえて馬に乗せてあげるのがかっこいいんじゃないか。あるいは後ろにしがみついてもらうとか」


「あいつはそうは考えないんだろ? ま、おまえとレビェーデが同じ好みだと喧嘩になって仕方ないからちょうどいいんじゃないか?」


「ま、確かにそうだけど、やばいなぁ、あいつ。そのうち『俺は人間の女じゃなくて牝馬でないとダメだ』とか言い出したりしないだろうな?」


「……本当にありえそうなのが怖いな」


 馬の首筋を撫でながら恍惚としているレビェーデの姿は割と想像しやすい。


 サラーヴィーも想像したのだろう。「シャレにならねぇなあ」と苦笑した。

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