第2話 新総主教ワグ・ロバーツ②
「こいつは驚いたな。確かに半分くらい燃え落ちていたはずなのに」
レビェーデは驚きを隠さずに大聖堂を見上げた。
レファールも改めて見上げた。建物としてはほぼ同じであることは間違いない。しかし、石の光沢、木に継ぎ目など若干の違いも垣間見える。
「どうやら、数か月の間に再建したらしいな。さすがはシェラビー様というところか」
大聖堂はバシアンの象徴でもある。全てに最優先して再建を急いだのであろう。改めてシェラビーの経済力の高さを思い知らされることになった。
三人は大聖堂の五階、かつてミーシャが常駐していた場所に案内された。
(ミーシャの部屋にいるということは、事実上、自分が総主教であると主張しているようなものだな)
ただ、実体としてそうであるし、反対のしようがないという事実もある。ナイヴァルの現地人でもないレファールには何も言いようがない。
「おお、レファール。久しぶりだな」
シェラビーは笑顔を見せ、後ろにいるレビェーデにも気づく。
「レビェーデ、この前は世話になった。おまえがいなければあの老人に謀殺されていたかもしれない」
「いや、まあ……」
本人の中では「助けた」というのではなく、「バシアンから逃げざるを得なかった」という評価なのだろう。褒められてもかえって不満そうである。
「ミベルサきっての武闘派三人が揃って、何の用だろう? 俺を殺しに来たのかな?」
「まさか……。一応、まだ枢機卿ですので、新総主教に一目お会いしたいと思いまして」
「ああ、そういえばまだ見て……ゴホン、拝謁していなかったか」
シェラビーがうっかり言葉を滑らせたのを聞き、三人とも笑う。シェラビーも苦笑いを浮かべて、近侍の者に「総主教をお連れするように」と指示を出した。
程なく、車のついたゆりかごがガラガラと音をたてて入ってくる。
中を覗き込むと、お腹の上に総主教の帽子を乗せた乳児が寝ていた。
「赤ん坊だな」
「うむ、それ以上の評価をしようがない」
「そんなことを言うなよ。可愛いじゃないか」
「でも、可愛くない赤ん坊なんていないだろう」
ワグ・ロバーツについてはそれ以上言いようがない。従って、視線は付き添いの男に移る。背はやや低め、若いが髪の薄さが目立つ男であった。
「ネブ・ロバーツと申します。この度、息子の七光りで枢機卿の地位を授かりました」
「レファール・セグメントです。よろしく」
握手を交わす。装束の下から僅かに腕が見えた。戦場などには出てないこともあり、体力などはなさそうな男である。
何か話そうかと思ったところで、下にいる総主教がむずがりそうな気配を見せた。
「おぉ、大丈夫だよ。それでは失礼いたします」
ネブはゆりかごを連れて部屋を出て行った。
「当分、大変ですね」
総主教の去っていった扉を見ながら、レファールは苦笑した。
ネブ・ロバーツについては新人枢機卿ということで当分は能力を発揮できないだろうと考えていたが、想像以上に苦しそうである。能力の問題ではない。それ以前に総主教の近くにほぼ常時待機していなければならないからだ。
「全くだ。前総主教は色々と面倒なところもあったが、バシアンその他の管理はやってくれていたからな。今後は俺が全部やらなければならないかと思うと気が滅入る」
「役立たずの枢機卿で申し訳ございませんな」
「ま、この点に関しては、ナイヴァル人でないおまえには難しいだろう。ところで」
シェラビーの視線がレビェーデへと移った。
「この前の礼というわけではないが、ちょっと仲人的なことをさせてもらっていいかな?」
「仲人?」
レビェーデが目を見張る。
「実はだな、某地域が勢力を拡大しているディンギア地方から、とある者達がサンウマに逃れてきた。何でホスフェを飛ばしてサンウマに来たのかは知らないが」
某地域という言葉を強調しているが、それが何を指すかは明らかである。
「それって、俺達が追い出したってことか?」
「恐らくはそうだろうな。ただ、ディンギアについては正直よく分からないし、詳細は分からない。で、その者達が言うには、自分達はかつてディンギアの大半を占める王国の主だったというのだ」
「ディンギアの王国の主? つまり、色々な部族が相争う以前に王国があったということか?」
「言い分を信じるならそういうことになる。で、彼らの中に17歳の娘がいて、我々に嫁がせる代わりに支援を求められて返事に困っていたのだ。我々としても、今や日の出の勢いであるシェローナに対抗意識をもつ面々を組み入れたくはない」
「それで俺に?」
レビェーデが自らを指さし、サラーヴィーは「何で俺じゃないの?」と同じように自分を指さしている。
「昔、言っていただろう。何やら王になる占いを建てられたとかどうとか。それとも関係あるのかもれしれないと思ったからな」
「ああ、そういえばチャンシャン……アムグンから言われていたな」
レビェーデは二度頷いて、二度首を傾げる。
「何かピンとこないなぁ。仮に本当だとしたらディオワールのおっさんにはどう言えばいいのやら」
「ま、ひとまず会ってみたらどうだ?」
「というか、厄介払いしたいって感がありありだが?」
「だから言っただろう。何でわざわざシェローナと敵対する必要がある? もちろん、理由を探せばないわけではない。我々が交易しているハルメリカとシェローナの母体は向こうの大陸では敵対関係にあるらしいからな。ただ、それとこれは別だという回答は得ているからな」
レファールも大いに頷くところである。
以前のディンギアは小部族の連合体であり、およそ頼りになる存在ではなかった。
しかし、今やシェローナはディンギアの半分近くを支配しており、しかも、レビェーデとサラーヴィーという当代の有力指揮官二人を抱えている。しかも、今後更に勢力を拡大していくだろう。友好関係を築いておきたいのは当然であった。
「シェラビーの大旦那、レビェーデはこんな感じですし、俺でどうですか?」
サラーヴィーが再度自分を指さしてアピールする。
「確かにレビェーデが嫌だというのなら、サラーヴィーでも構わんが」
「いやいや、それはおかしいだろう!」
シェラビーが応じそうになったところで、レビェーデが反論する。
「俺も対立関係その他を考えていたが、おまえがOKなら俺はOKだろう? なら、俺に優先権があるのだし、会うに決まっている」
「何ぃ?」
「喧嘩なら大聖堂の外でやってくれ……。建て直したばかりで穴をあけられたくないからな」
シェラビーの言葉に二人は大人しくなる。
「とりあえず会ってみますよ。ハハハハ」
レビェーデが勝ち誇った顔をサラーヴィーに向ける。
「畜生……、何でこんなことに」
サラーヴィーが両手を地面についた。
(こいつがここまで負けた顔をしているのは初めて見たな)
プロクブルの海戦の時にも、堂々としていた二人である。
(しかし、相手もカルーグ家と近づこうとしていたんだよな。果たして、レビェーデやサラーヴィーは大丈夫なのだろうか?)
シェラビーは厄介払いしたいと考えているようだが、相手としても立場がある。
ディンギアの小勢力ということは、シェローナは敵対する相手と認識しているかもしれない。
二人が揃って袖にされる可能性もあるのだ。
(別に、袖にされるのを望んでいるわけでもないけどな)
ふと、自分がそれを望んでいるような気がした。
レファールは慌てて内心で弁解したが、当然、聞いている者は誰もいなかった。
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